第17話「……ホテルが必要になったら、いつでも言ってください。最高級のスイートルームを確保しているんで♪」
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「駅は監視されている。警察署も同様だ。どんなことをしても首都から出さないつもりなのだろう」
「噓でしょ?」
大男のトムの言葉に、私はげんなりとする。
貧困街での騒動から、それなりに時間が経って、もう夕方くらいになっていた。
少し身を隠していれば諦めると思っていたのに、どういうわけか奴らの執拗に追いかけてくる。
「なんで、彼らはそこまで僕たちを追いかけてくるんだ?」
「知らないわよ」
でもね、と私は続ける。
「たぶん連中にとって。嗅ぎまわれたくないことが、あの店にあるってことでしょう。まったく、警察が入った後だっていうのに」
「そういえば、どうしてゼノ警官は、あの場所にいたのだろうか? 仕事で来ていたようには見えなかったけど」
「さぁね。本人が言うように単にサボっていたか。もしくは―」
私はこっちが本命だというように告げる。
「誰かに頼まれて捜査していたか。あの不良警官も言っていたでしょう? この国で賄賂を貰っていない警官を見つけるほうが難しいって」
「つまり、彼が別の誰かに雇われて。何か犯罪の証拠が残っていないか調べていたと?」
「あいつはいろんなところに首を突っ込んでいるからね。そんな時に私たちが来ちゃったものだから、マフィア連中としたら誰も逃がすわけにはいかなくなった」
「僕たちも、何も知らないんだけどね」
はぁ、とクリスがため息をつく。
そんな彼に、私は首を横に振る。
「そんなことないわよ。あの不良警官が言っていたでしょ。学園の生徒が貧困街に顔を出している。学園の経営者である学長が、マフィアと繋がっている。これだけでも見えてくるものはある」
「そういえば、君が尋ねていた『カアシの葉っぱ』。貧困街に来ていた生徒が探していたといっていたけど、これはいったい何なんだい?」
クリスの問いに、私は答えられない。
そうだ。それが全ての元凶だ。
私たちが追われている理由も。ドーナ先輩が屋上から転落した理由も。もっと言えば、ここ最近の不穏な出来事。ナイフを持った女が襲ってきたことや、ロッカーに鶏の死体が入れられていたこと。紅茶愛好会のお茶会、彼女たちの不可解な会話。全ては『カアシの葉っぱ』で繋がっている。
この国は、腐っている。
根っこから、腐敗している。
「クリス。あなたは知らないほうが――」
「知らないほうがい、なんて言わないでくれよ。もう、ここまで首を突っ込んだんだ。僕だって、真実を知りたい」
倉庫のシャッターからこぼれる光が、クリスの横顔を照らす。
その真剣な顔に、私は視線を逸らすことしかできない。
……それでも。彼に伝えれることがあるとすれば。
「ごめん、クリス。私の口からは言えない。でも、学園に戻れたら、あなたの護衛の人に聞いて。きっと知っていると思うから」
「君からは、教えてくれないんだ」
彼のすがるような目に、私は話したい衝動をこらえて横を向く。
「えぇ。それは、とても畏れ多いことだから」
「畏れ多い?」
「うん。きっと、私たちの関係を壊してしまう」
そこまで言って、あー、そうか。と私は納得する。
私は今の関係を壊したくなかったのか。
だがら、クリスには真実を伝えず。だからといって、強く拒絶するわけでもなく。ただ彼の傍にいたい、という自分の欲求に答えてしまっていた。馬鹿みたいなことを言って、彼が笑って。私が笑うと、彼も本当に嬉しそうで。たまに喧嘩みたいになるけど、互いに寄り添っていくような時間が、本当に愛おしくて。そんな心地よい時間を、関係を、手放したくない。……本当に私は卑怯者で、臆病者だ。
ここまで話したら、クリスも何かを勘づいたのか。
わずかに諦めたような顔で、私に尋ねる。
「君は、どこまで知っているんだい?」
「何を?」
私は、とぼける。
この関係が、少しでも長続きさせたくて。
「僕のことさ。聡明な君のことだ。僕が、ただの資産家の親戚を持つ一般人、ではないことに気が付いているんだろう?」
「さぁ。庶民の私には、何のことだが全然わからないわ」
私は、とぼけ続ける。
少しでも彼と一緒にいるために、彼の嘘に最後まで付き合う。
「さぁ、この話はここまでよ。トムも、今の話は口外しないでね」
「si」
トムも少しだけ私と打ち解けたのか、離すときに目を合わせてくれるようになった。
「中央駅が監視されているんじゃ、学園に戻れないわね。明日から、また授業があるのに」
「タクシーを拾うかい。この首都からでも、それほど離れていないと思うけど」
「悪くないアイデアだけど、うまく拾えるかしら。連中の監視が緩くなるまで時間を遅らせたほうがいいかも。……いや、ダメか」
それだと学園内に入れない。
夜のセキュリティーが厳しいし、寮の門限もある。なるべくなら避けたい。
「あなたの護衛の人に、車を寄越すことはできる?」
「電話があるところなら。ホテルで借りるかい?」
「それだったら、もはや一泊したほうがいいような気がするけどね」
ははっ、と私が笑うと、クリスは何かを思い出したように顔を背ける。その表情は、どこか恥ずかしそうであった。
クリスは思い出していた。
首都に来るまでの電車の中で、護衛の黒服たちに言われた言葉を。『……殿下、しっかりとエスコートしてあげてください』、『……ホテルが必要になったら、いつでも言ってください。最高級のスイートルームを確保しているんで』。
当初は、何を余計なことを。と憤慨していたクリスだったが、今となってはこれが天啓に思えて仕方ない。
高級ホテルのスイートルームならプライバシーは確実に守られるし、送迎のリムジンも容易に手配してくれるだろう。綺麗な夜景に、豪華なディナー。ノンアルコールのシャンパンを手に、二人だけの時間が流れる。そうなったら、自分はミーシャの魅力に耐えられるだろうか。いや、たぶん耐えられないだろう。
クリスがそんな妄想をしているなどと、露とも知らず。
私は自分の中の選択肢を告げる。
「はぁ、仕方ないわね。こうなったら、……ウチの家に来る?」
「へ?」
クリスの端正な顔が、一瞬にしてマヌケ面になった。
ふわっと更新を再開。
年末年始だし、最後まで書き終えられたらいいな♪




