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第27話「One Trigger, One Shot(撃鉄を起こせ、引き金に指をかけろ)」


 ……悪霊使い、か。

 この手の魔法使いと戦うのは初めてだな。電気を飛ばす奴とか、動物を操る奴とかはいたけど。ママが言うには、実体のないものとの戦いは、動物や人間を相手にする時よりも厄介なんだと。こちらの常識が、向こうに通じないから。


「上等よ。私は今、すげーイライラしてるのよ。思いっきりやらせてもらうわ」


 にやり、と笑いながら、そっと身構える。


 私、ミリツィア・コルレオーネは、それほど優秀な人間ではない。

 学園の成績も平凡だし、体育の授業もサボってばかり。何より、人間関係の構築が絶望的に下手くそだ。簡単にいえば、友達が少ない。今だって、友達と呼べるのは、せいぜい三人か、四人くらいだ。


 それでも、大切にしたいと思っている。

 こんな私と友達でいてくれるなんて、もはや人間国宝並みに貴重な人かもしれない。まぁ、クリスやカナみたいに、一癖も二癖もある奴ばかりだけど。その中でも、ドーナ先輩は本当に良い人だった。真面目で、努力家で、他人を傷つけることをしない。


「人間ってさ、結局。悪いことをしたほうが得をするんだよね。他人を傷つけたほうが強く見えるし、誰かを貶めたほうが利益になる。だから、自分勝手に威張り散らしている人間が、社会の上位層に立っている」


 他人を思いやる必要なんて、本当はどこにもない。


 自分に甘く、他人に厳しく。怒ったり、責めたり、感情的になればなるほど周囲が自分に合わせてくれる。自分が無能であることを棚に上げて、他人のことを責め続ければいい。この世を生きる、最も楽な方法だ。それが通用してしまえるくらい、この世界は。人間の悪意に満ちている

「……そう、だからこそ。真面目に生きている人間は、誰よりも優しくされるべきなのよ」


 尊いと言ってもいい。


 他人の悪意に屈せず、人に優しくできる人間が、この世界にどれほどいる。ドーナ先輩は、そんな人だった。様々な虐めに会っても、カアシ地方の出身というだけで悪い噂を流されても。人間の全てを恨む人ではなかった。


 優しい人。

 とても強い人。

 そんな彼女を、まるで道具のように使った。この女を。

 私が、許せるはずがない!


「別に他人がどうなろうとも、何とも思わないんだけどさ。私はね、私に優しくしてくれた人を大切にしたい。特に、真面目に生きている友達を馬鹿にされるとね、……どうしたって、腹が立つんだよっ!」


 悪霊使いが、なんだ。

 しゃらくさい。

 私は軽く身構えながら、クレア・フォン・マゼッドに呼び出された悪霊と対峙する。


 目に見えるもので、その数は三

 大きな鎌を持った死神みたいなのと、両手に包丁をもったの。あと、なんかよくわからない鎖をもったやつ。どれもまともじゃなさそうだけど、そういえば。この礼拝堂の地下には、中世時代に使われていた拷問部屋があった、と歴史の先生が言ってたな。


「うふふ。それでは、地獄に行きなさい」


「あぁ、お前がな」


 クレア・フォン・マゼッドが、歪んだ笑みを浮かべて、こちらに手を伸ばす。


 それと同時に、大きな鎌を持った悪霊が迫ってくる。かつては処刑人だったのか、目元をまで覆うフードつきのローブを、飛びながらひらひらと揺らす。そういえば、中世の処刑器具であるギロチンは、首を跳ねるのに威力が足りないことが多く、結局は処刑人が手で首を切り落としていたとか。


「っ!」


 私は、その場から身を翻して、駆けだしていた。

 あの女の顔面をぶん殴るためには、少しでも近づく必要があるな。なんて考えていると、半透明の悪霊が、その手に持つ大鎌を振り下ろした。


 ザンッ、と何かが斬れる音がして。

 礼拝堂の長いすが、真っ二つに割れていた。


「……げっ」


 おいおいおい、霊ごときが現実にあるものを切るんじゃない。

 しかも、この切れ味。私の体なんて、じゃがいもみたいに簡単に切り落とされるって。冗談じゃないぞ。今夜は、ジャガイモとソーセージのチーズ焼きにしようと思っていたのに、こんなものを食らったらひとたまりもない。


「ちょっ、卑怯でしょ! 正々堂々と戦いなさい!」


 私は、悪霊の大鎌を躱しつつ、クレア・フォン・マゼッドに文句を言う。

 くそっ。女だったら、拳で語りやがれ。


「うふふ。正々堂々ですわよ。私は不意打ちもしていなければ、騙し討ちもしていない。敵と対峙するというのに、無策というほうが馬鹿なのです」


 ぐぬぬ、正論。

 私に目掛けて振り下ろされる大鎌を、紙一重で避けていく。

 サンッ、と空気を切り裂く音が、私の肌にびりびり伝わってくる。息を吹けば、触れそうな距離を、半透明の大鎌が通りすぎていく。大鎌の刃に、大きく見開かれていた私の目が映っていた。


「あぶなっ」


 私は軽く息を吐いて、呼吸を整える。

 悪霊の攻撃は単純。だが、触れたら死は確実。試しに、振り下ろされた鎌を蹴り飛ばしてみるが、何もなかったように通り抜けてしまった。むぅ、不公平にもほどがある。


「……ったく、ちょっとは手加減しなさいよね」


 腰を屈めて、横に薙ぎ払われた一撃を躱す。

 はらはらと、切り落とされた髪の毛先が、視界の端で舞っている。せめての反撃と、切り壊された椅子を掴んで、あの女に投げつけてみるも、彼女の周囲に漂っている別の悪霊が守ってしまう。


 ……さて、どうするかな。

 私は焦る気持ちを押し込んで、打開策を考えるべく思考を回す。


「ねぇ、確認したいんだけどさぁ! 私だけじゃなく、クリスまで巻き込もうとしたのは何で!?」


「ふふ、どういう意味ですか?」


「いや。あのお茶会に呼ばれたのは、私だけじゃなくて、クリスも一緒だったでしょ。あいつにまで手を出して、あんたに何の得があるのかなって」


 長いすの背もたれを掴んで、体を大きく飛び上がらせる。

 その直後。私がいた場所に、大鎌の刃が駆け抜けた。


「あぁ、そのことですか。理由は単純です。私は、あなたたち二人を見ているのが我慢できなかったのです」


「は!? 意味わかんないんだけど!」


 ちらっ、と礼拝堂の玄関を見る。

 その扉は、しっかりと重い扉で閉まっていた。逃げるのは無理そうだなぁ。


「うふふ、つまりですね。地味で目立たない庶民の女の子であるミーシャさんと、そんな彼女を迎えに来た王子様のクリストファー君。そんな絵本のようなシンデレラストーリーを見せられたら、邪魔をしたくなるのが女の常でしょう」


「うげっ。あんた、腐っているわね」


「自分でも、そう思います。ですが、こういっては何ですが。それくらいに、お二人はお似合いだったのですよ」


「はんっ! 残念だけど、私とクリスはそんな関係じゃないわよ! 恋人でもなければ、ちゃんと告白されたわけじゃない」


「うふふ、ご謙遜を。二人が愛し合っていることなど、傍目から見ればすぐにわかりますよ」


 だから、違うっての。

 クリスがどう思っているかなんて知らないけど、私はそんなこと望んでいない。私の将来の夢はね。客の少ないパン屋で、バイト中にサボって読書をすること。何が悲しくて、あの男の傍で面倒くさい人生を歩まなくちゃならんのだ。


「悪いけどね。私の目指す、平和で平穏の未来にとって、あいつは障害でしかないの。誰が好き好んで、隣の国のお姫様なんて成りたがるものですか!?」


「隣の国のお姫様? 何を言っているのですか、あなたは?」


 しまった。

 喋りすぎたか。


 でも、まぁこれで。クリスのことが関係ないことはハッキリした。こいつの単独犯で、狙いは私だけ。マフィアとの関係や、国家間の組織的な犯行とは程遠い。クリスの正体に気がついているわけではない。これで心置きなく、思いっきりやれる。


「いいわ。あんたの顔面に、二発ぶん殴ってやる。ひとつは、ドーナ先輩のぶん。もう一発は、クリスを巻き込んだ分」


「あれ? ミーシャさん自身の分はいらないのですか?」


「私の人生に、そんな価値ないわよ」


 肩をすくめながら、大鎌の悪霊の隙を見て距離を取る。

 はぁ、はぁ、と軽く呼吸を荒くされるも、悪霊は追撃をしてこなかった。

 その代わりに、クレア・フォン・マゼッドが、とても悲しそうな目でこちらを見ていた。


「そんなことありません。ミーシャさん、貴女の人生は貴女だけのもの。それは、たったひとつの揺るぎない事実。大切なことは、自分を卑下せず、一歩一歩と前を向くことです」


「はぁ? なんで、あんたから説教されなくちゃいけないのよ」


「人生を誤った先輩からのエールです。貴女には、私とは違う道を歩んでほしいので」


「……あっそ。じゃあ、遠慮なくやらせてもらうわ」


 ざっ、と私は両足を肩幅に広げて立つ。

 右手を親指と人差し指以外を折りたたんで、銃のカタチを作ると、それを地面に向ける。左手を添えて、呼吸を整える。血液よりも熱いものが、全身を駆け巡っていくのがわかる。


「クレア・フォン・マゼッド、覚悟しなさい! 病院送りにしてやるから、ベッドの上でドーナ先輩を巻き込んだことを後悔するといいわ!」


 足元に展開される、淡い輝き。

 円形の幾何学模様。

 それは次第に、眩しいほど輝きだす。私が呼吸をするたびに、その魔法陣は鼓動するように煌めく。


 ……そうか。あんたは、最初から。

 ……誰かに気づいてほしかったのね。自分からは抜け出せない、この負の連鎖から。


 だからといって、容赦はしない。

 お前は許されないことをした。だから、私の魔法が罰を与えよう。


 罰を与えて、お前を許そう。


「っ!」


 銃のカタチをとった右手を、左手で添えて。迫りくる大鎌の悪霊へと銃口を向ける。


 撃鉄を起こして、心の引き金に指をかける。

 そして―


「死んだ人間が、出しゃばってるんじゃねーよ。迷える子羊よ、己の罪を数えなさい!『魔女裁判アヴェ・マリア』っ!」


 指先から放たれた魔法の銃弾が―


 悪霊の頭を、吹き飛ばしていた。



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[一言] 頭を消せば消えるかな。(フラグ)
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