第2話「私が怒る理由なんて、それで十分だ」
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学園の温室は、図書館棟の屋上にある。
普段なら一般生徒は入れないが、鍵を持っている限られた生徒なら温室での作業が許されている。温室で生育されているのは、紅茶用のハーブとされている。『紅茶愛好会』が管理している施設のひとつだった。
屋上から飛び降りた生徒、ドーナ・ローズマリーは生きていた。
オリヴィア学園、高等部の三年生。西方のカアシ地方の出身で、園芸部に所属している生徒。いつも、たった一人で花壇の手入れをしている。
……そして。私の数少ない、友人のひとりだ。
「飛び降りた生徒が目を覚ますかは、正直わからないらしい。あとは本人の気力次第だ、ってドクが言ってた」
「そう」
私は短く答える。
場所は、いつかの喫茶店。ただし、今日は自分たち以外にも客がいた。この街の年寄りたちだ。ここの薄暗いダークブラウンの店内は、私の心と噛み合っていて妙に安心できた。
「……大丈夫かい、ミーシャ?」
「ダメね。自分でも驚くくらいショックを受けてる。余計なこととか、いらない感情とか。いろいろと込み上げてくる」
私は小刻みに震える手をさすってから、コーヒーカップに手を伸ばす。
「ドーナ先輩と出会ったのは、学園に入学したから最初の夏だったわ。放課後に一人でいるところを、無理やり花壇に連れていかれてさ。園芸部の手伝いをしてくれって」
「ははっ。想像できるね」
「……でも、後から聞いた話だと。何度も私のことを見ていたんだって。ひとりで、ぽつんと立っていて。特に何かをするわけでもなく、他人と接することを避けていて。だから、別に本気で園芸部の手伝いをさせるつもりはなくて、何かのきっかけになれば良かったんだって。笑いながら話してた」
「……うん。良い先輩だよね」
クリスは相槌を打つと、自分と同じようにコーヒーカップを傾ける。
わずかばかりの沈黙。
私が頬杖をついて外を眺めていると、他の客が席を立ってお会計を済ませていた。その客が店外に出るのを見てから、私は口を開く。
「ねぇ、クリス。あなたから見て、ドーナ先輩ってどう見えた?」
「そうだね。活発で利発的な人間かな。誰とでも仲良くできそうだけど、相手のことも尊重できる性格で。……あとは」
「あとは?」
クリスは少しだけ考えてから、気を引き締めてから口を開く。
「とても頭の良い人だと思う。思慮深くて、聡明。広い視野を持っている人物かと」
「なんだ。見るとこ、見てるじゃない」
拍子抜けするように、私は肩の力を抜く。
「ドーナ先輩の成績って、だいたい真ん中くらいなんだけど。いつも試験のときは手を抜いている、って笑ってたよ」
「なんで、そんなことを?」
「目立たないように生きるためなんだって。ドーナ先輩の出身のカアシ地方って、この学園から見たらワケありの田舎だしね。目立たないに越したことないのよ」
「ワケありの田舎? どういう意味だい?」
「それは私からは言いたくない」
きっぱりと断る。知らないのは隣国出身のクリスくらいだろうだし、その気になれば簡単に調べることもできる。
「あの変な喋り方も、園芸部の活動も。田舎臭い平凡な女を装っていれば、周囲の人間は簡単に勘違いしてくれる。まぁ、本人も嫌いじゃなかったみたいだけどね」
そこまで話して、私は一度。
コーヒーで唇を湿らせる。
「そんな人間が、間違って屋上から落ちる。なんてこと考えられると思う?」
「それは、どういう意味だい?」
クリスの怪訝そうな顔に、私は視線を逸らす。
あぁ、よくないな。
いろんなことが、どんどん込み上げてくる。
悲しみとか喪失感とか、そんなんじゃない。
怒りだ。
イライラして仕方ない。
学園側はいつものように事故として処理するつもりだ。その証拠に、ろくに調べる様子もない。それも腹立たしい。何が生徒の教育を一番に考えている、だ。
……ふざけるな!




