第11話「貧困街から愛をこめて③」
「わかったんなら、すぐに帰んな。ここは、もう。お前が来るべきところじゃない。せっかく光の当たる場所に戻れたんだ。わざわざ自分から戻ってくる必要はないだろう?」
ゼノ警官が言わんとしていることを、クリスは理解できないように思案顔になる。
まずいな。
このまま喋らせていたら、余計なことまで口にしてしまいそうだ。
この男は、私の過去を知っている数少ない人間だ。私が貧困街に捨てられる前は、どこに住んでいたのか。どんな生活をしていたのか。なるべくなら、クリスには知られたくない。
「悪いけど、ゼノ。こっちだって引けないのよ」
仕方ない。あまり話したくなかったけど、こちらの事情を説明するしかないか。
「その転落した生徒なんだけどね。……私の友達なのよ」
「なんだと?」
急に、ゼノ警官の顔つきが変わる。
それまで相手にする素振りがなかったのに、両足をテーブルから降ろしては、唸るように腕を組む。
「なぁ、ミーシャ。お前を最初に補導したのは、いつだったか?」
「12歳の時よ。中等部の学校の編入試験を受けたときに、別の学生に絡まれて」
「で? その次は?」
「13歳の時。黒髪のせいでイジメにあって。そいつらをボコボコにするために、夜の街に誘き出した時ね」
「最後に補導されたのは?」
「オリヴィア学園に入学する前日。深夜に散歩していた時に、誘拐されそうになって」
すらすらと答えられる補導歴。
そんな私に、クリスも驚くような呆れたような顔をしていた。
「そんなお前に、今まで友達はいたのか?」
「いないわよ。だから、こんなにひねくれているんじゃない」
ふんっ、と私は鼻で笑って見せる。
ゼノ警官は、今度はクリスのほうを見て口を開く。
「こっちのイケメンは? お前の恋人か?」
「まさか。お友達よ」
「信用できる人間か?」
「それは問題ない。信用しているし、信頼もしている」
言葉に迷いはない。
私がさも当然のように答えると、ゼノ警官はまじまじとクリスのことを見る。
そして、おや、と首を傾げた。
「ん? おい、坊主。お前さん、どっかで見たことがあるな?」
「……人違いじゃないですか?」
クリスは動揺することなく答えた。
そんな彼の姿に、ふんっ、とゼノ警官は口を曲げると、椅子に寄りかかりながら頭を後ろで手を組んだ。
「まぁ、いい。特別だ。話を聞いてやろう」
「それより、カールは? この店を放り出して、どこにいったの?」
「アイツなら摘発されちまった」
ゼノ警官が、何てことないように言った。
「パクられてたの!? まさか、あんたが―」
「俺じゃねーぞ。署のほうに密告があったんだよ。ヤバい店があるから調べろって」
「だからって、ありえなくない。こんなに早く、警察が動くなんて」
「まぁ、ぶっちゃけ。警察の捜査なんて、ただの名目で。その実態はマフィアの縄張り争いってとこだろう。この店は、いろいろと危ないものを扱っていたからな」
そういって、ゼノ警官は。店内のカウンター裏に回ると、壁に飾られている紅茶葉の缶を床に放る。ガランッ、と野太い音が埃を立てて響く。そして、缶の中から。金属製の小さな筒状のものが転がりだす。
「……これは?」
問いかけるクリスに、ゼノは淡々と答える。
「薬莢さ。摘発される前には、銃や銃弾を大量に隠し持っていた。それだけじゃねぇ。密輸された動物の毛皮、禁止されている奴隷の販売記録、高利貸しの帳簿、怪しい植物の粉末。ここは、そんなものを扱っている裏の稼業の窓口だったのさ」
ゼノ警官は、神妙な顔をして続ける。
「新聞は読んでいないのか? 最近、国会で可決された違法薬物の取り締まり強化。そのせいで、この国のマフィア連中は躍起になっているんだ。違法薬物の原料でさえ、持っているだけで捕まるようになったらな。もっと別の手口で商売をしなくてはいけない。そんな連中にとって、この店は邪魔だったんだ」
「だからって、まさかカールが捕まるなんて。だって、この店は―」
「あぁ。この辺りは最大勢力のマフィアのボス。ドン・コルレオーネの縄張りだったらな。あの人を敵に回すってことは、翌日にアルマ川に浮かんでいても仕方ないってもんだ」
そこまで話していたゼノ警官だったが、ふと思いついたように私を見た。
「……まてよ。もしかして、ミーシャ。お前がこの店に来たのは、それに関係しているってことか?」
「さすが。頭の回転は速いわね」
外見に寄らず頭が良いことを知っている私は、話が早いと言わんばかりに続ける。
「ねぇ、ゼノ。この街で、……『カアシの葉っぱ』って手に入るの?」




