第15話「Rules of Mafia(裏社会の流儀)①」
「どうしたの、二人とも」
ギシギシとしなる階段を下りながら、私はクリスたちのことを見る。
「ちょっと大きな声も聞こえてきたけど。まさか、クリス。あんた、何か余計なことを」
「大丈夫だ。何も問題ない」
答えたのは、ゼノ警官だった。
なぜか顔色が悪く、疲れた様子だった。それとは対照的に、クリスは終始ご機嫌だ。
「何よ、嬉しそうにしちゃって。何かわかったの?」
「いやいや。個人的なことだよ」
クリスは穏やかに微笑みながらこちらを見る。
その顔に、どきっと鼓動を早くさせながらも、平然を装って口を開く。
「ふ、ふーん。まぁ、いいわ。二階にも目ぼしいものなんてなかったし、そろそろ退散しましょ」
私は服についた埃を払いながら、店から出て行こうとする。
クリスも私の後に続こうとするが、それを止める声がした。ゼノ警官だ。
「待て。表から出るのは止めた方が良い」
「なんで?」
私が問うと、ゼノ警官は黙って窓の外に視線を向ける。ふらふらと歩く浮浪者が、店の前を通り過ぎて行った。
「あの男。もう三回も、その道を通っている。……監視されているぞ」
「え? なんでよ?」
困惑する私に、男はやれやれと首を振る。
「知らねぇよ。お前らが何かをやらかしたか、それともお前らの行動が目障りなのか。どちらにせよ、店から出たら、すぐにお迎えが来ちまうぜ。怖いマフィアのお迎えがな」
「じゃあ、どうするの。夜になるまで待て、なんて言わないでよね。嫌よ、こんな埃っぽいところで」
ちょっとだけ不機嫌になる私に、ゼノ警官は店の裏手を指さす。
「裏口を使え。表から出るよりは目立たないだろう。……おい、爽やかイケメン王子。ミーシャのことを守れるな?」
「はい、もちろんです」
クリスはいつものように頼もしい。
「よし。じゃあ、俺様が表に出て、奴らの注意を引く。その隙に裏口から出て、貧困街を出ろ。街中にまで入れば、連中だって手は出さないさ」
よっ、と古びた椅子から立ち上がって、ぐるぐると肩を回す。
「じゃあな。久しぶりに声が聞けてよかったぜ。せいぜい、悪い大人に気をつけな」
「私は会いたくなかったわ。でも、ありがとう。感謝してる」
「ふんっ。実家に帰ったら、お前のママによろしくって伝えておいてくれ」
それだけ言うと、ゼノ警官は店の玄関をけり破る。
ドカンッ、と大きな音を立てたと思ったら、目の前を通る不良者へと因縁をつけ始めた。
あ? どこ見て歩いているんだ? さっきから俺様のことをチラチラ見て。サインを配ってるつもりはねーぞ?
ゼノ警官が大声をあげて、浮浪者は何か言い訳のようなことを喋っている。
そうしている内に、ばらばらと人が集まってきた。ほとんどは、ここを根城にしている浮浪者ばかりだが、身なりのきっちりしたコート姿の男も何人か見えた。
「あれが、ルチアーノ・ファミリーの構成員ね」
「わかるのかい?」
「えぇ。なんか悪そうな顔をしてるでしょ。こんなところで見張りをしているんだから、きっと下っ端ね」
「それで、これからどうするんだい?」
クリスは裏口の方を見ながら、私のことをいざなう。
「ゼノがどうなるのか、ちょっと気になるけど。ここは我慢しましょう。……裏口から逃げるわよ、クリス」
「了解だよ」
そう答えて、クリスは店の裏口を開ける。
人がやっと通り抜けるくらいの路地が、左右に分かれている。自分たち以外に人はいない。クリスは私に、どっちに行けばいい、と尋ねるので、右に出たほうが駅に近い、と答えた。
慌てず、それでいて静かに。
まるでコソ泥になった気分で、貧民街の狭い路地を足早に駆けていく。
遠くから、歓声のような声がした。
たぶん、ゼノが注意を引こうと喧嘩を始めたのだろう。いや、もしかしたら向こうから始めたのかもしれない。
「このまま、何事もなければいいのだけど」
「大丈夫でしょ。私たちが何かしたわけじゃないし。奴らだって、そこまで暇では、……あー、ごめん」
細い路地の先を見て、私は先に謝った。
そこには、コートの襟を立てた男たちが待っていた。
「前言撤回。連中、思ったより暇人だったみたい」
「待ち伏せされているじゃないか。どうする?」
「どうする、って。そりゃ―」
男たちがこちらを見て、目が合う。
それと同時に私たちは別の路地へと走り出した。
「逃げるに決まってるでしょ!」
「やっぱりか!?」
駅に向かう道から逸れて、細い路地を右へ、左へと折れていく。
振り返ると、待ち伏せをしていた男たちが、えらい勢いで追いかけてきた。
……待ちやがれ!
……逃げんな、コラァ!
「ひぃ、追いかけてくる!」
「彼らは、なんで追ってくるんだい?」
「知らないわよ! 私たちのことが気にくわなかったんじゃない!?」
もしくは、気づかない内にマフィアの内部事情を知ってしまったとか。だとすると、そうとう面倒なことなったぞ。
「ミーシャ。あまり考えたくないんだけど。彼らに捕まったら、僕たちはどうなる?」
真横を涼しい顔で走っているクリスに、私は息を途切れ途切れにさせながら答える。
「そんなの、決まってるでしょ! 尋問された後に、海に沈められるか、山に捨てられるか! どうせ、ろくなことにならないわよ!」




