第26話「Shall We Dance? 学園の王子様と、ガラスの靴のないシンデレラ②」
ははっ、とクリスは頬を緩める気配がした。
「子供想いの、いいお母さんだね」
「えぇ。世界で最高のママよ」
おっと、スッテプが遅れそうになる。
腰に当てられたクリスの手に意識を向けないようにしながら、彼と歩調を合わせる。
「……少し考えたんだ。あんな卑劣なする人間に、どうすれば君を守れるのかって」
「あっそ。もったいぶらずに話しなさい、……っとと」
また、ステップが遅れそうになる。
……いや、これはクリスのほうがずらしているのか? 歩幅もカナと踊っている時よりも大きい気がするし、だんだん踊りにくくなってきた。
「……あんた、ちょっとは真面目に!」
そこまで言って、ハッと頭が冴える。
クリスが真面目に踊らない理由。それは、とても簡単だ。こいつは、私と踊りたくないんだな。
クリスが好きな女が、どこの馬の骨の令嬢なのか知らないが、私にみたいな人間と噂になっているのは、きっと面白くないに違いない。
あわよくば、私にミスをさせて恥をかかせようとしているのでは? くそ、さすがは女たらしの鬼畜外道だ。考え方が私そっくりじゃないか。
……だが、そう思うと。無性に腹が立ってくる。
クリスがどこの雌豚と恋仲になろうとも知ったこっちゃないけど、この私に恥をかかせようとは良い度胸じゃないか。意地でも、ミスをするわけにはいかない。
「……ッ」
一歩、先を読んで。
二歩、ステップを完璧に踏む。
そうこうしていると、クリスのテンポがどんどん速くなっていく。
もはや、音楽すら耳に入っていないんじゃないのか? 主導権を握られ続けられて、私は後手になりながらも何とか食らいつく。やっぱり、こいつ上手い。このままでは引き離される。
……仕方ない。少しだけ本気でやろう。
それまで逸らしていた視線を、クリスのほうへと向ける。
「……、……」
「……、……ッ」
視線が絡み合い、次のステップ先を教えてくれる。
くそっ、忌々しい。踊らされている人間を見るのは好きだが、自分が踊らされるのは気にくわない。
タッ、タタッ。
タッ、タタタッ。
クリスに振り回させないように、いや、むしろ逆に。こっちが支配してやるつもりで、ステップを踏み続ける。
集中力は研ぎ澄まされ、指先にまで感覚が行き届く。
一糸乱れぬ華麗な踊り。見ていたものは、果たして何を思うのか。そんな雑念すら追い払い、視線だけでクリスと会話する。
綺麗なブロンドの髪が揺れて、揺らがない瞳が私を貫く。
……あぁ、もう。
……どうして。こいつ、なんだろう。
叶わぬ恋が許されるのは、童話の話だけ。
誰もが、ガラスの靴に夢を見るわけじゃない。私は選んで、舞台に上がらないんだ。舞台の上にある華やかな世界。そんなものには、もう興味などないのだから。
……それなのに。
……この馬鹿クリスときたら。
タタッ、タッ、タタタッ。
タタッ、タンッ!
気が付いたら、音楽が止まっていて。
私の体はクリスに委ねられていた。
大きく逸らした背中を支えるように、彼の細くて逞しい腕がしっかりと腰を抱いている。指先にまで走っていた集中力から解放さえ、今になって肩で息をしていることに気がつく。
「……驚いた。踊れないというのは、嘘だったのかい?」
「……ふん。男だったらね、女の嘘のひとつくらい笑って流しなさい」
上気した頬が、妙に色っぽい。
唐突に湧き上がる歓声。それは誰に向けられたものなのか、私は理解できていない。今は、その綺麗な黄金の瞳が見られれば、それだけでいい。
「それで、クリスの目的っていったい?」
心地よい疲労感に見舞われ、警戒を解いてしまっていた。
あー、いや。警戒していたとしても拒絶できたのか。後から考えても、わからないんだけどさ。
「……クリス?」
クリスが微笑む。
視線を合わせたままの瞳が、大きくなっている気がする。
いや、クリスの顔が近づいてきているのか?
どんどん私の顔に近づいてきて、……って、ちょっと待て! お前、何をする気だ!? 今は授業中だし、他の生徒だっているんだぞ!? いやいや、誰もいなければいいとか、そういうんじゃなくて! それ以上近づいたら、もう取り返しのつかないことに。……ちょっ、こら、おいやめ―
歓声が、上がった。
とても学生とは思えない踊りを披露した、ミーシャとクリス。まるで視線を絡めあうように、お互いのことを信頼していないとできない華麗なダンスを見せつけた。
その姿は、まるで恋人のようで。
目の前の光景を見ていた生徒にとっては、それが紛れもない事実であった。こうして学園の王子様は、灰をかぶった村娘にガラスの靴を無理やり履かせたのだった。
唇と唇が、離れて。
学園の王子様はそっと、優しく微笑んだ。
数日後。
学園中には。学園の王子様であるクリスが、とある地味な女子生徒が正式に交際している、という噂話が駆け巡った。
その噂を聞くたびに、私はあの時のことを思い出してしまい、恥ずかしくて頭を抱えてしまったのだった。
次回は明日、更新します!
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