第30話「君は、いつから気づいていたんだい?」
ぐらりと、礼拝堂の天井が揺れる。
屋根を支えている木組みが、老朽化によって限界に近づいていた。
わずかな風も、その腐った木が折れてしまいそうであった。
そして、偶然にも。
ミーシャが魔法を放った、次の瞬間。
……礼拝堂が、屋根から崩れ落ちていった。
おいおいおいおいおいおいおいおいっ!
私は崩れてくる屋根を見上げながら、心の中で罵詈雑言の悪態をつく。
ふざけんな、屋根が崩れ落ちるなんて聞いてないぞ!
くそっ! これだから、この魔法は嫌いなんだ。使用者の自分にすら、何が起こるかわからないなんて、不良品にもほどがある!
「なろー、なめやがって!」
私は崩壊を始める礼拝堂の屋根裏から目を離して、目の前の女に視線を向ける。
彼女はうなだれたまま、座り込んでいる。
ちっ、このままだと。こいつも私も瓦礫の下敷きになっちまう。
「ほらっ、立ちなさい!」
私は力いっぱい、クレア・フォン・マゼッドの襟首をつかむ。
だが、彼女が動く様子などない。
自ら生きる権利を放棄したように、両手はだらんと脱力している。くそ、これだから貴族のお嬢様は。根性がなくていけない。
「あんたと心中なんて、ほんと勘弁して! さぁ、動くのっ!」
「……私なんて、置いていけば」
「んなこと、できるわけないでしょ! あんたは最低の人間だけどね、死んでもいい人なんて一人もいないんだから!」
ガラガラッ!
腐敗した木や、レンガの塊が、次々と降ってくる。
あー、ヤバい!
マジでヤバい! あんなレンガの塊なんて、頭に直撃したら即死じゃない。いや、瓦礫に押しつぶされて、ゆっくりペチャンコになっていくほうがもっと嫌だ。
「ぐぬぬっ、くそっ! 馬鹿クリス! 王子様だったら、ちゃんとピンチに駆け付けなさいよねっ!」
私はやけくそになりながら、動く気のない女を引っ張って叫ぶ。
その時だった。
バンッ、と礼拝堂の扉が開いた。
そして、一人の男が崩壊を始めている礼拝堂に颯爽と駆け込むと、軽々と私のことを抱きかかえる。反射的に彼の首元に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
そんな私に、彼はわずかに笑うと、もう一人のうなだれている女生徒を連れて、外へと飛び出していった。
彼の胸に抱きかかえられるのは、これで二回目だった。
爽やかな香りが、どうしようもないくらいの安心感を与えてくれる。それが、少しだけ嬉しかった。
……私の魔法は、人に罰を与える魔法だ。
原理はわからない。
ただ、相手が罪人であればあるほど、酷い目に合うということだけ。万引きをした子供なら、転んで鼻血が出るくらい。人を騙して貧乏人から金を巻き上げていた詐欺師なら、二度と喋れなくなる事故にあう。弱いものに暴力を振るっていた学校の不良は、腕の健が切れて二度と動かなくなった。そして、人を殺めた人間であれば、ほぼ確実に死に直面する。
まるで、しっぺ返しね。
私のママは、興味深そうに言っていた。そう言われてみれば、そうかもしれない。人は死後、生前の行いを清算するらしい。敬虔で真面目ならば天国に、罪深い人間は地獄に。そんな感じに。
私の魔法は、そういった審判を下すものに近い。
個人的に嫌いなのは、私の魔法を受けたものは、必ずといっていいほど事故にあう。
先日、対峙したキャリー・ブラウンが良い例だ。彼女の場合、ガラスのシャンデリアが落ちて、偶然にもガラスの破片が顔面を傷つけた。
今回もそうだ。
どこの人間が、腐った屋根の木に気がついて、タイミングよく屋根を崩壊させられるというのだろうか。どこからどう見ても自然発生した事故で、相手に罪の清算を行ってしまう。まったく。何様だよ。って自分に言いたくなる。
だから、私は自分の魔法が嫌いだ。
自分を守るためか、あるいは自分の大切なものを守るときか。
いつから、こんな魔法が使えるようになったかは、よく覚えていない。生まれたときから宿っていた力かもしれないし、ある日、突然に目覚めた力かもしれない。ひとまず、私が言えることは。私自身、この魔法を嫌っているということだった。
この魔法は、私と、あの家系を結びつけてしまう。
要らないものとして捨てられて、首都の貧困街で死ぬのを待っていた。あの頃を、どうしても思い出してしまう。いつか、あの館の人間が、私を見つけようと探しに来るかもしれない。そう思うと、恐怖よりも、嫌悪感が込み上げてくる。
私は、過去を捨てた人間だ。
私の名前は、ミリツィア・コルレオーネ。
ママの名前は、ユーリィ・ミカゲ・スナイベル。パパは、シロー・スナイベル。みすぼらしい私のことを娘だと言ってくれた、大好きな両親。
そして、後見人のマルコ・コルレオーネ。貧困街で死にかけていた私を拾って、彼の経営する孤児院に匿ってくれた。彼がいなかったら、ママとパパに出会うこともなかっただろう。
あの両親の愛に応えるためにも、私は普通に暮らしたい。
そのために、私は―
「やぁ、怪我はないかい?」
「……えぇ。おかげさまで」
私は不貞腐れるように、目の前の美男子を見上げる。
ガラガラと崩れ落ちていく礼拝堂の音が、嫌に遠くから聞こえた。
「あの女は? 無事?」
「問題ないよ。今は気を失っているけど、そのうち目を覚ますと思う」
「そう」
ぽりぽりと頭をかく。
何かあった時のために、クリスを礼拝堂の外で待っていてもらっていたのだが、まさか本当に手を借りることになるとは。
「これで何回目かしら。あんたに助けられるのは」
「僕は気にしていないよ。それに、僕のほうが君に助けていたわけだし」
「あら? 何のことかしら?」
私は白々しく惚ける。
そんな私に向かって、クリスは肩をすくめながら表情を緩める。……むぅ、この様子だと。いろいろと気づかれてしまった感じか。
確かに。自分が通っている学園が、週刊誌などで騒がれるのは嫌だった。
「何か、聞きたいことがありそうね」
「そうだね。ミーシャには色々と話したいことがある。僕のことや、君のこと。それに―」
しばらくの間、クリスは何も話さなかった。
そして、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開く。
「ミーシャは、君は、いつから気づいていたんだい? 僕が、ガリオン公国の第二王子。クリストファー・ヴァン・ヴォルフガング・ガリオンだってことに」
「なんだ、そんなこと?」
私は肩透かしを食らって気分で、クリスとの出会いを振り返る。
そして、くすりと悪戯っぽく。
彼のことを見上げながら笑った。
「最初から、かな」




