第6話「彼の名前は、クリス。学園の王子様です」
……しまった、しくじったか。
心の中で毒づきながら、目の前の光景を睨みつける。
カナはいつもより高いテンションで、学園の王子様こと、クリストファー・スミスと会話を楽しんでいる。
こいつもこいつで、爽やかな笑みを浮かべつつ、優雅な所作でベーコンエッグを食べている。つーか、卵を食うためにナイフとフォークを使うやつ、初めて見たぞ。
「そうですね。僕の叔父さんが、隣の国のガリオン公国で製薬会社の理事をやっていまして。その叔父が、後学のためにと、この学園に入学を薦めてくれたんです。だから、別に。本当は王子様とか、そういうのじゃないんですよ」
「じゃ、じゃあ、クリストファー君は何年生なんですか!?」
「クリス、でいいですよ。僕は高等部の二年生ですね」
「きゃーっ! 私とミィちゃんと同級生だ! よかったね、ミィちゃん!」
カナが、何やら意味深な視線を向けてくるが、あえて無視することにした。
なんだ、この空気は。
いくらカナのコミュニケーション能力が高いといっても、こうまで簡単に打ち解けてしまうとは。これでは、私が邪魔者みたいじゃないか。それはそれで面白くない。
ちらっ、と王子様がこちらを見る。
ちっ。こいつの言いたいことはわかっている。
つまり、アレだ。
昨日はよくもやってくれたな。この俺様を侮辱した代償は高くつくぜ。もう、この学園に居場所はないと思えよ、的な。
傘一本で、ここまで追いかけてくるとは。なんて性格の悪い奴だ。
「君たちは仲が良いいですね。もう、この学園は長いのですか?」
「いいえ! 私もミィちゃんも、高等部に入学したときに知り合ったんですよぉ。でも、その時から大の仲良しなんです」
えへへ、とカナが無垢な笑みを見せる。
まぁ、出会って一週間で、鼻血が出るまで殴り合った仲ですから。とっても仲良しさんですよ。腹の底か知れているぶん、他の生徒よりは信頼できるしね。
そんなことを言っても、この男には何も響かないだろう。私は二人の会話に参加しない方向で、静かにティーカップを傾ける。
だけど、ちらちらとこっちを見てくる王子様に、私の苛立ちがどんどん積もっていった。
「えーと、それじゃ、こちらの、……『ミィちゃん』さんは―」
「気安く呼ぶな!」
手にしていたフォークを、王子様に向かって投げつける。狙うは、そのいけ好かない眉間!
「うわっ!?」
しかし、間一髪。王子様は首をそらして、私の一撃をよける。投げられたフォークは、そのまま壁に突き刺さり、ビィィンと音を立てて揺れた。
「ちっ、外したか」
「舌打ち!? 今、舌打ちをしなかったかい!?」
「……なんのことでしょうか? この学園は、品性と礼儀を教えてきた由緒正しき貴族学園なのですよ。そんな舌打ちをするような淑女、いるはずありませんわ」
おほほ、と微笑を浮かべて、私はシラを切ることとする。
カナも、いつものこととあまり気にしていないようで、はむはむとパンを食べるのに夢中だ。
ただ、近くを通った他の生徒が、壁に刺さったフォークを見て、首を傾げていた…
・次話更新は、9/18(土)の20時です。よかったら見てやってください!