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第30話「ミーシャと虹彩異色症(オッドアイ)」


「……ぐふ、ぐへへっ」


 あ〜、単純な自分が嫌いになる。

 にやつき顔が治らない。

 気が付いたら鼻歌を歌いそうな、浮かれてスキップでもしてしまいそうな。そんな自分の心を抑えては、いつも通りの学園生活を心掛ける。


 他人の目を騙す。そのことに関しては、得意分野である私だ。本心を他人に悟らせないことなど、朝飯前なのだよ、がははっ。


「ミィちゃん。今日は機嫌が良いね。何かあった?」


「なぬっ?! なぜ、わかった!」


 近代歴史の授業前。隣の机で教科書を開いていたカナに、私は驚きを隠せない。


「だって、この教室に来るまで鼻歌を歌っていたし、スキップしていたし。昨日までは、あんなに落ち込んでいたのに」


「べ、別に落ち込んでないわよ」


「いーや。完全に失恋モードだったね。ご飯も食べないし、ずっと部屋の隅で丸くなってたし。なんで殴っちゃったんだろう、ってブツクサ呟いていたじゃない」


「ぐぬぬ」


 まさか、ここまでダダ漏れだったとは。

 自分の感情にフタをすることは得意だと思っていたけど、どうやら修正しないといけないらしい。気をつけなくては。


「どうせ、クリス君のことでしょ? やっと両想いだって気がついた?」


「両想いじゃないわよ! 向こうから一方通行! 私は別になんとも思ってないの」


「へえ。じゃあ、別の女子がクリス君に言い寄ってきたら」


「全力でぶっ飛ばす!」


 しまった、と言ってから後悔する。何も本音で返す必要はなかったのに。

 カナは小さくため息をつくと、その大きな瞳を細める。


「前にも言ったけど、別にいいんだよ。ミィちゃんが何を考えて、何を選ぼうとも」


 でもね、と続ける。


「ミィちゃんは、自分が幸せになる選択を、あえて選ばないところがあるから。本当は白馬の王子様が迎えに来てくれる、なんておとぎ話みたいな夢に憧れていても。口にするのは、平和で平穏。パン屋でバイトをする将来、なんて言っているしさ」


 カナは私の目を見て言う。


「だからね、ミィちゃん。逃げちゃダメだよ。クリス君が受け止めてくれるなら、ちゃんと彼の胸に飛び込まないと」


 カナが無邪気な笑みを浮かべる。

 私もあんな風に笑っていたのだろうか。


 だとしたら、なんて。……浅ましいのだろう。人は、向き合いたくない現実に直面すると、無我夢中で都合のいい妄想に逃げようとするのだから。


 ダメだ、ダメだ。

 もっと自分に言い聞かせないと。


 忘れるな、自分が幸せになってはいけない人間だということを。恋をすることが許されるわけがない。


 例え、クリスから好意が本物であったとしても。彼が私のことを救ってくれるなんて、そんなことあるわけがない。


 ……私の体を流れる血は、すべてを不幸にしていく。


「ありがとうね、カナ。でも、現実は厳しいのよ。私は庶民育ちの女。身分の違いだったり、どうしても報われない恋もあるのよ」


「そんなことないよぉ。恋の力は世界を変えるのです」


 えっへん、と小さな体で胸を張る。

 そんな簡単な世界あってたまるか。そう反論しようとしたときに、近代歴史の外部講師が教室に入ってきた。


 なんとなく、言いくるめられてしまった気がして、私は不満な顔のまま教科書を広げた。首都の大学に勤務する外部講師が、眠くなる口調で授業を始める。


「えぇ〜、17世紀に民衆による革命運動が起こり、数百年と続いた王族が滅亡しました。それ以降は、国の主導権は民衆へと移っていくこととなる。……一説によると、失われた王家の血筋は、左右の目の色が違う『虹彩異色症』であることが―」


「ふわっ、ねむ」


 そんな授業内容を、私は他人事のように窓の外を眺めながら聞き流していた。


 私は、他人を不幸にする。

 不幸を呼び寄せて、自分や大切な人間を破滅させてしまう。そういう人間だ。


 そして、そんな不安は的中することになる。


 放課後のロッカールーム。

 私は自分のロッカーを前にして、呆然と立ち尽くしていた。


 ……開かれた扉の中には、鶏の死体で埋め尽くされていた。

 ……すべてに、首がなかった。


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