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第4話「そして、二人の物語は始まった」

 彼の手を乱暴に払った。

 突然のことに、驚きの表情を浮かべる。


 だけど、そんなの関係ない。

 そのまま王子様の襟をつかむと、ギリギリっと制服のネクタイで首を締め上げた。


「がっ、がはっ!?」


 王子様が苦しそうに悶える。


 ちっ、こいつ無駄に身長が高いな。

 私が小柄なせいもあるけど、うまく締め上げられない。

 

 残念だ。

 この間まで私をイジメていたお嬢様と同じように、締め落として、気絶させてやろうと思ったのに。


 まぁ、いいだろう。

 ここまですれば、いかに鈍感な男でもわかるというものだ。苦しそうにあがく美男子を見て、私は薄く笑う。


 そして、私は。

 彼の足を蹴り飛ばすと、雨で濡れている道ばたへと放り投げたのだ。


「うわっ!?」


 ばしゃーん、と盛大な水しぶきが上がった。彼の手から離れた傘が、雨風に吹かれている。


「これに懲りたら、もう私に近づかないでね。王子様♪」


 ああ、なんてこと。ちょうどいいところに、誰のかわからない・・・・・・・・落とし物の傘があるじゃないか。

 私は鼻歌まじりに、その傘を拾うと、振り返って一言。


「じゃーね。傘、ありがたく使わせてもらうから」


 本当は中指でも突き立てたい気分だが、ここは慎ましさと高潔さを尊ぶオリヴィア学園。我慢して、丁寧な挨拶を心掛けるとしよう。


 スカートの裾をつまみ、優雅に一礼。

 やっぱり、礼儀って大事だな。私は晴れ晴れとした気分で雨の中を寮へと歩いて行った。


 駅のロータリーで、目を回して倒れている王子様を放置して。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



 学園の王子様が雨にうたれながら、水たまりに倒れている。


 つい先ほど、自分の身に起こったことが信じられないというように、仰向けになって片腕で顔を覆っていた。


 すると、その姿を見下ろすように、傘を差した男が傍に立つ。


「おー、おー。まさに雨も滴るイイ男だな」


「……ジョニーか」


 学園の王子様こと、クリスは雨に打たれながら、同じ寮の友人を見る。異国の浅黒い肌と、色素の薄い砂色の髪。彼に負けないほどの美形であった。


「お前のこんなに格好悪いところ、初めて見たぜ」


「あぁ、手ひどくやられたよ」


「相手は誰だ? 上級生か? だったら一緒に仕返しにいくぜ」


「……ふふっ、違うよ」


 クリスは頬を緩めながら、さきほど出会った少女のことを思い返す。


 綺麗な黒髪の女の子だった。

 最初は地味な印象があったものの、どことなく浮世離れした雰囲気。あれは猫を被っていたのかと、今なら理解できる。


 この学園では、自分に言い寄ってくる女子学生が後を絶たない。


 資産家の親戚という肩書か、それとも友人の言うように外見がいいからなのか。正直なところ、そんな薄っぺらい人間との関係にウンザリしていた。


 そんな時に出会った、普通を装う女の子。

 自分の興味がないどころか、まさか首を絞められた上に、こちらの傘を奪っていくとは。


『じゃーね。傘、ありがたく使わせてもらうから』


 別れ際に見えた、彼女の顔。

 ちろっ、と悪戯っぽく舌を出して、何の遠慮もない笑顔。悪びれた様子もなく、その猫を被っていない素顔は。


 心を奪われてしまうと思えるほど魅力的だった。

 あれこそが、彼女の本当の顔なのだろう。


「……しまったな。名前を聞くのを忘れた」


「はぁ? 何を言っているんだ。とりあえず立てよ。このままじゃ、俺が濡れちまうだろうが」


 雨の中で倒れたままのクリス。

 そんな彼を、ジョニーは雨に濡れないように傘を差しだしていた。自分が濡れることなど気にも留めずに。


「あぁ、手を貸してくれ」


「ほらよ。相棒」


 クリスが手をつかみ、ジョニーが勢いよく引き上げる。

 

 よろめきながらも雨に濡れたブロンドの髪をかき分ける。そこに見えた素顔は、雨の中だというのに、どこまでも清々しかった。


「このままじゃ風邪を引いちまう。さっさと帰ろうぜ」


「そうだな」


 くるくると傘を回して遊ぶジョニーの背中を、クリスは追いかけて隣に立つ。


「……なぁ、ジョニー。この学園にいる、黒髪の女の子って知っているかい?」


 そう問うクリスの姿を、友人は驚きながら見つめ返していた。



・次話更新は、9/17(木)の20時です。よかったら見てやってください!

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[一言] クリス、少女にこっぴどくやられ、傘を盗られ、相棒ジョニーに助けられる。
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