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第24話「『カアシの葉っぱ』の正体②」


「カアシの葉っぱを紅茶として飲む? あぁ、ハーブティーにして抽出する、ってことですか。そいつは面白い着眼点ですね。粉末加工もしていなければ、違法薬物でもない。だけど」


「まっ、ダメだろうな。加工してないから成分としては弱いけど、違法であることには違いない。子供の火遊びみたいなものだな」


 わははっ、と笑う黒服たち。

 だけど、すぐにあることに思い至って、ちょっとだけ真顔になる。


「……もしかして、ですけど。殿下、そんなものを口にしていないですよね?」


「もちろんだ」


「ふう、安心しました。殿下がお忍びで留学中に、そんなものに手を出していたんだったら大事件でしたよ。俺たちがクビになるどころか、祖国がひっくり返っちまう」


「我らが祖国、ガリオン公国はまだまだ不安定だからな。戦後の混乱から立ち上がって、帝国制の廃止。王制の復古からの反対派閥の封じ込め。今のガリオン公国があるのは、国王陛下のカリスマがあってこそ。王室のスキャンダルは、無いほうがいいに決まってる」


 安全運転しているナポリの声を、クリスは自分の手を見ながら聞いていた。


 この手から、叩き落とされたティーカップ。

 思えば、あの時のミーシャは様子がおかしかった。彼女が自分のティーカップを手に取って、その香りを嗅いだ後、態度を一変させていた。そして、僕が紅茶を口にしようとしたところを、慌てて阻止してくれた。ミーシャの決意を固めたような表情には、どんな想いか隠されていたのだろうか。


 クリスは隣の後部座席で寝ているミーシャのことを、慈しむように見つめる。


 そうか。やはり僕は。

 ……ずっと、君に守られていたんだな。


「殿下? 大丈夫ですか?」


「問題ない。話を続けてくれ」


「わかりました。カアシの葉っぱの特徴としては、その効果ですかね。他の薬物にあるような高揚感に加えて、幻覚、幻聴。妙にテンションが高くなったと思ったら、突然、人が変わったように攻撃的になる人もいる」


「会話の内容が噛み合わない話を、ずっと繰り返しているんだ。幻覚も見えているもんだから、ぐるぐる風景が回ってる、とか急に言い出したり。あとは、変に妄信的になったりするケースもあるらしい」


「妄信的?」


「あぁ。学校の先生とか、自分の先輩とか。本来なら、ちょっと尊敬していたくらいだったのが、この人のためなら命さえ捧げられる、って思い込んでしまうんだ」


「まぁ、歴史の紐を解けば。宗教的な理由で栽培されていた、なんて記録もあるくらいですからね。他人を信じ込ませるには、うってつけの代物でしょうな」


 思い浮かばれるのは、キャリー・ブラウンという名前の女生徒。

 紅茶愛好会の品格のために、そして、会長の名誉ために。自分から進んで凶行に手を染めていた。ナイフと魔法をつかって、何人もの人を襲い、最後にはミーシャさえ手に掛けようとしていた。


「ほかに、何か知りたいことはありますか?」


「……では、最後に。もし、このカアシの葉っぱが学園内で栽培されているとして、一部の生徒たちが密かに利用している。自分たちが育てたハーブと称してね。でも、一般の生徒にそんなことが可能なのかい?」


 クリスの質問に、黒服たちはぎょっとした様子で振り返る。


「ちょっ、待ってください! 殿下が通っているのは、この国でも有数の貴族学校ですよ!? 規律も厳しければ、セキュリティーはもっと厳しい。実際、俺たち警護の人間でさえ、学園の敷地内に武器を持ち込むのを禁止されている。そんな場所で、違法薬物の栽培なんて―」


「……いや、可能かもしれねぇな」


「兄者!?」


 助手席のペペが、運転席のナポリを驚いたように見た。


「機密性の高い施設ってのは、案外に身内に甘いものだ。学園のセキュリティーだって、外部からの人間には厳しいけど、内部の人間。生徒や教諭には持ち物検査も課していない。こっそり持ち込むことも、不可能じゃねぇだろう」


 それに、とナポリが続ける。


「立地条件も、残念ながら最高だ。首都から列車で三駅。それほど遠くに離れているわけでもなく、警察の目も届きにくい。秘密の栽培所としては、むしろうってつけかもしれない」


「だからいって、誰にも見つからないことはないだろう!?」


「だな。違法薬物の苗木なんて、学園の生徒たちだけでどうにかなるものじゃない。……必ず、悪い大人が関わっている」


「悪い大人?」


 そんな子供じみた言い方に、クリスは首を傾げる。


「えぇ、そうです。学園で違法薬物が栽培されているのに、それを見て見ぬふりをしている。あるいは、そいつが指示を出している。栽培するための温室の設置や業者の出入りなんて、どうしても学園側の援助が必要になるからな」


「そういえば、あの学園。外部の業者のトラックが、結構、出入りしているんだよな。いったい、何の業者なんだろうな」


 ペペとナポリの会話に、クリスも思い当たることがあった。

 最後にドーナ先輩を見かけたとき、紅茶メーカーのロゴが入った軽トラックが敷地内に入っていた。


『ええよ。大丈夫。これから温室のハーブの様子を見に行かんといけんし。……それに、うまくやってるから』


 そのことを彼女に告げると、何故か怯えた様子であった。


「……だが、そんなことをして、何の意味がある?」


「まぁ、学園としては良いことはありませんな。生徒の質が低下、信用の失落。歴史がある由緒正しい、というブランドも揺らぐわけですから」


「だけど、これはあくまで学園が困るだけ。個人となると話は別だ。貴族学校のスキャンダル、それも将来有望な人間や、現在、活躍している人間のスキャンダルは高く売れる。マフィア連中は、いつだって有力者を脅すネタを探しているから、格好のカモだな」


 沈黙。


 クリスは眉間に指を当てたまま、黙り込んでしまった。

 その表情は、苦痛と、深い失望が浮き出ていた。


『これ以上、紅茶愛好会に関わってはダメ』


 ミーシャの言っていた言葉が、次々と湧き出てくる。


『世の中には、本当にいろんな人がいる。あなたの周りには誠実で真面目な人が多かったんだと思う。だから、あなたはこんなにも素敵で魅力的なんでしょう。でも、でもね。社会には『悪意』を持って接する人間もいることを忘れないで。傷つけよう、困らせよう、不幸な目にあわせてやろう。そう願っている人間も確かにいるのよ』


 苦痛に歪んだ顔で、自分の未熟さを呪う。


『クリス、見て見ぬフリをしなさい。あなたが知らないことは、知らなくてもいいことなんだから』


 ……あぁ、本当に。

 ……最初から全部。君の言っていた通りだったよ。


「殿下? 大丈夫ですか?」


「うん、問題ない。自分自身が未熟だったなんて、最初から知っていたことだからね」


 クリスの言葉に、二人の黒服たちは意味が分からないように首を傾げる。

 自分が完璧な人間でないことなんて、初めからわかっていたはずだ。


 ならば、どうするべきか?

 答えは単純だ。


 己の心に、自分の正しいと思うことに従うのみ。

 例え、自分の正体が世間にバレようとも、このまま学園にいられなくなったとしても、このまま見過ごすわけにはいかない!


「……ミーシャには、怒られてしまうな」


 くすっ、と彼女の寝顔を見ながら笑う。


 きっと、ミーシャは望まない。

 自分がこれからしようとすることを、余計なことをしたくらいに唾棄するだろう。


 それでも、僕は。

 譲れないものがある。


 この腐りきった学園から、君を守るために。

 ……僕が、学園からいなくなってからも。


「ペペ、ナポリ。学園までは、あとどれくらいかな?」


「そうっすね。あと一時間ってとこですか。だよな、兄者?」


「あぁ。飛ばせば40分で到着できるが、……なにか急ぎの要件か?」


 ハンドルを握っている黒服のナポリが、サングラス越しに聞いてくる。


「あぁ、そうだ。学園に到着したら、ある人物と連絡を取ってほしい。お前たちにも、別の任務を与える。これはガリオン公国、第二王子としての命令だ」


 それから、クリスの話す内容に。

 二人の黒服は怪訝そうな顔を浮かべた


 だけどすぐに、黒服たちは。まるで子供のように無邪気に笑った。


「ったく。勅命じゃ、しゃーねーな。なぁ、兄者?」


「……飛ばすぞ。25分で到着させてやる。王子様も、黙ってないと舌を噛むぜ」


 それまで穏やかだったエンジン音が、急に猛獣の呻き声のように吠え出した。

 真夜中の田園地帯を、防弾設備の整った高級車が。砂利を跳ね飛ばしながら駆け抜けていく。四輪駆動の獣が目指す先は、オリヴィア学園だ。


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