第6話「信頼と誘惑と、王子様の苦悩②」
……むむ、これは。どう理解したらいいんだ?
流れている風景を見ながら、クリスは現状について考える。
自分の肩に頭を乗せて、無防備に眠っているミーシャの姿。これは信頼されている、という解釈でいいのか? 確かに、最近は距離感が近づいてきたような気がするし、親密になっているといっても過言ではない。
だが、彼女の気持ちを直に聞いたわけではない。
自分のことをどう思っているのか。一人の男として見てくれているのか? それとも、ただの友達止まりなのか? 過去の失敗を糧に、無理に関係性を進めるようなことはしない。ミーシャとの時間を積み重ねていければ、それでいいと思っていた。
しかし、この現状だ!
これは、もう。自分に好意を持っていると思ってもいいのではないか!?
……いやいや、冷静になれ。
相手は、あのミーシャだ。初対面の相手でも首を絞めて、面と向かって罵声を吐き、舌打ちすらしてしまう女の子。それがミーシャだ。そんな彼女が、こんなにもシンプルに信頼を寄せるだろうか。
答えは、ノーだ。
これは罠だ。僕は試されている。
信頼に値する男かどうか。ここで不埒な行為に走ったならば、その場で列車から放り出されるに違いない。
そっと彼女のほうを窺い、その柔らかそうな唇に目を奪われようとも、ぐっと堪える。あ~、くそ。どうして、この少女は。こんなにも可愛いのだろうか。
いつもは無理をして気丈に振舞っているが、やっぱり小さな女の子なんだなと実感してしまう。
頭も小さい。黒髪の生え際は、わずかに銀色だった。たぶん地毛の色だろう。前にも言っていたが、彼女は訳あって髪を染めている。その理由までは話してくれなかった。だが、何があっても彼女を守る。この寝顔を見ていると、そんな決意さえ込み上げてくる。
僕の友人たちであれば、どんな助言をするだろうか。そんな思考すらできるほど、心に余裕もできていた。
ジョニーの場合は、
『据え膳食わぬは男の恥だぜ。ちゅーだ! ちゅーして、そのまま押し倒しちまえっ! はっはっは!』とか言いそうだ。なんか、想像しただけでも腹が立ってきた。帰ったら、一発殴ってやろう。
ドクの場合なら、
『まずはメディカルチェックだ。相手の呼吸と脈が正常か確認しろ。昏睡状態の可能性があるなら、すぐに病院に連れていくこと。なんだったら、ボクが診てやってもいい』なんてことを言いそうだな。
リズの場合は、
『女の子はロマンスを大事にしているからね。到着するまで、そっと待ってあげて。駅についたら優しく起こしてあげるの。もし起きなかったら、彼女の唇に触れて。お姫様、目覚めのキスが必要ですか。って、紳士に語り掛けてあげて。きゃーっ、素敵! 女の子はいつだって、王子様のキスを待っている生き物なのよ!』なんてことを。……あれ、ジョニーとあまり変わりない気がする。
あとは、トムの場合だけど。
うーん。彼の行動は読めないな。料理人の修行中だから、食事に関することかな。……そういえば、彼は週末になると首都に勉強に行っているのだったか。もしかしたら、街で会えるかもしれないな。
ガタン、ゴトン。
ガタン、ゴトン。
ミーシャの小さな体の心地良い重さと体温を感じながら、流れていく田園風景を眺めていく。
そんな時だった。
先頭車両に乗っていた、クリスたち以外の乗客。それまで何も喋っていなかった二人の男が、音もなくクリスに近づいてくる。
明らかにまともな職業ではない黒服のスーツ姿。
片方の男は、サングラスまでつけている。彼らは、クリスと眠っているミーシャの席へとたどり着き、そして――
「……おいおいおい」
「……羨ましい限りですぜ、殿下」
まるでカップルみたいな二人を見て、にやにやと笑いながら親指を立てた。
「……殿下、しっかりとエスコートしてあげてください」
「……庶民の女の子との、身分違いの恋か。このまま駆け落ちでもするのかな」
「……ホテルが必要になったら、いつでも言ってくださいよ。最高級のスイートルームを確保しているんで」
「……国王陛下には、ちゃんと報告しときますわ。これも仕事なんでね」
ぐへへっ。
ぷぷぷっ。
クリスの護衛で、王室警護官の二人。
ペペとナポリが今にも吹き出しそうな顔で、クリスのことを指さして笑っている。こちらが動けないことをいいことに。
……この二人、本当にクビにしてやろうか。
周辺警護のためについてきた二人に、ちょっとした殺意が芽生えた瞬間だった。




