第7話「オルランド共和国の首都で、彼女と彼はデートをする」
オルランド共和国の首都、ノイシュタン=ベルグ。
街で一番大きな駅を降りると、目の前に広がっているのは美しい町並みだった。歴史ある趣深い建物が、現代の生活と混ざり合っていて、それでいて均衡は保たれている。石のレンガ造りの教会のすぐそばを、路面電車が客を詰め込んで移動している光景など、この街ならではだろう。戦時中の戦火も免れたこともあって、古い町並みがそのまま残っていた。
「まぁ、そのせいで道は狭いままだから。年から年中、自動車が渋滞しているけどね」
クリスを引き連れて、横断歩道を渡る。とは言っても、渋滞で車が動かないから、信号機の意味はあまりなしていない。
「ちょっと歩くけど、いい?」
「構わないよ。でも、電車を使わないのかい?」
「却下。あんな満員電車に乗りたくないもの」
渋滞で動かない車の列を、専用車線のある路面電車が悠然と進んでいく。だが、その車内は、どうあってもこれ以上の人が載せられないほど満員であった。
「すごいな」
「平日は、もっとすごいわよ。通勤や通学で電車を使う人が多いから」
結局、歩いたほうが一番マシなのよ。
勝手知ったる我が町というように、人込みをかき分けながらクリスに説明していく。
美術館、音楽ホール、デパート、観光客向けのホテル、高級ブティックが目の前に並ぶ。ごみひとつ落ちていない綺麗な大通りだった。通りを歩く人々も、お洒落に気を使っている人が多く、その立ち振る舞いからも生活にも余裕があるのを感じさせる。
「活気があって、綺麗な街だね」
「まぁ、表向きはね。……こっちよ」
そういって、細い路地へと入る。
緑が豊かな公園。その遊歩道を歩いていく。大通りと異なり、こっちは人もまばら。それもそのはず。クリスの視線の先にあったのは、整備された立派な墓地。貴族たちの墓のようで、一番大きな墓石には。大貴族アルベーヌ家の末娘の名前が記されていた。
ちらり、と私はその墓石を盗み見る。……その下に埋まっている棺には、誰も入っていないのに。よくもあんなに豪華な墓を作るものだ。
「ミーシャ?」
「なんでもない。ちょっと昔のことを思い出してただけよ」
そんな墓地を抜けると。
石畳の道が、急に荒れだした。
長らく整備されていないのだろう。
所々、石畳が抜けていたり、土が盛り上がっていたり。そんな道を、自動車が猛スピードで走っていく。この辺は抜け道だから車に気をつけてね、と彼に軽く声をかける。
「なんだか、雰囲気が変わった?」
「わかる? さっきまでいたのが貴族街。裕福な人たちが生活をしている場所。……で、ここからが平民街。普通に生活をしている人が住んでいるところ。この国の人の多くは、貴族街に住むことが大きなステータスと思っているから、無理してでもあちら側に住もうとしてるわけ」
こっちよ、と荒れた石畳の道を歩いていく。
道幅もどんどん狭くなっていって、車では通れないほどになっていた。通りの両側に、ところどころ屋台の露店が並ぶ。遅めの朝食を取っている人や、朝からワイングラスを片手に上機嫌に笑っている中年男性の姿が目に付いた。その脇を、子供たちがはしゃいで走りぬけていく。週末の休日のためか、ゆったりとした時間が流れていた。
「さっきの大通りに比べると、随分と印象が違うもんだね」
「戦後の混乱を、まだ引きずっているからね。表向きは優雅な首都も、通りをひとつ入れば庶民の生活圏ってわけ」
「へぇ。……でも」
クリスがもの珍しそうに屋台の露店を覗き見ている。
揚げドーナツの屋台だった。店員は留守なのか、誰もいない。今度は、通りでギターを演奏している少女に目を向ける。開いたギターケースには、数枚の小銭が入っていた。
「こういう景色も、僕は嫌いじゃない」
「あ、そ」
クリスの返答に、私はそっけなく答える。
嬉しくて足取りが軽くなりそうになるのをぐっと堪えて、目的の喫茶店へと目指す。
「悪いけど、まだ朝ごはんを食べてないの。ちょっと寄り道していくわよ」
「いいね。僕も朝が早かったから、何も食べてないんだ」
ははっ、と爽やかに頬を緩める。
馴染みの道なのに、クリスと一緒にいるだけで、どうしてこうも違って見えるのか。きっと、周囲の人たちが、明らかに浮いているクリスのことを見ているからだろう。こいつが出している雰囲気は、貴族街で生まれ育った気品そのものだ。まったく、これだから金持ちは。
「みんな、ミーシャのことを見ているね」
「はんっ。あんたのことを見ているんでしょ」
私は、私に向けられている視線を振り切るように、少しだけ足取りを早くさせる。
ここには細い路地がいくつもある。建物の影に隠れた、薄暗い場所だ。ふと、振り返ると。後ろを歩いていたクリスの視線が、その暗い路地裏へと向けられていた。
その目は、困惑するように狼狽していた。
「どうしたの、クリス?」
彼の見ているほうへと視線を向ける。
そして、合点した。
私は何も喋れなくなっている彼に、さも当然のように言った。
「クリス。あなたは気にしなくていいの。よくある光景よ。見なかったことにしなさい」
「……あぁ」
複雑そうな顔をした彼が、無理やり納得するように頷く。
私たちが視線をそらした路地裏には、ひとりの男性が蹲っていた。ぶつぶつと何かを呟きながら、焦点の合わない目がどこかを見つめている。
そして、その手は。
……違法薬物が握られていた。




