第29話「判決。 ……有罪(ギルティ)」
クレア・フォン・マゼッドは裕福な貴族の家庭で生まれた。
貿易会社を営むマゼッド家は、古くから交易で財を成していた貴族の家系。父は厳しかったが、その分、家族への愛も深かった。子供の頃、家族と姉妹で見に行った、大きなコンテナ船。戦時中は、このコンテナ船が人々が生きるための物資を運んできたと、父が誇らしく語っていたのを覚えている。
歳の離れた姉が、別の貴族へと嫁いだ、その年に。貴族学校であるオリヴィア学園に入学した。姉も同じ学校を卒業しており、たまに帰郷したときの学校生活の話が、クレアは大好きだった。その中でも、紅茶愛好会の話が一番好きだった。優雅に気品に溢れて、楚々としたお嬢様たちがティーカップを片手に、お喋りを楽しむ。クレアは学園に入学したら、紅茶愛好会に入ろうと心に決めていた。
そして、入学してから三か月後。
クレアの姿は、礼拝堂の中庭にいた。当時の紅茶愛好会の会長と仲良くなり、入会したらどうかと快く誘ってくれた。
嬉しかった。
本当に幸せだった。
優雅で気品に溢れたお姉さま方とのお茶会は、緊張することばかりで、いろんな失敗を重ねてしまった。それでも、お姉さま方は笑ってくれた。
そんな満ち足りていた、毎日が。
たった一本の電話で崩れ落ちようとしていた。
母からの電話は、父が経営している貿易会社のことだった。子供の頃に見せてもらった、巨大なコンテナ船。それが、遠い国の沿岸で座礁した。
元々、老朽化が進んでいた大型船を、何度も補修工事をしていたような船だ。いつ、大きな事故につながってもおかしくはなかったらしい。事故の賠償や補填は、保険会社を通しても、損害は莫大なもので。当時のクレアには、会社がなくなってしまうかもしれない、という漠然な不安という形でして受け取れなかった。
父の会社が倒産する。
そうしたら、もう貴族学校には通えなくなる。
焦るクレアに、……悪魔が囁いた。
『私のいうことを聞けば、学費を免除してやる。なぁに、簡単なことさ。新しく増設される温室で、ハーブを育ててくれればいい』。
オリヴィア学園の経営者であり、最も偉い人とされている学長。ハーゲン・ヴィ・ドラクロワだった。彼の言葉に、クレアはすがるように信じた。学園の経営者であれば、一人の生徒の学費くらい、何とかなるはず。卒業したら、その学費を返せばいい。大学校の奨学金と似たようなものだと、自分に言い聞かせた。
だが、違った。
学長のハーゲンに指示されるまま、新設された温室でハーブを育てていると、妙な匂いが鼻についた。これは、いったい何のハーブなのだろう。実家の庭園には見たこともない種類だし、学長も深くは説明してくれなかった。クレアは、そのハーブの葉っぱを摘み取って、学園の図書館で調べることにした。そして、その真実に心の底から震えた。
それは、違法薬物の原料であった。
首都では、カアシの葉っぱ、と呼ばれているらしく、粉末加工されたものは所持しているだけで逮捕されてしまう。
自分のしてきた真実に恐れたクレアは、学長のハーゲンを問いただした。自分の育てているものの正体とは。何か、犯罪とかかわりがあるんじゃないか、と。
彼は、こう言った。
『これは違法薬物の原料だ。こんなものを育てていたなんて知られたら、ご家族は悲しむだろうな。だが、俺には関係のない話だ。俺の知らないところで、お前が勝手に育てていた。そういうことになっている。もし、この件が世間に漏れたら、学園はお前を退学処分とする』
その瞬間から、クレアは壊れてしまった。
もう誰も信じられない。
どうして自分ばかり、こんな目に合うのか。
なんで、他の人たちは幸せそうに笑っているのに、自分だけ不幸なのか。
他人の幸せが許せなくて、己の不幸を呪った。
それからのクレアは、人が変わったように他人を呪った。
楽しそうに学園生活を送っている生徒には、酷い虐めを行い。悪い噂を率先して流した。ある日の放課後、クレアは学長室に呼ばれた。そこで酒に酔っていた学長に初めての辱めを受けた。ある時は、夜のホテル街へと連れていかれて。一晩中、この男の相手をさせられた。
もはや、クレアの心は限界であった。
張りつめていた空気が、一気に弾けるように。
悪魔のささやきに誘われるように。
彼女は、自分が育てていたハーブに手を出した。
いつもの紅茶に、ひと摘みのハーブを入れて、静かに淹れる。
それは自分の人生を否定しているようで、とても心地よかった。
クレアは、いろんな生徒に幸せの紅茶を振舞った。
同級生の友達。
新入生の会員。
そして、お客として招いた生徒たち。
本日に至るまで、クレアが振舞った幸せの紅茶の数は。
三十八回。
そのうち、飲まずに立ち去ったのは。
たった二名だった。
……判決。
……クレア・フォン・マゼッド。
……有罪。
ミーシャの指先から放たれた魔法が、判決を下し。
咎人に、罪を償わせる。
それは、ミーシャ自身にも制御できない力だった。魔女裁判などという偽りの名ではなく。彼女の遠い血筋から受け継がれた、王族に嫁いだ聖女の祈り。神から授けられた、人を裁く。この世ならざる力の顕現である―




