第39話「そして、新たな事件の幕があがる…」
「殿下? どうしたんですか、顔が真っ青ですよ?」
「ペペ。ちょっと、待ってくれ」
クリスは黒服のことを呼びつけて、ヒソヒソと何かを耳打ちをする。
そして、それを聞いた黒服は。
驚きに満ちた表情でのけぞっていた。
「え、ちょっ! でん―」
そして、私の視線に気づいたのか。
慌てて口を閉じると、今度はクリスの耳の傍でささやく。
「……ちょっと、殿下! なんで、まだ自分の正体を伝えてないんですか!」
「……話すタイミングがなかったんだよ」
「……だとしても。あんた、電話で未来の王妃を救えるとか言ってたじゃないッスか! つまり、殿下は。彼女を王室に迎え入れるつもりなんでしょ!」
「……それは、ミーシャの気持ちしだいだよ」
「……あ~、どうするんッスか! 何も知らない一般の人間に、お忍びの件がばれたら。俺も兄者も、明日から無職ッスよ! クビになった王室警護官なんて、どこも雇ってくれませんって!」
あたふたと慌てている男たちの会話に、私は居心地の悪さを感じていた。
てか。全部、聞こえているっての。
内緒話をするなら、もっと小声で話しなさいよね。私はブスッと不機嫌な顔を作りながら、男たちの会話が終わるのを待つ。
「えーと、ミーシャ。話しかけてもいいかい」
「ええ、ご自由に」
唇を曲げたまま、ジドッと目を細める。
「あー、そう。彼の名前はペペロンチーノ。皆はペペと呼んでいる。もう一人のボディガードは、彼の兄で。名前はナポリタン。ナポリと呼んでる」
ふーん、ペペロンチーノさんにナポリタンさんですか。随分と美味しそうな名前ですね。……てか、絶対に偽名だろ。
「さっき、彼が言っていたことなんだけど。僕の叔父さんは、それはとても熱心な王室信仰者でね。昔っから、自分の大切なものには王室に関係している名前をつけていたんだ。飼っている犬とかね。僕も子供のころから溺愛されていて、その頃から叔父さんからは、殿下、殿下、って呼ばれるのは日常になっていたんだよ。そ、そうだよな!?」
クリスが慌てながら早口に言う。
それに相槌を打つように、黒服の男が何度も頷く。
「そ、そうなんですよ! いやー、参りましたなぁ。叔父様にも、坊ちゃんを殿下と呼ぶように命令するんですから!」
ははは、と白々しい笑い声が響く。
クリスも何とか誤魔化そうと、必死に愛想笑いを浮かべている。
……まぁ、別にいいけど。
そう言ってもらえたほうが、私にとっても都合が良いし。
「はいはい、わかったわよ。それで、クリス殿下様。全部、終わったのなら、私を寮までエスコートしてくれるかしら? もう、へとへとなのよ」
「も、もちろんだよ。ペペ、車まで案内してあげて」
「了解しました。でん、……坊ちゃん!」
私はクリスの手を借りて、何とか立ち上がる。
もう、夕陽がほとんど沈んでいた。
面倒事は、この胡散臭い黒服たちが請け負ってくれるだろう。腰が抜けていた私だが、クリスに肩を借りてジープの助手席に乗せてもらう。
運転席には、もう一人の黒服。
こっちはサングラスをつけていて表情は見えない。さっきの黒服の兄弟と言っていたけど、こちらは不愛想な感じ。ちらり、と助手席に座った私を見ると、サングラスの奥の青い瞳が細められる。
「ふぅん。お嬢ちゃんががクリストファー殿下の想い人か? なんか、思っていたより普通だな」
「普通で結構よ。誰もが特別になりたいわけじゃないんだから」
私は不機嫌になりながら答えると、サングラスの黒服は薄く笑った。
「そいつは失礼したな。……まぁ、お嬢ちゃんほどの人間が、普通のフリをできていることに驚きだけどな」
「どういうこと?」
「自分が一番よくわかっているだろう? 俺たち兄弟は、あんたみたいな人間に仕えてきたからな。雰囲気で何となくわかるんだよ」
サングラスの黒服が何かわかっているように話すので、私は鋭く切り返す。
「あ、そ。何のことだかサッパリわからないんだけどね。というか、まだクリスは。自分の正体を明かしてないみたいだけど?」
「え? マジで?」
サングラスの黒服が、初めて表情を変えた。
参ったな、と呟きながら、ハンドル片手に頭をかく。クビになるかもね、と私が追い打ちをかけると、顔を険しくさせながら唸り声をあげる。……まだ、新しいバイクのローン返済が終わってないんだよ、と。
後部座席に座ったクリスも、もう一人の黒服も。どこか居心地が悪そうに黙っている。けけっ、いい気分だ。
「さぁ。さっさとウチに連れて帰りなさい。小鳥寮は遠いんだから」
あぁ、疲れた。
早く帰って、シャワーを浴びて、ふかふかのベッドで寝たい。
沈む夕日を眺めていると、ゆっくりと車が動き出す。ガタン、ゴトンという車の走行音が眠気を誘ってくる。
……うとうとと瞼が重くなっていると、ドサッと遠くで何かが落ちた音がした。
何の音かと片目を開けてみるも、ありふれた学園の風景しか見えなかった。
「何か、変な音しなかった?」
「え? 僕には聞こえなかったけど」
クリスは不思議そうに首を傾げる。
気のせいだろうか。何か、ものすごく嫌な感じのする音だったけど。
私の下宿先の小鳥寮は、学園の敷地の端にある。そこまで車で送ってもらい、私は眠い目をこすりながら助手席から降りる。
最後に、クリスへと振り返って。
「じゃあね。おやすみなさい、クリス」
「うん、おやすみ。ミーシャ」
私は軽く手を振って、寮の玄関を潜る。
ラウンジには誰もいなかった。そのままシャワールームに向かって、さっぱりしてから自分の部屋に行き、そのままベッドに寝転んだ。瞼を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。
次の日の朝。
屋上の温室から、転落した女生徒が発見された。
……彼女の手には、園芸部が使っているジョウロが握られていた。
次回より、後編となります。
よかったら見てやってください!




