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第2話「私が怒る理由なんて、それで十分だ」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



 学園の温室は、図書館棟の屋上にある。


 普段なら一般生徒は入れないが、鍵を持っている限られた生徒なら温室での作業が許されている。温室で生育されているのは、紅茶用のハーブとされている。『紅茶愛好会』が管理している施設のひとつだった。


 屋上から飛び降りた生徒、ドーナ・ローズマリーは生きていた。


 オリヴィア学園、高等部の三年生。西方のカアシ地方の出身で、園芸部に所属している生徒。いつも、たった一人で花壇の手入れをしている。


 ……そして。私の数少ない、友人のひとりだ。


「飛び降りた生徒が目を覚ますかは、正直わからないらしい。あとは本人の気力次第だ、ってドクが言ってた」


「そう」


 私は短く答える。

 場所は、いつかの喫茶店。ただし、今日は自分たち以外にも客がいた。この街の年寄りたちだ。ここの薄暗いダークブラウンの店内は、私の心と噛み合っていて妙に安心できた。


「……大丈夫かい、ミーシャ?」


「ダメね。自分でも驚くくらいショックを受けてる。余計なこととか、いらない感情とか。いろいろと込み上げてくる」


 私は小刻みに震える手をさすってから、コーヒーカップに手を伸ばす。


「ドーナ先輩と出会ったのは、学園に入学したから最初の夏だったわ。放課後に一人でいるところを、無理やり花壇に連れていかれてさ。園芸部の手伝いをしてくれって」


「ははっ。想像できるね」


「……でも、後から聞いた話だと。何度も私のことを見ていたんだって。ひとりで、ぽつんと立っていて。特に何かをするわけでもなく、他人と接することを避けていて。だから、別に本気で園芸部の手伝いをさせるつもりはなくて、何かのきっかけになれば良かったんだって。笑いながら話してた」


「……うん。良い先輩だよね」


 クリスは相槌を打つと、自分と同じようにコーヒーカップを傾ける。


 わずかばかりの沈黙。

 私が頬杖をついて外を眺めていると、他の客が席を立ってお会計を済ませていた。その客が店外に出るのを見てから、私は口を開く。


「ねぇ、クリス。あなたから見て、ドーナ先輩ってどう見えた?」


「そうだね。活発で利発的な人間かな。誰とでも仲良くできそうだけど、相手のことも尊重できる性格で。……あとは」


「あとは?」


 クリスは少しだけ考えてから、気を引き締めてから口を開く。


「とても頭の良い人だと思う。思慮深くて、聡明。広い視野を持っている人物かと」


「なんだ。見るとこ、見てるじゃない」


 拍子抜けするように、私は肩の力を抜く。


「ドーナ先輩の成績って、だいたい真ん中くらいなんだけど。いつも試験のときは手を抜いている、って笑ってたよ」


「なんで、そんなことを?」


「目立たないように生きるためなんだって。ドーナ先輩の出身のカアシ地方って、この学園から見たらワケありの田舎だしね。目立たないに越したことないのよ」


「ワケありの田舎? どういう意味だい?」


「それは私からは言いたくない」


 きっぱりと断る。知らないのは隣国出身のクリスくらいだろうだし、その気になれば簡単に調べることもできる。


「あの変な喋り方も、園芸部の活動も。田舎臭い平凡な女を装っていれば、周囲の人間は簡単に勘違いしてくれる。まぁ、本人も嫌いじゃなかったみたいだけどね」


 そこまで話して、私は一度。

 コーヒーで唇を湿らせる。


「そんな人間が、間違って屋上から落ちる。なんてこと考えられると思う?」


「それは、どういう意味だい?」


 クリスの怪訝そうな顔に、私は視線を逸らす。


 あぁ、よくないな。

 いろんなことが、どんどん込み上げてくる。

 悲しみとか喪失感とか、そんなんじゃない。


 怒りだ。

 イライラして仕方ない。


 学園側はいつものように事故として処理するつもりだ。その証拠に、ろくに調べる様子もない。それも腹立たしい。何が生徒の教育を一番に考えている、だ。


 ……ふざけるな!


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