第22話「服に染み付いた硝煙の匂いと、いけ好かない街の匂い」
黒服の男が、青く輝く目で狙いをつけて、両手で構えたサブマシンガンの引き金を絞る。
バララッ、バラララッ!
無暗やたらに撃つというよりは、的確に狙いをつけて射撃する感じだ。
実際、放たれた弾丸はマフィアの下っ端に当たったようで、ぎゃあっ! 撃たれたッ! という悲鳴が聞こえてきた。
「けっ。この武器を持っただけの素人が。甘いんだよ」
「やったのか、兄者!?」
クリスの警護に当たっている黒服が尋ねると、彼は何てこともないように答える。その間も、警戒するように銃を構えたままだ。
「あぁ。敵は三人。全員、腕や足を撃たれて、さっさと逃げていったぜ。……いや」
黒服は眉間にしわを寄せながら、階下の大通りを見下ろす。
「敵は、四人だ。監視役のひとりが、路地裏からこっちを見ている。車で逃げるつもりだな」
「うしっ! そいつがリーダーだな。俺が捕まえて尋問するから、兄者はここを頼む!」
そう言って、黒服の相方は荒れ放題になっているベランダに駆け寄ると、そのまま飛び降りていった。おいおい、ここは三階だぞ。という私の思いとは裏腹に。闇夜の街中に、急発進する車の音と、それを追いかけるバイクの音が鳴り響いた。
「あの野郎。俺のバイクを乗っていきやがったな」
黒服がぼそりと呟くと、そのままクリスの警護に当たる。
最新式のサブマシンガンを肩ひもで背負いながら、クリスに怪我がないかを尋ねる。僕よりも先にミーシャたちを守ってくれ、と難色を示す彼に、あの二人は殿下より荒れ事に慣れていますよ、と苦笑していた。
「……彼らは、何者だったんだい?」
まだ緊張が抜けないのか、少し強張った顔でクリスが黒服に問う。
「わかりません。今、相方の弟が追いかけているので、その報告待ちかと」
ですが、と黒服は続ける。
「ある程度、検討はつきます。彼らが持っていた銃がなんだったか、わかりますか?」
「いや」
「トンプソンという銃器メーカーのサブマシンガンです。通称、トミーガン。戦争が終わって、売れ残った大量の銃を、急速に勢力を伸ばしているマフィア連中が買い漁った。そんな経緯のある銃なのです。こんな街中で、あの銃を使うなんて。もはや、名刺代わりみたいなものですよ。彼らの仕業以外に考えられないでしょう」
黒服の男は、暗闇の中でサングラスをつけると、一応、私とママにも怪我がないか尋ねる。
私もママも、怪我はなかった。
ただ、我が家は凄惨たる光景であった。優しい家族に囲まれて育った場所を、こんなふうに荒らされて、怒りしか沸いてこない。
「まったく、酷いものね」
ふんっ、と腰に手を当てたママが、不満そうに口を曲げている。
そんなママに、黒服は事務的な口調で言った。
「お怪我はありませんか、マダム?」
「マダムなんて歳じゃないけどね。うん、私も娘も無事よ」
そうよね、と確認してくるママに、私は面倒そうに肩をすくめる。
「それは何よりです。今回の件で出た損害は、こちらで全て支払います。なので、ここにいた人物については他言無用で」
「ふーん。つまり、クリス君とあなたたち黒服のことは忘れろって? 随分と虫のいい要求をするのね」
「理解してもらおうなんて思っていません。ただ、我々には。我々の責任と責務があるだけです」
「あ、そ。まぁ、テレビもソファーも買い替え時だったし。新しくしてもらえるのなら文句はないわ。……でもね、娘の交友関係にまで口を出すつもりはないわよ」
ママが、私とクリスのことを見る。
すると、サングラスの黒服も。私たちのことを見ながら、にやりと笑った。
「えぇ、当然ですよ。俺個人としても、若者の恋路を邪魔する奴はありません。馬に蹴られたくないですしね」
「あら、話がわかるじゃない」
機嫌を良くしたママは、にっこりと笑いながら更なる要求を突きつける。
「じゃあ、ついでに。今夜中にウチの娘を学園に届けてくれません? もちろん安全にね」
「請け負いましょう」
サングラスの黒服が恭しく礼をすると、今度はクリスのほうを見る。
「殿下。話を聞いたとおりです。当面の危険はありませんが、念のために場所を移動します。弟が追跡から帰ってきたら、車を手配するので」
「わかった。我が名において、貴殿たちの献身に感謝する」
「勿体ない御言葉です」
こいつら、もはや隠す気がないな。
目の前で繰り広げられる王室調のやり取りに、私はげんなりとする。せめての抵抗に視線をそらすと、風通しの良くなったベランダから夜風が肌を撫でた。
まさか、あの連中がここまでするとは。
恐らく、夕方から後をつけられていたに違いない。夜になってから襲撃なんて、彼らの常套手段だが、それにしたってお粗末極まりない。いったい何を焦っている?
しばらくすると。玄関のほうからどたどたと足音が聞こえてきた。顔を出したのは、追跡に出ていた黒服の男だった。
「兄者、戻ったぜ」
「早かったな。首尾は?」
「あぁ。奴ら、スラム街の廃工場跡に入っていった。軽くシメると、あっけなく白状したぜ。ルチアーノ・ファミリーに雇われたチンピラだ」
「それじゃあ、クリストファー殿下を狙ったわけじゃないんだな」
「ははっ、あいつらにそんな度胸はねぇよ。スラム街でカアシの葉っぱについて嗅ぎまわっている奴がいるから、ちょっと脅しておけと命令されたそうだ」
「アパートの一室に向けてフルオート射撃が? おいおい、マフィア同士の抗争じゃねーんだぞ?」
「あぁ、完全に素人の仕事だな」
黒服の二人が、なにやら難しい顔で話し合っている。
それで俺のバイクはどこにいった?
と黒服の兄が問うと、黒服の弟は気まずそうに視線を外しながら口笛を吹く。そして、後ろに隠していた棒状のものを取り出して、「すまねぇ。ハンドルだけになっちまった」と頭を下げていた。黒服の兄は、いつもの冷静さを失いながら弟の頭を殴りつける。
クリスは、どこか落ち着かないように壁際に佇んでいる。警護されている身だから無暗に動けないのか。仕方なく、私のほうから近寄って、彼に声をかける。
「どうしたの、そわそわして」
「いや。さすがに動揺しているようだ。自分が狙われたわけでもないのに、まだ心臓が踊っているよ」
そうは言うが、クリスの声は落ち着いたものだった。
「僕に比べて、ミーシャは落ち着いているね」
「まぁね。庶民の女は逞しいのよ」
私は肩をすくめながら答える。
こんなことで泣き出しているようでは、とっくの昔に死んでいただろう。
「随分と銃の扱いに慣れていたようだけど、それは君のお母さんから?」
「えぇ。私がママに最初に教わったことは、クッキーの作り方じゃなかったから。生きるために必要な力、知識、人との接し方。この銃も、12歳になる頃には目を瞑っていても分解できるようになっていたわ」
そう言いながら、私は安全装置のかかった銃を取り出す。
そして、弾の入ったマガジンを取り出して、薬室に残った銃弾を出すためにスライドを開く。それらを穴だらけのテーブルに置くと、ママが確認してポケットに入れる。
「それは凄いな。今度、僕にも教えてくれないか?」
「あなたには必要ないでしょ? 優秀なボディーガードがついているんだし」
「いや、いざという時に守れないようでは困る」
「自分の身くらい、自分で守るって?」
けらけらと笑いながら、クリスのことを茶化す。
すると、彼はいたって真面目な顔をして、こちらを見た。
「いや。君のことを守るために、必要な力だと思ったんだ」
きょとん、と私は呆気にとられる。
こんな目にあって、まだ他人を気にする余裕があるのか。それはそれは、博愛というか酔狂というか。まぁ、悪い気はしないけどね。
「ふぅん。気が向いたらね。でも、ちゃんとした教官から学んだ方がいいわよ」
私の師匠であるママも、学生の時に銃の扱いを学んだとか。勉強や魔法の成績はともかく、銃の腕前だけはトップクラスだったらしい。
そんな雑談を交わしていると、黒服の一人が遠慮がちに話に割り込んできた。サングラスをかけていない弟のほう。確か、名前はペペだったか?
「ミーシャ嬢、ちょっとすみません。……殿下。もうすぐ、迎えの車が来ます。このまま引き上げてもよろしいですか?」
「あぁ。仕方ない。この家の人たちに粗相のないようにしてくれ」
「本当にすみません。できれば殿下には、ミーシャ嬢と高級ホテルのロイヤルスイートに泊まってもらいたかったのですが」
おい、こら。
なんか聞こえているぞ、この黒服が。
「次の機会には、なんとしても殿下に逢瀬のひと時を」
「期待しているよ。でも、今は学園に戻ることだけを考えよう」
クリスがそう言うと、壁際で電話をしていたもう一人の黒服が振り向く。
「あと数分で迎えが来ます。ミーシャ嬢も、準備をしてください」
うーむ、その呼び方はなんだか落ち着かないな。
私は返事だけして、手早く荷物をまとめる。私服を何着かと、石鹼や化粧水。あとは、カナに持ってくるようにと言われた温風の出るドライヤー。それらを手提げ鞄に突っ込むと、最後にママに声をかける。
「ママは、どうするの?」
「そうねぇ。パパも出張で帰ってこないし、今日はホテルにでも泊まりましょうか」
「大丈夫? 危なくない?」
「平気よ。夜な夜な猟銃を持ち歩いた女を、襲う輩なんていません」
「それもそっか。……でも、パパは驚いちゃうだろうね。家がこんなになって」
「どうかな。パパのことだから、怪我がなければそれでいい、とか言いそうだけど」
くすくすとママは笑う。
そんなママを見て、私も笑う。
しばらくすると、車が手配できた、と黒服が声をかかる。私は最後に、ママに手を振ってから玄関へと向かう。
「じゃあ、ママ。行ってきます」
「うん。行ってらっしゃい。一人で挫けそうになったら、ちゃんとクリス君を頼るのよ? 彼は信頼できる人だから」
えぇ、知っていますとも。
声には出さずに答えると、私はクリスと一緒に車の後部座席へと乗り込む。黒塗りの高級車だった。防弾ガラスを使った窓が、夜の街並みを写している。
私は断りもなく、窓を開けた。
肌寒い夜風が、頬を撫でて。服に染み付いた硝煙の匂いと、いけ好かない街の匂いが、嫌にでも鼻についた。




