第18話「私はアフタヌーンティーが嫌いなんだ」
「ミーシャ?」
そんな私の変化を敏感に感じたのか、クリスが不思議そうにこちらを見る。
いかん、いかん。目立つ行動だけは避けなくては。
私は慌てて、クリスの隣の席へと腰を下ろす。
「それでは、アフタヌーンティーを用意させていただきます。何か、苦手なものはありますか?」
紅茶愛好会の会長の問いに、やんわりとクリスが答える。
正直、私は。
このアフタヌーンティーそのものが苦手だったりする。マナーとか順序とか、紅茶を飲むのに何でルールが必要なのだろうか。
「ミリツィアさん、クリストファー君。急なお呼びたて、本当にすみませんでした。本来であれば、同学年のドーナ・ローズマリーさんをお呼びするはずだったのですが。彼女には別の要件があるようでしたので」
会長の言葉に、私は頭を空っぽにして頷く。
答えるのは、もちろんクリスだ。
「はい、伺っています。紅茶愛好会で育てているハーブの様子を見てほしいと?」
「えぇ。私たち愛好会は、自分たちで育てたハーブを使った紅茶で、おもてなしするのが楽しみなのですが。……その、今年の成長があまりよくなくて」
恥ずかしそうに頬を緩める。
自分のできないことを素直に認めている謙虚さが垣間見える。
なんだ、話がわかりそうな人間もいるじゃないか。中庭の入り口に待機している下級生みたいに、外部の人間を嫌がっている生徒だけじゃないのか。
「それで、園芸部のドーナ先輩にハーブの相談を?」
「いいえ。ハーブの成長を気にされていたのは、学長様なのです。きっと学長様のほうから、ドーナさんにご依頼があったのかと」
やんわりと表情を崩しては、口元を隠しながら笑う。
ふーん、あのハゲの学長がねぇ。
学生には興味ないように見えたけど、ハーブの成長は気にしてたのか。そういえば、あの温室も学長の指示で作られたんだっけ?
そうこうしているうちに、どうやらアフタヌーンティの準備ができたようだ。
カラカラと小さなカートに載せられた、三人分のティーセット。
そして、三段重ねのケーキスタンド。
上から順番に、チョコレートケーキ、マドレーヌ、サンドイッチ。どれも一口サイズで、特に一番上のケーキは見るからに美味しそうだった。うん、ここが面倒な場所でも、甘いものには罪はない。
「どうぞ。マドレーヌは先ほど焼きあがったばかりでしてよ」
ケーキスタンドを用意している同学年の女子が、さり気なく中段のマドレーヌを薦めてくる。確かに、焼きたての甘い香りが立っているが―
……ふん、馬鹿め。
そんな安直な手が通用すると思ったのか。
アフタヌーンティの食事にはマナーがある。
特に順番。焼きたてだからといって、焼菓子のマドレーヌに手を出してはいけない。これは罠だ。最初に食べるのは、下段のサンドイッチから。……まったく、これだからアフタヌーンティは嫌いなんだ。
ちらっ、と先ほどケーキスタンドを用意した女子を睨む。
すると、気まずそうに視線をそらした。
ふん、どうせ最低限のマナーも知らない奴だと笑いたかったのだろうけど、その手は食わんよ。
「マゼッド会長は、一年生のころから紅茶愛好会にいらっしゃったのですか?」
問いかけるのはクリスだ。
ソーサーに載せられた空のティーカップに、紅茶が注がれていく。
これが『幸せの紅茶』か。
さぞかし美味しいに違いない。このために来たんだとばかりに、私は期待に胸を膨らませる。静かに鼻から息を吸って、ゆっくりと吐く。
……また『違和感』がした。
……なんだ? この紅茶か?
「はい。入学してすぐに、入会させていただきました。最初はマナーなど覚えることも多かったのですが、皆さんが良くしてくれたので、すぐに覚えることができましたよ」
にこり、と笑う。
「学園生活には、ストレスを感じることも多いですから。こうやって、いろんな人たちと愛好会の紅茶を飲むことが、何よりの気晴らしになりますの」
会長さんは、穏やかな表情でティーカップに注がれた紅茶を見つめる。
その様子から、感情は読み取れない。
「そうですわ。ミリツィアさんも、よかったら紅茶愛好会に入りませんか? 私、もっとあなたとお話をしてみたいです」
「ははは、私にはちょっと敷居が高い、かな」
ティーカップに手を取り、その表面を見る。
澄んだ綺麗な琥珀色。飲んだ人が元気になって、幸せな気分になれるという魔法の紅茶。
カナの話だと、紅茶愛好会が育てたハーブと高級紅茶葉をブレンドさせた逸品らしい。絶対に美味しいはず。ほら、この芳醇な香りが―
「……え」
紅茶を口につける、その寸前。
……強烈な『違和感』が、脳髄を駆け巡った。




