第27話「獅子寮の静かな朝③ あんたら女の子なめてんの?」
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世界歴1955年。6月23日。
「おい、クリス! どうしたんだ、その顔は。……ぷ、ぷぷっ」
「くっきり、グーパンチの痣が残っているな。外傷患者として処置してやろうか?」
「ど、どうしたの、クリス君!? ……え? 好きな女の子に殴られて、それから口を聞いてもらえないって?」
早朝の男子寮の獅子寮にて。
ジョニー、ドク、リズベッドがそれぞれの反応を示す。最悪なのがジョニーで、あのダンスの授業の後から、顔を見るたびに馬鹿笑いを止めない。
トムは、今日もいない。
クリスは最悪の機嫌といった雰囲気で、自分の分だけのコーヒーを淹れる。
「ぷぷ、クリス! せっかくのイケメンが台無し。いやいや、随分と男前になっちまって!」
腹を抱えて、笑いをこらえている友人に。
いつになく冷ややかな視線を送る。
「ジョニー。我が友人よ。もう二度と、君に助言を求めることを止めるとしよう」
「ぷ、ぷぷっ。そんなに怒るなよ。どうしたら好きな女の子と仲良くなれるか、相談しあった仲じゃねぇか」
けらけらと笑いながら、ジョニーは手にしていた少女漫画を掲げてみせる。
「だからこそ、学園の図書館にある恋愛漫画や恋愛小説を読み漁って、対策を考えたんじゃねーか。たまたま上手くいかなかっただけで、そんなに怒るなって。次があるさ」
女なら、他にもいるだろう。
そう言わんばかりの友人に、クリスの感情が凍り付く。
「は? 何を言っているんだい? 僕にとって、彼女の存在はすべてなんだよ。他の女子なんて、正直どうでもいい。彼女じゃないと、ミーシャじゃないと意味がないのに。君は、他の女でも替えが効くと、そう言いたいのかい? あん?」
「……クリス君、抑えて。あと目が怖い。それ、マジのやつだから」
今にも台所の包丁に手を伸ばしそうなクリスを、赤毛のリズベッドが必死に抑える。
華奢な体で、妙に声の高い中性的な美少年は、ブツブツ呟いているクリスをソファーに座らせると、今度はジョニーに向かって口を開く。
「まぁ、話を聞く感じだと。ジョニーもクリス君も、どっちも悪い気がするけど」
リズベッドが腕を組んで唸る。
医者志望のドクは、興味がないというように朝刊をめくっている。今日の見出しは『違法薬物の原料はどこから』、というコラムだった。
「君たちさぁ、女心がわかってなさすぎ!」
リズベッドは二人を指さすと、残念そうにため息をつく。
「いい? 女の子ってものは繊細なの! いつだって大事にされたいし、大切に想ってもらいたい生き物なのよ。それなのに、少女漫画に描いてあったからって、抱き合ったまま無理やりキスするなんて。あんたら女子なめてんの?」
「でもよ、リズ。こっちの好意が伝わらないんじゃ、直接、行動を起こすしかないんじゃね?」
「黙りなさい。そして、死になさい」
リズベッドはジョニーに向けて親指を下げる。
いつもは穏やかな性格なだけあって、その迫力は凄まじかった。
「いくら、こっちが好きだからって、相手を傷つけたら意味ないでしょ! 女の子はね、空気感も大切にしているの。他人にどう見られているか、どう思われているか。あんたたちみたいに元から美形の男にはわからないでしょうけど、女も大変なのよ!」
男子寮なのに、その話し方はどうなんだ。とは、誰も注意しない。
それでも。ソファーにうなだれているクリスは、助けを求めるようにリズベッドを見上げた。
「……では、……僕は、どうすればいい」
「謝ることね」
即答だった。
「とにかく、誠実に謝ること。君を傷つけて悪かった。本当にすまないと思っている。ちゃんと言葉にすること。どうせ男って、優しくしていればいいとか勘違いしてるでしょ? 甘いのよ! 謝罪の気持ちはね、言葉にしないと女には伝わらないの!」
「……けっ。これだから女は面倒くせーんだよ」
「ドク。そのクズの口に新聞紙を詰め込んで」
「了解」
どかどか、ばたばた。
リビングの隅で喧嘩を始める二人を尻目に、リズベッドはクリスへと視線を合わせる。
「クリス君。ちゃんと気持ちを込めれば、ミーシャちゃんだってわかってくれるはずだから。だから、元気をだして」
「……ありがとう、リズベッド」
それと、と彼は続ける。
「君は随分と女心に通じているんだね」
「え!? いや、わたしの、……お、オレの妹がそんなことを、言っていたような、言ってなかったような」
「ははっ、そうかい。じゃあ、僕の代わりにお礼を言っておいてくれないか」
「う、うん。がんばってね」
そうやって微笑む彼の姿は、とても頼もしいものだった。
……というか、どうみても。女の子からの意見であった。違法薬物のコラム記事が、ジョニーの口に詰め込まれていくのを見ながら、クリスは決心を固めるのだった。




