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第31話「僕が、そんなに諦めのいい男に見えたかい? と、彼は静かに笑ってみせる」


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



「どうして僕に声をかけてくれなかったんだい!?」


「だから。今、声をかけているでしょ」


「そうだね。全部、君がひとりで片づけを終えた後でね。またミーシャが何かのトラブルに巻き込まれている、という話も友人のトムから聞いたんだぞ!」


 いつになく、クリスは感情をむき出しにしている。


 怒るような、叱りつけるような。いや、その感情が心配から始まっていることを考えると、助けになりたいという言葉は本気だったのだろう。

 そんな彼のことを、私は他人事のように見ていた。


「あまり大声を出さないで。周りから変な目で見られているわよ」


「ぐっ」


 まるで話を聞こうとしない私に、その端正な顔は苛立ちに歪む。だが、それでも相向かいの席に座って、口を閉じるくらいは冷静らしい。


 夕陽が傾きだした、放課後の学生食堂。


 私たちのことを遠巻きにちらちらと見ている生徒はいるものの、悪意や敵意のようなものは感じない。どうしたんだろう、痴話げんかかな、と不安そうに見守っている。


「……そんなに、僕は信用できないだろうか」


 はぁ、とクリスは自信のないようなため息をつく。

 その姿に、私の心がぐらりと揺れるが、あらかじめ何と言うか決めていたので、なんとかその言葉を捻りだす。


「クリス、逆よ。あなたほど信頼できる人間はいないわ」


「だったら、少しは僕を頼ってくれてもいいじゃないか」


 今度は、行儀悪く頬杖をついて、口を曲げて不貞腐れる。そんなクリスを、もうしばらく見ていたいと思ったが、残念ながら時間まであまりない。

 手早く話をまとめよう、と私は話を進める。


「クリス。……クリストファー・スミス。あなたの気持ちは本当に嬉しい。あなただったら、もっといい女を捕まえることも難しくないのに、なんで私なんかに目をつけたのか。そこはよくわからないけど」


 自分で言っておいて、なんか虚しくなってくる。


「あなたは良い人だ。だからこそ、言わせて。……これ以上、私にかかわらないで。私の事情に首を突っ込まないで」


「ミーシャ?」


 クリスは目を細めながら首を傾げる。

 その言葉の真意が、どこにあるのか。単なる拒絶の言葉でないことを理解しているのだろう。これだから、頭のいいイケメンは嫌いなんだ。


「君は、どんな事情を抱えているんだい? それを知らないうちは納得できないな」


「そこは詮索しないで」


 別に学園で個人的な情報を探られようと、隠すようなことは何もないけど。何せ、その情報の全てが虚偽で彩られたものだから。嘘の個人情報に羞恥などあるわけもない。


 ……それに、明日には。私は学園からいなくなっているかもしれないし。


「本当はね、クリスに助けてと言えればいいんだけど」


「なぜ、そう言ってくれないんだい?」


 真意を探る瞳は、どこまで優しさで溢れていた。


「大切にしたいから。クリスとの時間を。あなたが傷つくところは見たくないし、傷つけたくもない」


 だから、私も本音で語る。


「きっと、この学園生活で最高の思い出になるでしょうね。王子様みたいな友人ができて、こうやって一緒にコーヒーを飲めたことが」


「君が望むなら、もっと大きな思い出を残すことができる。そして、学園を卒業した後も、2人で仲良くアルバムを見返せる日が、きっと来る」


「そう。でも、残念ね。私はこれ以上の幸せを望まない」


 ちらり、と食堂の時計を見る。

 そろそろ私も準備しないと。あちらさん・・・・・を待たせると、計画が台無しだ。


「……ミーシャ。君が思っているほど、僕はヤワじゃない。君には想像もできないほどの大きな力を、僕は持っているんだよ」


「……うん、知ってる」


 だからよ、クリス。

 だから、あなたに甘えられないの。


 これがどうでもいい平凡な人間であれば、余計な気遣いもなく巻き込んでいただろうか。その人が傷つき、絶望する顔を見ながら「だから言ったでしょ」と笑うことができただろうか。

 いや、残念だけど。私はそこまでの悪人にはなれない。これまで様々な人の悪意にさらされてきたけど、その根幹はどうしようない善人なんだろう。

 そんな自分に呆れつつも、なぜかちょっとだけ誇らしい。


「……時間ね」


 がたっ、とテーブル席から立ち上がる。

 まだ半分以上は残っているコーヒーカップを手に取ると、最後の言葉を交わす。


「ありがとう、クリス。こんな私と一緒にいてくれて。……さようなら」


 カップを片付けて、私は一人で食堂から出ていく。

 クリスのことは振り返らない。


 だから、そんな彼が。

 何かを企むように、優しそうな笑みを浮かべていること、私は気づかなかった。


「……ミーシャ。僕が、そんなに諦めのいい男に見えたかい? 君が大切だと言ってくれた時間は、僕にとっても掛けがえのない時間だったんだよ」


 クリスは、ミーシャがちらちらと気にしていた時計をじっと見る。


 時間はあまりない。今日、ミーシャは行動を起こす。恐らく夕暮れまでに。それまでの限られた時間に、自分になにができるか?


 学園の最優秀生徒。

 オリヴィア学園の『五人の獅子』に数えられる秀才が、その頭脳を本気で回転させる。そして、優雅な所作で立ち上がると、学園の事務局を目指して早歩きを始める。


 職員に気づかれることなく、外部に電話できる場所は、ここしかなかった。


「――僕だ。大至急で悪いが、人手を寄越してくれ。……そうだな。王室警護官を2人。腕が立つ者がいい。確か、ペペとナポリが郊外で休暇中だったね。あの2人には悪いが、招集をかけてくれ。もしかしたら、我が国の未来の妃を救えるかもしれない」



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