第4話「街へ、おでかけ」
「私ね。たまにクリスのことが嫌いになるの」
「へぇ、それはどんなとき? ……痛っ!」
隣に座るクリスの足を踏みながら、私は彼を睨む。
「こうやって思い通りにいかない時。なんだって、あんたはこうも完璧なのよ」
「別に完璧ってわけじゃない。今日だって、何を着ていけばいいのか随分と迷ったし。けっこう、僕はポンコツだよ」
「だったら、大人しく図書館棟へ行ってなさいよ」
「ははっ。さすがに嘘だってわかっていて行くことはしないよ」
駅のホームで、電車が来るのを仲良くベンチで座って待っている。
まだ朝も早いのに、週末だからだろうか。他の生徒たちの姿もちらほら見える。皆、私服姿で久しぶりの週末を楽しんでいる。
そんな彼らから、ちらちらと視線を向けられる。今までは嫉妬とか嫌悪感とか、そんな感情が向けられていたのに。なぜか最近では、羨望のような眼差しを受けることが多い気がする。いや、さすがに気のせいだろう。
「……まぁまぁ、見てください。あのカップル。麗しいですわね」
「……えぇ、本当に。まるで王子様とお姫様のようで」
「……最近、交際を始めたと聞きましたわ」
「……ほんと、お似合いですわね」
きっと、気のせいだ。
私が密かに頭を悩ませていると、隣のクリスが呑気に聞いてくる。
「そういえば、ミーシャ。髪形を変えたんだね」
「あぁ、うん。あのナイフ女に、中途半端に髪を切られたからね。カナにお願いして、適当に整えてもらったの」
今までは飾り気のないおさげだったけど、今は髪を一束に結って、ゆったりと肩に流している。
お化粧もされて、髪留めもつけられて。派手じゃないかと聞いたけど、これくらい普通だよとカナは熱弁していた。なんだか、着せ替え人形になった気分だった。
服装も、学校の敷地外に出るので私服。
お気に入りの紺色のロングスカートに、白いブラウスとクリーム色のカーディガン。靴は学園で使っているローファーに、小さな鞄を肩にかけている。
地味で目立たないコーディネート。そのはずなのに。なぜか注目を集めてしまっている。おかしい。この間までは、同じ格好をしていても見向きもされなかったのに。
「似合ってない?」
「そんなことはない。すごく似合っている。雰囲気も違って見えるしね」
ニコニコと爽やかな笑みを浮かべている。
そういうクリスの恰好は、いつもの学生服ではなく私服だった。カジュアルなジャケットに、明るい色のシャツ。過度の装飾がないぶん、持ち前の爽やかさが一層に際立っている。くそ、無駄にイケメンだな。
「クリス。あんたといると目立つから、離れて座ってくれない?」
「目立つ? ……ははっ」
私が言った言葉に、クリスはおかしそうに笑いだす。
とうとう頭がイカレたか。そんな期待をしてしまう私だったが、彼の返答はその斜め上にいっていた。
「あのね、ミーシャ。賭けてもいいけれど、僕が離れたところで君が注目を集めるのは変わらないと思うよ」
「む? なんで?」
腑に落ちない。
そんな顔で彼に答えを催促すると、クリスは実に嬉しそうに言った。
「わからないかい? 僕が目立っているんじゃなくて、君が注目されているんだよ。ミーシャは、美人だからね。一見すると地味かもしれない格好も、今の君が着ると随分と大人っぽく見えるんだよ」
唖然、と私の口は開きっぱなし。
てか、簡単に人のことを美人とかいうな。これだから遊びなれているイケメンは嫌いなんだ。きっと、他の女にも同じようなことを言っているに違いない。……あー、危ない危ない。
「は、はいはい。見え透いたお世辞はいいから」
「僕が嘘をついてまで人を褒めると思うかい?」
いいえ、思いません。
だからこそ、困るんじゃないか。こっちが本気にしたら、どう責任を取ってくれるんだよ〜。この馬鹿野郎が〜。
「……街についたら、一度、実家に帰って。もっと地味な服に着替えてこようかな」
「無駄な抵抗だと思うよ」
「大丈夫よ。使い古しのジャージでいれば、誰も気に留めないわ」
「君がそれで耐えられるなら、僕も何も言わないよ」
やれやれと肩をすくめる。
その態度が、妙に癪に障る。苛立ちの仕返しとして、隣に座っているクリスの足をげしげしと踏みつけてやる。
それでも涼しい顔をするのだから仕方ない。彼の頬を摘まんで引っ張ってやろう。良いものを食べているはずだから、さぞかし伸びるだろう。
駅のホームのベンチに座っている、二人のささやかな攻防戦を。周囲の人間たちは、微笑ましい視線で見守っていた。




