第12話「貧困街から愛をこめて④」
一瞬。
男の横顔が強張るのを見た。
「……よりによって、そいつが出てくるとは」
「ねぇ、答えて」
ゼノ警官は、わずかに逡巡させてから口を開く。
「……馬鹿なことを考えるんじゃねぇ。マフィアの抗争に、貴族学校が関わっているわけねぇだろうが。おい、そこのイケメン。この嬢ちゃんを連れて学園に帰んな。今なら、ベッドでキスするくらいなら許してやるよ。この俺様が許す」
がははっ、とクリスのほうを見ながら、茶化すように言う。
だが、そのクリスも。真剣な目で警官の男を見た。
「僕も部外者でいるつもりはありません。屋上から落ちた女生徒は、僕にとっても大切な友人でした。あの日。僕は彼女を見た。疲れたような、そして何かに怯えているようだった。もし、ドーナ先輩に何かがあったのだったら、僕はそれを知りたい」
クリスの毅然とした態度に、ゼノ警官は面倒そうに舌打ちをする。
しかし、その目は。どこか楽しそうだった。
「悪くねぇ。何かをやり遂げる強い目だ。そういった男の目をする奴は、俺は嫌いじゃない」
それだけ言うと、今度は私のほうを見る。
前置きは、なかった。
「数日前だ。夜の貧困街に、一人の学生が目撃されている。制服を着ていたわけじゃないが、金持ちそうだったという話だから、おそらくオリヴィア学園の生徒だろう」
「そいつは男? 女?」
「女だ。だけど、そいつだけじゃねぇ。ホームレスたちの話だと、他にも学園の外部業者とも話をしたって奴もいるらしい」
ズボンのポケットからライターを取り出して、くるくると指で遊ぶ。
「そいつらが聞いていたんだとよ。『カアシの葉っぱ』を探している、ってな」
「やっぱり。それで、簡単に手に入るものなの?」
「無理だな。そもそも学生が手を出す代物じゃねぇ。それに子供を相手に商売をするとなると、危険な橋を渡ることになる。まともな売人ほど、堅気には手を出さねぇんだ」
当然か。
いくら、この国が腐っていても、まっとうな人間を相手に商売をする悪党は少ない。後ろめたい人間を相手にしたほうが、搾り取りやすいからだ。
「まともじゃない売人。となると、ルチアーノ・ファミリーの下っ端が?」
私は、この国で二番目の勢力を持ってるマフィアの名前を挙げる。
「ま、そう考えるのが妥当だろうな。コルレオーネ・ファミリーとルチアーノ・ファミリーは、お互いに目の敵にしている。今、この瞬間だって、縄張り争いの真っただ中だ」
けらけらと、ゼノ警官は肩を揺らす。
「あー、そういえば。お前らの学園の学長が、ルチアーノ・ファミリーに入り浸っているらしいぞ」
「は!? あのハゲ学長が? なんで、また」
「さぁな。アイツらに借金でもしたんじゃねぇか。どちらにせよ。お気の毒さまだな」
ゼノ警官は、一度、割れた窓のほうを見ると、話を続ける。
「俺が言えるのは、それくらいだ。それ以上のことは、俺も知らねぇ。探し物があるなら、二階の倉庫でも見てきたらどうだ? ガサ入れの後だから、あまり期待できないけどな」
パチン、とライターの蓋を閉めると、二階へと続く階段へと顎をしゃくる。
「……ふん。まぁ、いいわ」
私は口を曲げながら、二階へと向かう。
これ以上知らない、ということは、これ以上の情報を伝える気はないということ。ゼノ警官は、ガサツでサボってばかりだが、警官としてのスジは通している。
「クリス。あんたも来なさいよ」
「いや。一人で行ったほうがいい。二階の床が腐っているからな、二人で上がると崩れるかもしれん」
私の言葉に、ゼノ警官が答える。
なんとなく釈然としないものがあったが、この男がクリスに何かするわけがない。その逆も然り。私は、さらに埃臭くなった二階へと、慎重に足を進めていった。




