第25話「紅茶愛好会の会長。クレア・フォン・マゼットの闇」
・これまでの話
オリヴィア学園で栄華を誇っていた紅茶愛好会。実は、その紅茶愛好会は『カアシの葉っぱ』と呼ばれる違法薬物を栽培する隠れ蓑だった。学園長の指示で行われる秘密裏の犯罪。その真実にたどり着いたミーシャとクリスは、最後の戦いに挑む…
おいしい紅茶の入れ方で一番重要なのは、温度です。
沸騰したてのお湯を、勢いよく茶葉の入ったポットに注ぐ。これだけで、だいたいの紅茶はおいしく淹れることができる。
多くの人からは、ティーカップやポットを事前に温めておくとか、鉄分の入ったガラス製のポットを避けるべきとか、色々言われてきたけど、正直。私には味の違いなどわからなかった。
だから、今日も。
私は電気コンロで沸かしたお湯を、勢いよくポットへと注ぐ。
茶葉が舞って、琥珀色の渦がぐるぐる回りだす。湯気と共に上る香りを楽しみながら、ティカップに自分のぶんを注ぐ。自分しかしないので、自分の分だけです。
あれから、一週間が過ぎました。
温室のある図書館棟の屋上。そこから、運悪く女生徒が足を滑らせて転落しました。命に別状はないようですが、未だに入院していると聞いています。
あぁ、なんて可哀想に。
私だったら、そんなミスはしない。
屋上から落ちても、意識を失うようなことはしない。入院するようなことになっても、話せないような状況にはならない。自分の存在を、他人にいいように扱われるようなことをしない。
本日は、久しぶりの紅茶愛好会の活動の日だった。
楽しかった。
礼拝堂の中庭で、仲の良い友達と紅茶を飲みながら、楽しくおしゃべりをして。最近、愛好会に入ってくれた方々も、今ではずいぶんと馴染んでもらったみたいで、幸せそうに笑っている。……入った時の、私を嫌悪するような視線も、もうありません。
それでも、今でも思うのです。
あぁ、この場に。あの子もいてくれたら、どれだけ気分が晴れただろうか。
地味で、控えめで、なるべく目立たないように、この学園で生きてきたような彼女が。ある日、突然。様々な幸運に恵まれて、脚光を浴びている。幸せになっている。
学園の王子様こと、クリストファー・スミス君のハートを射止めて、密かに学園デートを重ねている。この前の週末には、首都まで仲良く出かけていったらしい。帰りは夜遅い深夜だったそうで、クリストファー君の高級車で送られる彼女の姿を、何人もの生徒が確認している。
あぁ、本当に。
どうしてでしょうか。
幸せになる人を見ていると、どうしようもなくイライラしてくる。
邪魔したくなる。妨害したくなる。不幸になれと呪いたくなる。だからこそ、あの日。私の紅茶愛好会に招いて、一緒にアフタヌーンティーを飲みましょうと誘ったというのに。
……あいつは、私が用意した紅茶を叩き落としやがった。
ミリツィア・コルレオーネ。
あの女は油断できない。ティーカップからの匂いだけで、あの紅茶に何が入っているかを勘づいた。そして咄嗟に、一緒にいたクリストファー君が飲まないようにとティーカップを叩き落とした。
嗅覚だけじゃない。
瞬間的な状況判断。冷静な思考。そして、私からの悪意に、すぐに気が付いた。その直感力。間違いなく、この学園に通う生徒の中でも、本当の意味で優秀で危険な女だ。だって、そうでしょ? 紅茶のなかに隠れている、違法薬物のハーブの香りを嗅ぎ分けられる生徒が、いったいどこにいるというのでしょうか。
惜しいことをした。
彼女は、間違いなく。こっち側の人間だ。
人を不幸にする才能に溢れている。どうすれば人が傷つくのか、熟知している。他人に興味がなく、それでいて他人が幸せになるのが許せない。そんな人間だ。時間をかければ、私の親友にもなってくれる人だったかもしれない。あるいは―
夕陽が沈んでいく。
私は飲み終わったティーカップとポットを片付け始める。
礼拝堂の中にある簡易キッチンで軽く水洗いして、カップとポットを逆さにして水切り場に置く。揺れた手をハンカチで拭いて、最後に軽く服装を整えてから、礼拝堂を静かに歩いていく。オリヴィア学園の生徒たるもの、優雅で清楚でなくてはいけない。
スカートは翻さないように。
どんな時でも、貴族の気品を損なわないように。
私は、模範的な生徒として、この学園生活を送っている。
「それだというのに、どうして貴女は。私の前に立ちはだかるのかしら?」
私の問いかけに、闇の中から声が帰ってきた。
「それは、お前が。関係ない人間を巻き込んだからよ。紅茶愛好会の会長。クレア・フォン・マゼッド」
ミリツィア・コルレオーネが。
気品も優雅さも感じさせない態度で、腕を組んだまま私を睨んでいる。
陰り始めた夕陽が、彼女の素敵な笑みを浮き彫りにしていた。




