第23話「『カアシの葉っぱ』の正体①」
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首都の喧騒から離れて、窓の外は明かりのない田園風景が広がっている。
クリスは窓際に肘をつきながら、そっと隣の少女を見る。疲れたから寝る、と言って、ミーシャはあっという間に寝入ってしまった。耳をすませると、彼女の穏やかな寝息が聞こえてくる。それだけで、とても愛おしく思えてしまうのは、きっと仕方ないことなのだろう。
「殿下。学園まで、まだ時間があります。ミーシャ嬢みたいに寝てもらっていいですよ」
「そうだね。でも、目が冴えてしまっているんだ」
嘘ではなかった。
ミーシャの家での出来事もそうだが、今日一日のことを振りかえっているだけで眠気など吹き飛んでしまう、そんな一日だった。
ガタゴト、ガタゴト。
舗装されていない土の道を、サングラスをつけた黒服が安全運転で車を走らせる。
ここなら、誰かに見られる心配はないか。
この車に盗聴器がないことは確認済みだし、この場にいる人間は信頼のおける者ばかりだ。ならば、今しかないだろう。
クリスは後部座席から身を乗り出すと、助手席と運転席にいる黒服へと声をかける。
「ペペ、ナポリ。あなたたちは優秀な王室警護官だ。僕はあなたたちを信用しているし、この命すら預けてもいいと思っている」
「急にどうしたんっスか、殿下?」
助手席の黒服、ペペロンチーノがくだけた態度で答える。
そんな彼に、クリスは真剣な表情を向ける。
「ペペ。僕は本当に無知だ。何も知らない。何も知らされていない。少し前にミーシャから言われたことだけど、あなたが知らないことは知らなくてもいいことだから。そんなことを言われたよ」
「ははっ、さすがミーシャ嬢ですね。将来、殿下も尻に敷かれることでしょうな」
愉快に笑う黒服。
だが、クリスの一言で、まるで冷水に打たれたように静まり返った。
「……『カアシの葉っぱ』とは。いったい何なんだい?」
「っ!?」
驚き言葉を失う助手席の黒服。
ハンドルを握っている黒服は、最初から何も話していないが、心なしか表情が強張って見えた。
「教えてくれ、ペペ、ナポリ。首都で僕たちが巻き込まれた騒動。それだけじゃない。学園で屋上から飛び降りたドーナ先輩の件にも、それが関係している。そう思えて仕方ないんだ」
クリスの切実な問いかけに、二人の王室警護官は黙ったままだった。
ガタゴト、ガタゴト。
数分間、息苦しいほどの沈黙が流れて。
ようやく、口を開いた。
話し出したのは、運転席にいるナポリからだった。
「……殿下。最初に断っておくが、俺たちの任務はアンタの警護であって、いらない知識を教えるためじゃない。だから、これはただの独り言だ。俺の独り言を、アンタが勝手に聞いている。それでいいなら話そう」
「もしくは、ガリオン公国の第二王子。クリストファー・ヴァン・ヴォルフガング・ガリオン殿下ではなく。ただの貴族学園に通っているクリス君であれば、友達として話してやれるぜ」
運転席の黒服が無表情に言って。
助手席の黒服が無邪気に親指を立てる。
そんな二人に、クリスは深々と頭を下げた。
「ありがとう、二人とも」
隣の座席をちらりと見て、ミーシャが熟睡しているのをちゃんと確認してから、クリスはさらに身を乗り出した。
最初に口を開いたのは、運転しているナポリからだった。
「カアシの葉っぱ。首都でそう呼ばれているのは、裏社会で取引されている植物のことだ。乾燥、粉末加工したものを売ることで、マフィアたちの収入源にもなっている。……はっきり言ってしまえば『違法薬物の原料』だ」
クリスの脳裏に、ハンマーで叩かれたような衝撃が走った。
胸中に湧き上がる動揺。そんなことには気が付かず、今度は助手席のペペが話を続ける。
「だけど、こいつが何とも厄介な代物でしてな。なんと、その植物自体には違法性がないんですよ」
「……それは、どういうことだ?」
率直な疑問に、ペペが答える。
「つまり、ですな。カアシの葉っぱと呼ばれている植物は、加工してしまえば違法薬物と見なされる。使用や販売はもちろん、所持しているだけで逮捕されます。……でも、原料の植物はというと、これがビックリ。どんな法律にも触れていないんですよ」
「そんな、馬鹿な!? だって、危険な薬物の原料なんだろう!?」
クリスの戸惑いに、運転席のナポリが答える。
「まぁ、違法薬物の原料とはいっても。元々は、そこら辺に生えている雑草やハーブみたいなものなんだ。自然繁殖しているんだから、取り締まり用がないってことさ」
……ハーブ?
クリスの背筋が、何かおぞましい悪寒が這い上がってくる。学校の屋上で育てられていたのも、確かハーブであったはずだ。
「それが、こいつを厄介にしている原因ですね。最近、新聞にも大きく取り上げられていたのですが、殿下も知りませんか? 違法薬物の取り締まり強化。あの法案によって、違法薬物の売買・所持だけでなく、加工目的の原料の栽培も対象になっちまった。だから、マフィアたちはピリピリしているんっスよ。自分たちが持っていた畑。カアシの葉っぱを栽培していることが明るみになったら、警察に追及されちまうから」
殿下も、とんでもないタイミングでスラム街に行っちまいましたね。と、ペペが明るい声で話す。
「……でも、なんでミーシャは、そんなものを探していたんだ」
「それはこっちのセリフですよ、殿下。カアシの葉っぱ、っていうのはこの国の首都だけで通じる、一種の暗号ですよ。実際、他の国や地方では、別の名前で呼ばれています。なんで、そんな言葉を知っているんっスか?」
黒服のペペの言葉に、運転席のナポリが反応する。
「まぁ、この国では西部のカアシ地方で栽培されていた歴史があるからな。首都では、そう呼んだほうがわかりやすいんだろう」
「……え?」
……カアシ地方。
黒服のナポリの発した単語に、記憶の奥底が呼び起こされる。確か、屋上から飛び降りたドーナ先輩の出身地が、この国の西にある、カアシ地方。
「カアシ地方の貴族たちは、その高揚感を煽るハーブで財を成した者が多い。栽培方法から管理など、代が変わるたびに受け継がれていったとか」
「そういえば。あの葉っぱの生育には、ちょっとした癖があるそうで。温室で管理しても、専門的な知識がないと枯れてしまうとか。それこそ、園芸に詳しい人間が必要になってくるそうですよ」
二人の黒服の会話に、クリスはどんどん表情が抜け落ちていく。
バラバラだったはずの、パズルのピースが。
どんどん繋がっていく。
……繋がって、しまう。
「もしも、の話だが」
口の中がカラカラに乾いていくのを感じながら、クリスがその問いを口にする。
「そのカアシの葉っぱ。もし、紅茶に淹れて飲んでしまったら、どうなってしまうんだい?」
脳裏に思い浮かぶのは、ティーポットに注がれた琥珀色の紅茶。
礼拝堂の中庭。
アフタヌーンティー。
温室で育てられたハーブ。
紅茶愛好会の『幸せの紅茶』。
元気になって、幸せになれる魔法の紅茶。お淑やかなお茶会に、楽しそうに談笑していた女生徒たち。
私たちは、自分たちが育てたハーブの紅茶でもてなすのが楽しみなのです、と言っていたのは、果たして誰だったか。込み上げてくる悪寒に、膝がガタガタと震えだす。腹の底から込み上げてくる恐怖が、視界をぐわんぐわんと歪める。
……つまり、あの集団は。
……そういう、ことなのか!?




