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第31話「君は、幸せのクローバーを摘み取り、その葉っぱをちぎっていく」


「すべての発端は、学長のハーゲルよ。あの男は、前の経営者の息子というだけで、学園を運営する能力がなかった」


 私は行儀悪く座り込んで、芝生に生えているクローバーを摘み取る。


「クリスも感じていたでしょ? この学園の異様な空気を。多額の寄付金を納めている貴族には、何をしてもいいような特権を与えられていた。それは、学長のハーゲルの影響が大きかったんだと思う。面倒を起こす生徒がいたほうが、寄付金が集まりやすいからね」


 貴族重視の風潮は、最初からこの学園にあったのだろう。

 だが、それを是正せず。むしろ助長させたのは、学長のハーゲルであった。


「クリスが編入してくる前から、平民の生徒は風当たりが強かった。国が認めた特待生は、まだいい。一番、嫌われたのは。たいした金も落とさない平民出身の生徒。つまり、私みたいなのよ」


 こっちにおいで、というように。

 私が隣の芝をぽんぽんと叩くと、クリスは素直に隣に座った。


 少し離れたところでは、崩れた礼拝堂を囲うように。大勢の生徒と教師たちが集まっていた。


「ハーゲルは金に悩んでいた。不良警官のゼノから聞いた話だと、あいつはギャンブルにのめり込み、多額の借金をしていた。とても個人では返済できないほどの大金を。それを肩代わりしたのが、ルチアーノ・ファミリーのボスだった」


 体育座りをした膝の上に、頬を乗せて、夜の学園を斜めから見渡す。


「結果、学長のハーゲルはルチアーノ・ファミリーの言うことに逆らえなくなった。そして、そんな彼に要求されたことが、カアシの葉っぱと呼ばれる違法薬物の栽培だった」


 大勢の子供たちが通う学園で、違法薬物の栽培をする。

 それこそが、ハーゲルに課せられた使命だった。


「断れる選択肢はない。断れば、体をバラバラにされて海に沈められるか、親類縁者に片っ端から借金の取り立てをされてしまう。そうなったら、あの男に未来はない」


 ハーゲルは焦った。


 どうして、こんなことになってしまったのだ。と、自分の運命を呪ったかもしれない。


 すべてが自業自得であり、自分が蒔いた種であるのに。あのような男は、自分に原因があるとは考えないだろう。自分以外の誰かのせいで、自分を助けてくれなかったせいで、他人を恨み、他人を利用することさえ考えていく。


「カアシの葉っぱを育てるための温室は、図書館棟の屋上に設置された。それが、数年前の話。事務の職員を買収して、外部の業者のトラックに偽装、必要なものを学園内に運こんだ。だが、問題もあった」


 育てる人間がいない。


 ハーゲルは、自分が育てるなんて、初めから考えていなかった。

 誰か、利用できそうな人間はいないか。

 従順で、疑うこともない。自分に忠実な操り人形になってくれそうな人間を。


 大人では、ダメだ。

 他人を疑うことを知っている。学園の職員からは、信用されていないことはハーゲルも承知だった。


「だから、あの男は」


 摘み取ったクローバーを、ひとつ、ひとつ、葉っぱをちぎっていく。


「紅茶愛好会のクレア・フォン・マゼッドを利用することを思いついた」


 隣で、クリスがそっと息を飲む。


「クレア会長は、お家の都合で学園に通えなくなりそうだった。貿易会社を営んでいる実家が倒産すれば、彼女もこの貴族学園から去らなくてはいけなくなる。あの男は、その心の不安を利用した」


 この温室でハーブを育てれば、学費を免除してやる。

 ハーゲルの言葉は、彼女にとって。唯一の救いに思えただろう。


「そして、運はハーゲルの味方をした。クレア会長に、カアシの葉っぱの栽培を押しつけて、なんとか借金返済の首の皮を繋いだ」


 そう思うと、ここ数年は順調だったのだろう。

 学園内で栽培されたハーブは、業者のトラックに成りすました闇ルートの商人が買い付けて、売り上げはルチアーノ・ファミリーへと流れていく。


 予想外だったのは、クレア会長がそのハーブに手を出してしまったことだった。


「紅茶愛好会では、クレア会長の淹れる紅茶が評判だった。……『幸せの紅茶』。幸せになれる。元気になる。実際、その紅茶に混入されていたのは、学園内で栽培されていた違法のハーブだというのに」


 たぶん、クレア会長の心身も限界に近かったのだろう。

 もしかしたら、誰かに気づいてほしい。そんな思いもあったのかもしれない。


 ……だが、そうであったとしても。許されるはずもないのだが。


「クレア会長は、幸せになれるハーブティを振舞っていた。だけど、今年。カアシの葉っぱの栽培がうまくいかなかった。焦ったのは、たぶん学長のハーゲルかな。このままでは借金を返せるアテがなくなる。そこで目をつけられたのが、……園芸部のドーナ先輩だった」


 カアシ地方の出身である、ドーナ先輩なら。

 あのハーブの栽培方法も知っているかもしれない。


 その狙いは、的中してしまった。


 脅されたのか、それとも弱みを握られたのか。ドーナ先輩は、学長のハーゲルの言われるとおりに、カアシの葉っぱを栽培させられた。それが、いけないことだと知っていて。


「とてつもない罪悪感だっと思う。一人で貧困街に行ってしまうくらい。誰にも悩みを打ち明けられず、不安で夜も眠れなかったんじゃないかな」


 貧困街にいたという学園の生徒は。

 きっと、ドーナ先輩だったのだろう。

 何もできない自分を責めて、そんなところへ向かってしまうくらい。

 彼女は、追い込まれていた。


「……あの女が言っていたわ。ドーナ先輩は、自分から屋上から落ちたんだって」


「っ!?」


 クリスが驚いた顔で、こちらを見た。


「たぶん、だけど。先輩なりの最後の抵抗だったんだと思う」


 もしくは、メッセージか。

 屋上にあるものを、誰かに気づいてほしい。そんな、命を賭した最後のメッセージ。


「……僕たちにだけでも、打ち明けていれば」


「たぶん、逆なんじゃないかな。私たちだから打ち明けられなかったんだと思う」


 だって、知ってしまったら。

 無関係ではいられなくなる。

 学園ぐるみの犯罪に、巻き込んでしまう。


「だから、ドーナ先輩は誰にも迷惑をかけない方法で、この学園の闇を知らせようとした」


「それが飛び降りにつながったと」


「……」


 私は答えない。

 だって、それは。

 あまりにも愚かな選択に思えたから。


 自分一人で抱え込んだ結果、自分の命すら蔑ろにしてしまうなんて。


 頼ってほしかった。

 話してほしかった。


「まぁ、いいわ。ドーナ先輩が目を覚ましたら、思いっきり頭をこづいてやる」


「そうだね。そんな日が来るといいね」


 クリスの表情は穏やかだ。

 月明かりの中、私はクローバーを摘んでは、その葉っぱを摘み取っていく。





「……私たちが貧困街に行った時のことを覚えてる?」


「うん。ゼノ警官と会って、その後にマフィアの構成員に追いかけられた時のことだよね」


 確認するようなクリスの問いに、私は静かに頷く。


「あの時、どうしてマフィアの下っ端に追いかけられたんだろうって、ずっと気になっていた。夜には、私の実家にまで襲撃しに来たし。でも、今ならわかる。あの貧困街の店は、この学園で育てられたカアシの葉っぱの、買取ルートだったのよ」


「どういうことだい?」


 クリスが難しそうな顔をする。


「簡単に言うとね。違法薬物の売買をしているルチアーノ・ファミリーは、原料であるカアシの葉っぱの農園が欲しかったの。この学園で栽培された葉っぱは、外部の業者に偽装したトラックによって運び出される。『紅茶のロゴが入ったトラック』が出入りしていたでしょ? たぶん、あれが密売ルートよ」


 私は摘み取ったクローバを見つめて、ふっと息を吹きかけて飛ばす。


「運び出された葉っぱは、一度、粉末加工する工場へと運ばれて、貧困街のあの店へと運びこまれる。ゼノも言っていたとおり。あの店は、裏社会の窓口だったから」


「そんな店に、僕たち学園の生徒が出入りしてしまったから、彼らの疑いを買ってしまったと? 学園内で栽培されている植物について、バレてしまったのではないかと?」


「まぁ、そんなとこ」


 本当は、もっと深刻なのだけど。

 あの貧困街にあるカールの店は、コルレオーネ・ファミリーの縄張りであったはずだ。それなのに、商売敵であるはずのルチアーノ・ファミリーとも関係を持っていた。店長のカールが裏切ったのか、それとも両方から利益を得ようとしたのか。どちらかはわからないが。警察署から釈放されたはずの彼が、水死体となって発見されたと朝刊に載っていたことからも、問題の根深さが垣間見れる。


「それにしても、どうしてミーシャは。『幸せの紅茶』にカアシの葉っぱが入っているってわかったんだい?」


「あぁ、それね。簡単な話よ。私はずっと前から、あの葉っぱについて知っていたから」


 何てことないように、私は告げる。


「私が貧困街に捨てられた話はしたでしょ。あの後、数年は拾われた孤児院にいたんだけど、まぁ貧困街の孤児院なんて結構、劣悪な場所でさ。あの手の違法薬物を吸っている大人たちが、身近にわんさかといたわけ」


「それで、匂いだけでわかったと?」


「そゆこと。まさか、こんな学園内で役立つとは思わなかったけどね」


 がははっ、と笑って見せる。


 すべて終わったことだ。

 数日後には、ここの学長も逮捕されているかもしれない。なんてことを考えていると。


「……ここに来る前に、あの黒服の二人に命令を出しておいたんだ。首都警察のゼノ警官と連絡を取って、ハーゲル学長を摘発してほしい、と」


「……まじか」


 私は驚きを通り越して、呆れ果ててしまった。

 カアシの葉っぱについては、どうせ護衛の二人から話を聞くもんだと思っていたけど。まさか、そのまま学長を摘発させるまで動いていたとは。ドーナ先輩が目覚めるのを待って、じっくりと開始しようとしていた学長追放作戦が、全て無駄になったじゃないか。


「本当に、全部終わったわね」


 これで気分すっきり。今夜からは枕を高くして眠れるってものだ。

 だが、そんな私に。

 クリスが真剣な目で声をかける。


「まだ、だよ。まだ終わっていないことがある」


「ん?」


 私が呆けていると、クリスはとんでもないことを言いだした。


「僕の想いだ。僕の、……君に対する気持ちだ。ちゃんと君に伝えないと、何も終わりにならない」


 クリスが真剣な目で。

 私の瞳を見つめていた。


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