第38話「事件の終わりと、クリスの黒服たち」
クリスの話だと。
放課後に分かれてから、ずっと私のことを探していたらしい。
駅のホームから、納屋の裏側まで。その執念に思わず笑ってしまうが、それでもこの場所を見つけられたのは、あのシャンデリアが砕ける音が聞こえたからだそうだ。
「まぁ、随分とご苦労さまで」
「本当は、君の友達のカナリアさんに聞いたんだ。そうしたら、ミィちゃんがタイマンで喧嘩をする場所なら心当たりがある、っていうから」
「うわー。すごい説得力」
いつまでもクリスに抱かれたままなのは癪なので、彼の手を振り払って立ち上がろうとする。
だけど、両足に力を入れてみると、それが無理なのがわかって。
渋々、この男に寄りかかることにする。
「……あの女生徒が、君に嫌がらせをしていた犯人なのかい?」
「そう。私のことが気に入らなくて、ロッカーに鶏の死骸を吊るしたんだって。他にも、何人かの生徒たちを学園から追い出したとか」
「それは許せないな。……だけど、彼女が怪我をしているのは?」
「それも、あの女の自業自得でしょ。何人もの人間を傷つけておいて、自分だけが許されるわけがないでしょ」
私の突き放した言い方に、クリスはわずかに眉をひそめる。
「……わかった。とりあえず、この件に関しては何も質問しないでおくよ」
「あら? 随分と物分かりがいいじゃない?」
「問いただしても、君は答えてくれないんだろう?」
そりゃ、もちろんですよ。
ただでさえ面倒事を起こしたというのに、これ以上に気苦労は背負いたくない。
「――ッ! 離しなさい! あの女、殺してやる!」
声をするほうへ視線を向けると、黒服を着た男たちに取り押さえられているキャリーが大声を上げている。あれだけ元気があれば、命に別状はないだろう。
「それで? 助けてくれたのは、素直に嬉しいんだけど。……あの黒服たちは何なの?」
「あ、えーと。ボディーガードみたいな人かな。僕の両親が個人的に雇っている感じの」
「ふーん」
オリヴィア学園に通う生徒の多くは、貴族の御曹司やお嬢様なので、個人でボディガードを雇う家庭も少なくない。なかには、授業中もずっと一緒に行動をさせる過保護の家庭もあるが、多くは学園の外に出るときの護衛という場合が多い。
「さすが、隣の国のお金持ち。優秀なボディーガードを雇っているのね」
「茶化さないでくれ。僕はいらないと言ったんだけど、周囲の人間が納得してくれなかったんだ」
クリスが不貞腐れた表情を浮かべる。
その顔からは、どこか気苦労のようなものが見えたけど、今まで彼の周囲にボディーガードなんて見たことがなかったので、それほど私生活に密着するタイプでもないのだろう。
「さて、いつまでもこうしてはいられない。……ミーシャ、立てるかい?」
「立てるのなら、いつまでもアンタに寄りかかってはないわよ」
「え?」
ぽかん、とクリスがマヌケ面になる。
それは私も同じか。立ち上がろうとしても両足に力は入らず、腰は情けなくぷるぷると震えてる。簡単にいえば、腰が抜けてしまっていた。
「喜びなさい、クリス。あなたには私が寄りかかるための壁になる名誉を与えるわ」
「壁というよりも、大きなぬいぐるみになった気分だけどね」
クリスは穏やかに答えると、私を支えるように両手をお腹に回してくる。おい、こら。変なところを触るんじゃない。
「ご拝領します、女王陛下」
「うむ。苦しゅうない」
この男を下敷きにして、女王様ごっこ。
うむ、なかなか悪くない。次は、コーヒーでも持ってきてもらおうかな。背中にクリスの体温を感じながら、そんなことを考える。
「おや、あっちも終わったようだね」
優雅なひと時を楽しんでいると、クリスが夕陽に照らされている車を見ていた。
首都でよく見かける高級車ではなく、アウトドアで活用されるジープ車両。四人乗りで、天井や窓のないオープンカーだった。郊外でキャンプをしていたのか、アウトドア用品で溢れていた。あれに乗って、私を探していたのか。
その車に、黒服の男たちがキャリーを乗せる、……というか詰め込んでいた。両手を縛られているのか、大声は上げているが暴れている様子はない。
「あの女をどうする? バラバラにして海に捨てちゃう?」
「君はどうして、発想がそうも物騒なんだい?」
はぁ、と盛大にため息をつかれる。
なんか呆れられているような気がして、少し腹が立ってくる。
「今回の場合、彼女は現行犯だからね。学園側に報告して、警察に引き渡そうと思う」
クリスの迷いのない言葉に、私は首を横に振る。
「いいえ、ダメね。学園に報告して、そのまま学長に引き渡しましょう」
「うん? どうして?」
「どうしても。学園の不祥事を外部に漏らすと、後が怖いわよ」
不祥事を暴露するなら、ちゃんと証拠と外堀を埋めてから。。感情のまま騒ぎを起こすことだけが戦いではない。特に、相手は自分よりもはるかに巨大なものと戦う時は。
そして、それを。
私は求めない。
「……わかった。でも、また君が危険になる可能性があるなら、僕は了解できないよ」
「ありがとう。悪いわね」
きっと本心では、警察に突き付けて真相をはっきりとさせたいに違いない。私は後頭部を彼に押し付けて、感謝の意を伝える。
「なんか、最後まで。あんたに頼り切りなっちゃったわね」
「気にしてないよ。むしろ、僕も君を傷つけてしまったからね。その償いくらいされてくれ」
「あー、あのキスのこと。……そうね。乙女の唇を奪ったのだから、これからはコキ使ってやるわよ」
「ははっ、手加減してくれよ」
私とクリスは、顔を見合わせては笑いあう。
やっぱり、こうなっちゃうのか。
もう会わないという覚悟をして、別れの言葉まで口にしたというのに。
結局は、こうやって惹かれてしまう。
居心地の良い、彼の傍に。
そういえば、と私は口を開く。
「クリスの実家って、製薬会社を経営しているんだっけ?」
「いや、理事をしているのは叔父だよ。僕の実家は、普通の一般家庭さ」
「それにしては、お金持ちじゃない。あんなボディーガードを雇ってるし」
「まぁね。ちょっと、お金に融通が利くとか。そんな感じなんだ。前にも言ったけど、学園の王子様なんて、そんなの僕には似合わないんだ」
あ、濁したな。
まぁ、こっちも。別に深くさぐるつもりもないんだけどね。クリスの実家とか、何をしている人たちなのか、あまり聞きたくないしね。
そんな会話をしていると、黒服のボディーガードの一人がこちらに向かってくる。
長身で屈強な体格。マッチョというよりは、スマートな筋肉質という感じ。
ただ、予想に反して。
その男の顔は感情に溢れていた。
「いやー、参りましたよ。あまりに暴れるものだから、大人しくさせるのが大変で。これがゲリラやテロリストなら簡単に黙らせるのですけどね」
ははは、と物騒なことを言って笑いながら。
黒服の男は、クリスに話しかける。
「それで、クリストファー殿下。あの小娘をどうしますか。刃物は奪ったんで、警察に突き出すなり好きにしてもらえば」
「あ」
「え?」
私の背中で、クリスが青ざめたのがわかった。
こっそりと背後を窺ってみると、口を開いたまま固まっている『学園の王子様』が、そこにいた。




