第25話「Shall We Dance? 学園の王子様と、ガラスの靴のないシンデレラ①」
黒と白を基調としたタキシード。
式典の正装とされているモノトーンの礼服だが、着る人によっては、それが何倍にも見栄えがよくなる。指先まで洗礼された踊りに、華麗を超えた圧倒的な躍動感。ここがダンスの授業であることを忘れるほど、他の生徒たちを惹きつけていく。
「す、すげー」
「人間。あんなに踊れるものなのか?」
近くにいた男子生徒たちが、嫉妬すら覚える余裕のない顔で呟いている。
教室として使われている学園の劇場ホール。
その中心で、クリストファー・スミスが踊っていた。ダンスパートナーは、私の友人。私の記憶では、ほとんど初心者であったはずのカナが、優雅に踊っているように見える。
レコードの音楽が止まり、クリスがステップを止めた。
そして、恭しく一礼。
あれほど激しく踊っていたのに、汗ひとつかいていない。それに比べ、わが友人は。よろよろと足取りも怪しくこっちに歩いてくる。
「おつかれ、カナ。綺麗に踊っていたよ」
「はぁ、はぁ。……踊っている気なんかしないよ。なんか、クリス君の操り人形になってた気分」
それだけ言って、ホールの床にばたんっと倒れる。
自分の動きたいと思った方向とは、全然、別の方へと体が動いてしまうので、たいそう疲れたとか。目をぐるぐる回しながら、そんな感想を漏らす。
「ブラボーっ! さすが、学園の王子様ね! ずっと練習に付き合ってもらえたらいいのに!」
ダンス授業の先生が拍手を叩く。
「でも、残念ね。クリス君の予定は、今日しか開いていないんでしょう?」
「はい。すみません、マリア先生。僕みたいな中途半端な人間がお邪魔してしまって」
「いいのよ、いいのよ! こっちは大助かりだから! ……さっきからうるさい、この小娘たちと違ってね」
ギロッ、とマリア先生が目を向けた先には、きゃーっ、きゃーっ、と黄色い声を上げている女子生徒たち。クリスが顔を見せたときから騒ぎっぱなしで、うるさくて仕方ない。
ちったあ、黙れや。
「先生! 次は、わたくしが一緒に踊ります!」
「あっ、ずるーい! あたしです! あたしが一緒に踊ります!」
「きゃーっ! クリス様っ! 今日も素敵です!」
興奮しっぱなしの女子たちが、クリスの周りに群がろうとする。
だが、その彼女たちの前に、マリア先生が立ちはだかり―
「あぁん? ステップも満足に踏めねぇヒヨッ子が、何をほざいていやがる? いい男と踊りたかったらなぁ、ちっとは真面目に授業を受けろよなぁ!?」
そして、私の酒の時間を邪魔するんじゃねぇ。
とうとう、その本性をあらわにしたマリア先生を前にして、下級生たちは顔を青くさせてガクガクと震えだす。対照的に、上級生の三年生は慣れたもので、キレたマリア先生を久しぶりに見れたー、とはしゃいでいた。
「……ったく、ガキ相手の仕事はこれだから」
「先生。そろそろ本音を隠してください。一年生たちがチビりそうです」
私がホールの隅で肩を寄せ合って縮まっている集団を指さすと、先生は盛大にため息をつきながら授業を再開させる。
「はぁ。……はい。それじゃ、次のパートナーに変わって。残り2人の男子は私と。最後の女子のミリツィアさんはクリス君と」
先生が妙に色気のある指先で指示を出すので、仕方なくクリスのところまで歩いていく。
先ほどまでのカナとの会話が脳裏をよぎり、まだ乾いていない舌では余計なことを口走りそうだった。
「……何してんの、あんた?」
「いやー、校庭を散歩していたところ、マリア先生に捕まってしまってね。ダンスの男役がいなくて困っていたんだって」
「そういう嘘のカバーストーリーはいらないから。本当の狙いは何なの?」
音楽が流れる。
レコードから発せられる、まぬけなオーケストラ。私はクリスから差し出された手を取り、視線を合わせることなく踊り始める。……私の手、汗かいてないよね?
「へぇ、ミーシャって踊れたんだね」
「踊れないわよ。カナよりはマシってくらいで。……てか、話をそらさない」
クリスがゆっくりとした動作でリードしてくれるので、私はそれに乗っかるだけ。単調なステップだ。でも、踊りなれていない人間では音楽に合わせて動くのは大変だろう。
「あれから僕なりに考えてみたんだ。ミーシャのために、何をするべきなのかってね」
「あー、私に嫌がらせをしてきた奴への対策?」
「そう。正直にいうと、僕はああいったことをする人間は好かない。嫌悪している、と言ってもいい」
それは、ご立派な正義感で。と心の中で悪態をつく。
まぁ、他人のロッカーに新鮮な鶏の死骸を吊るすような奴と仲良くしたい、なんて人間もいないか。
「お母さんとは、連絡がとれたかい?」
「えぇ。声は笑っていたけど。あれはブチ切れてたわね。もし、学園に来たら、あんたも手伝いなさいよ」
「一緒に謝ればいいのか?」
「いいえ。ママが学長を撃ち殺すのを止めて。きっとライフル銃を持って来るから」
次話更新は、この後すぐです!
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