第36話「罪を償わせる魔法①」
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キャリー・ブラウンは、とある貴族の使用人の娘として生まれた。
戦後になって、身分制度も廃れつつある世の中であったが、その家庭では古い慣習が今も生き続けていた。
使用人は、貴族の所有物。
貴族の言うことは、絶対に正しい。
例え、彼らから暴力を振るわれようとも、納得できないような言いがかりをつけられても。幼い頃から、そのような環境で生活してきたキャリーは、少しずつその精神を歪ませていった。
そして、その貴族の令嬢の面倒を見るために、このオリヴィア学園に入学して。
……そして、『紅茶愛好会』と出会った。
絵本の貴族みたいに気品が高く、高貴で優しい。何より、紅茶愛好会の『幸せの紅茶』を口にするたびに、キャリーは様々なストレスから解放されて、幸福な気持ちになれた。
彼女は理解した。
自分の求めていた世界は、ここにあったのだと。
彼女は、すぐに紅茶愛好会に心酔した。
朝は紅茶愛好会の活動場所である礼拝堂の中庭を掃除して、昼はランチを食べることを後回しにしてまでお茶会の準備をして、寝るときには紅茶愛好会の先輩をひとりずつ思い出しながら感謝を口にした。
特に、最も敬ったのが、紅茶愛好会のクレア・フォン・マゼッド会長だった。
彼女の気品と優しさに、キャリーはどんどん夢中になった。
もっと、会長のために働きたい。
もっと、会長に尽くしたい。
そのためには時間が必要だった。だけど、キャリーには自分が仕えている別の貴族の令嬢がいた。その女の世話をしている内は、自分の全てを捧げることができなかった。
……だから、まず最初に。
……自分が仕えている令嬢に、そのナイフを突き立てることにした。
次は、テーブルマナーをロクに知らない上級生。
その次は、学生食堂でクレア会長の悪口を言っていた同級生。
そして、中庭のテーブルを汚い雑巾で拭いていた用務員。
この学園に。この紅茶愛好会に。相応しくないと思った人間を、次々と排除していった。それこそが、キャリーにとって、クレア会長に尽くす最大の敬愛であった。
ーー判決。
ーーキャリー・ブラウン。有罪。
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ガラス製のシャンデリアが砕ける、壮大な音が響いた。
ガシャン、なんて言い方では生易しい。
それこそ、ひとりの人間の人生が終わりを告げたような、直接、頭を揺らされるような凄まじい音。
それと同時に、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が。
彼女の口から溢れていた。
「ああ、ああああああああああああっ!!」
キャリーは自分の顔を抑えながら、悲鳴を上げ続けている。その指の隙間からは、どくどくと血が流れては、制服に赤い染みを作っていく。
カタン、と彼女の手からナイフが零れ落ちた。
……うわっ、痛そう。
私は顔をしかめながら、泣きわめくキャリーを静かに観察していた。
直撃はしなかったのか。前触れもなく、天井から落ちたシャンデリアは、キャリーの体を巻き込みながら床に砕けた。彼女の右腕と、その顔に深い傷を刻みつけて。
散らばったガラスの破片が、夕陽に反射して。
とても綺麗だった。
「あああ! なにを、したぁ!?」
ガラスの破片が散乱している床。そこで膝をついている彼女が、血走った目をさせて私を捕らえる。
「私? 何もしていないわよ」
にこっ、と彼女に向けて笑みを作る。
「でも、そうね。あなたが部屋の中で魔法を使いすぎたせいで、これを吊るしてあった金具が切れちゃったのかもね」
「そ、そんな、ばかなぁぁぁ!」
どうせ、私の声など聞こえていないだろう。
私はため息をつきながら、右手に残った独特の後味の悪さを噛み締める。




