第3話「学園の王子様は、運命の出会いを果たす」
はっ、と息を飲む。
その男子生徒の横顔に、少し見惚れていた。
凛々しい顔立ちに、意志の強そうな瞳。
背は高く、自信に満ち溢れた姿勢はどこまでも真っすぐだ。黄金のブロンドの髪は、この曇り空であっても輝いているように見えた。
……どっかで見たことあるような?
慌てて視線を外しては、隣の美男子について考える。子供のころに見た写真のように記憶が曖昧だ。
あぁ、確か。あれだ。
ルームメイトのカナが熱心に話してたっけ。
隣の国から来た留学生だ。
貴族ではないけど、実家が裕福な実業家で、この学園に通わせているとか。
その爽やかな外見と、誰にでも分け隔てなく優しい性格。別に本当の王族でもないのに、ひそかに呼ばれている通称が―
「……学園の王子様?」
「え?」
彼が振り向いてから、慌てて口を閉じる。
少し驚いた様子で、そのブロンドの髪と同じ色の瞳がこちらを見つめる。
そりゃ、そうか。
話したこともない女子から、唐突に王子様と呼ばれたら、誰だって驚くだろう。
「は、はは。面と向かって王子様なんて言われると、なんだか照れてしまいますね」
「ご、ごめんなさい。つい、口から思っていたことが」
「そうですか。そのように言われているのは知っていますが、直接言われたのは、あなたが初めてですよ」
きらっ、と輝く笑みを見せる。
うん、百点満点だ。文句のつけようもない。……この笑顔で、どれだけの女を落としてきたのだろうか。
「よかったら、お名前を教えていただけませんか? 僕は、クリストファー・スミス。親しい友人からは、クリスって呼ばれています」
それに加えて、この会話テクニック。
自然な流れでナンパまでしてくるとは。しかも、こんな平凡を絵に描いたような自分に対してだ。これは、相当に遊んでいるに違いない。
「え、えーと、私は」
どう答えたものか、少しだけ考える。
他の女子なら、お近づきになれるチャンスとか考えるんだろうけど、それはとても危険なことだ。
なんせ、この学園には。
この王子様を狙っている貴族のお嬢様はたくさんいるのだ。もし、あのお嬢様たちの目に留まったら、とても面倒なことになるだろう。
マネーパワーにものを言わせて、学園から追い出そうとしてくるか。それくらいのこと、奴らは平然とやらかす。
「……あっ、ごめんなさい。早く寮に帰らないと。今日は、私が料理当番なんですよ」
「え? でも、雨が」
「だ、大丈夫ですよ。私が下宿している寮は遠くないので。……そ、それでは!」
「待ってください」
雨の中に飛び出す自分より、一歩だけ早く前に出る。
そして、鞄の中から最新式の折り畳み傘を取り出すと、優雅な仕草で広げた。
「この雨では、その綺麗な黒髪が濡れてしまいますよ。寮まで送っていきます」
「げっ」
こいつ、傘を持っていたのか!
だったら、立ち話なんてせずにさっさと帰っておけばよかったか。
「だ、大丈夫ですよ。本当に、お構いなく!」
「いえいえ。ここで女性を見捨てていったら、周囲の人に笑われてしまいます。まったく。この学園では、どんなことでも人の噂になりますから」
爽やかな笑みで言うが、まさにその周囲の噂が問題なのだ。
雨の中、王子様の持つ傘でエスコートしてもらった。
なんてことが噂されたら、翌日には、自分のロッカーから不審火が発生するだろう。焦げた教科書で授業を受けるのは、もう避けたいのに。
「本当に大丈夫ですから! 気にしないでください」
「ダメですよ。さぁ、傘の中にお入りなさい」
「えぇ~。それだとあなたが濡れちゃうじゃないですか」
「問題ありません。こうやって身を寄せれば」
優しい手つきで、そっと肩を抱かれる。
不意のことで、気が付いたころには、自分の体は彼に預ける形となっていた。これでは、恋人にしか見えないじゃないか!?
「ちょ、ちょっと! 近くないですか!?」
「不躾にすみません。ですが、こうでもしないと僕の傘に入ってもらえないと思ったので」
にこり、と笑う。
そこに邪な感情は見えない。恐らく純粋な善意なんだろう。
なるほど、高貴で潔癖な王子様か。確かに、その噂に偽りはないようだ。
ふん、気にくわない。
「それにしても、綺麗な黒髪ですね。まるで黒い真珠のようだ。その眉毛も、瞳も。同じ輝きを、……あれ?」
だが、わかっていない。
この男は、まるでわかっていない。そんな中途半端な優しさが、誰かにとって迷惑な話になることを。
「……君の瞳。どうして色が違―」
これは教育が必要だろう。
幸い、周囲は雨だ。
見通しは悪いし、駅からは、どの寮も離れている。悲鳴が上がったとしても、誰にもバレないだろう。
「すまない、もっとよく見せてく―」
王子様の手が、私の頬へと触れる。
その瞬間、私は。
猫を被るのを辞めた。
「……いい加減にしろよ、このクソ王子」
・次話更新は、9/16(水)の20時です。よかったら見てやってください!