第16話「紅茶愛好会に行ってきて」
『紅茶愛好会』という部活動がある。
この聖オリヴィア学園において、もっとも古い部活動のひとつである。部員名簿を遡ると、100年くらい前から存在していたらしい。
歴史が古いということは、格式が高い。
そんな勘違いする人間にとっては、学園生活のステータスとして、この『紅茶愛好会』に心酔している女生徒も少なくなかった。
「おつかれさん。これで仕事は終わりやなぁ」
花壇にジョウロで水をやって、片付けが終わったタイミングで、ドーナ先輩がぱちぱち手を叩く。
「なんか、無駄に疲れたわね」
「そうかい? 僕は楽しかったよ」
ため息を溢したくなる私とは対照的に、クリスは爽やかな顔をしている。
だが、その表情のどこかに。
決意のようなものが見え隠れするのは気のせいだろうか?
「おおきに~、ほんま助かったわぁ。クリス君も、ありがとうなぁ。……それでな、もういっこ頼みたいことがあるけど、ええかなぁ?」
ぱんっ、と両手を合わせて、拝むようにお願いをしてくる。
既に、嫌な予感しかしない。
とっさに逃げようとするも、クリスの馬鹿が邪魔して逃げられない。この無駄に背の高いイケメンは、肝心なところで空気が読めないから困る。
「あんなぁ、ウチの代わりに。……『紅茶愛好会』のお呼ばれに行ってきてほしいんよぉ」
「……なっ!?」
くらっ、と眩暈を覚える。
よりにもよって、その名前が出てくるとは。
礼儀や作法ばっかり気にしている貴族学校の中でも、上流階級を気取っているお嬢様たち。このオリヴィア学園で最も毛嫌いしているグループを挙げるなら、考える間もなく紅茶愛好会の名前を出すだろう。
「紅茶愛好会? 部活動のひとつですか?」
何も知らない馬鹿クリスが、とぼけた顔でドーナ先輩に問う。
「せやでぇ~。ウチの学園の紅茶愛好会ってゆうたら、もっとも歴史の古い部活のひとつなんよぉ。おいしい紅茶を飲みながら、親睦を深めようっちゅうな」
ドーナ先輩の説明に、私が補足する。
「つまり、ティーカップを片手に誰かの悪口を喋ろう、っていう底意地の悪い集団よ。呼ばれたのに参加しなかったら、最後。変な噂を流されて、この学園にいなくさせてやる。そんな悪いことを考えている女たちが集まっているのよ」
「……ミーシャちゃん、なんか恨みでもあるん?」
あはは、と先輩が呆れ顔で言う。
「というか。ドーナ先輩が行かなかったら、先輩が目の敵にされるんじゃ?」
「あぁ、それなぁ。なんか学長さんに頼まれたことがあるんよぉ」
「学長? あのハゲが何の用?」
この学園の経営者であるハーゲル学長。
その薄くなった頭と、肥え太った体格が、私はどうにも好きになれなかった。生理的に受け付けない、というやつだ。
「うん、なんかねぇ。紅茶愛好会が温室で育てている『ハーブ』の様子を見てほしいって。ほら、ウチの出身のカアシ地方って、ハーブが名産だったりするわけやし」
「それって、完全にパシリに使われているんじゃ?」
「あのお茶会に参加しなくてもええなら、なんだっていいわぁ~」
さらり、と本音を漏らすドーナ先輩。
面倒事を押し付けあうのは、世の中のサガか。ならば、と私も倣って、すぐ隣にいる男を利用しよう。
「だったら、コイツが行けばいいんでしょ? ほら、コイツは無駄に美形だし、お嬢様たちのウケもいいばす」
「ミーシャちゃん、忘れてない? 紅茶愛好会は淑女の集まりやから、男性だけの参加は禁止されているって。あくまで、女子生徒の随伴なら問題ないってだけで」
「ぐぬぬ。なんで、そんな面倒なルールが」
「さぁな~。男を取り合ってケンカになるからやないの?」
ごもっともなことを言う。
私の下宿先の小鳥寮といい、男女のすみわけのルールがいろんなところであるな。きっと、昔から痴情のもつれ的な争いがあったに違いない。
「それになぁ。あちらさんから、ミーシャちゃんとクリス君の名前が出てるんよぉ。ぜひとも、二人で来てほしいって」
「は? なんで私の名前が?」
クリスの名前が出てくるのは納得できる。
これだけの美形だ。お近づきになりたい女子は山ほどいるに違いない。だけど、そこに私の名前が出てくるのはわからない。
「さぁ? 最近、クリス君と一番仲良くしとるのが、ミーシャちゃんだからじゃない? 一人だけ抜け駆けするなよ、みたいな」
縁起でもないことを。
これほど平和と平凡を愛しているのに、なぜ、こうもトラブルに巻き込まれなくてはいけないのか。
「私、礼儀作法とかわからないですよ?」
「大丈夫やない? クリス君もいるし。この際、二人の仲が良いところを、めいっぱい見せつけたらええ! この男は自分のものやから、手ぇ出すな。ってな」
何を言っているんだ、この先輩は?
火に油を注ぐ愚か者がいても、火災現場にガソリンをぶっかけようとする頭のおかしい人間はいないと思うのだが。
私は、完全に会話から弾きだされているクリスを見て、あからさまにため息をつく。
「あとで、後悔してもしりませんよ」
「ええよぉ。せっかくやから、紅茶愛好会の『幸せの紅茶』を楽しんできたらええねん?」
「むむむ」
あからさまに嫌そうな顔を作ってみるけど、案外、それは名案かもしれない。
面倒な礼儀作法や会話なんかは、この馬鹿クリスに押し付けて、私は静かに紅茶を啜っていればいいのだから。
カナの話によれば、『幸せの紅茶』は不思議と幸せになれるくらい美味しいのだとか。きっと一級品の茶葉を使っているに違いない。それは、それで興味がある。
それにしても、ドーナ先輩は温室でハーブの世話か。
その話に、私は首を傾げる。
園芸部だからって、温室のハーブまで世話をさせるか?
温室となると、図書館の屋上だな。
数年前の工事で、急遽、学長の指示で増設された施設だったか。なんでも学長の許可がなければ一般生徒は使用できず、鍵を持った人間しか出入りできないはずだけど。
……でも、なんで。ドーナ先輩が?
「ほな、また来週なぁ」
「えぇ。今回の埋め合わせ、考えておいてくださいね」
「あはは、まかせといてぇな」
満面の笑みで手を振る、ドーナ先輩。
……あぁ、どうして気づかなかったのか。
……彼女の笑みを思い出すと。それだけが悔やまれる。
・次話更新は、9/30(木)の20時です。よかったら見てやってください! 感想も待ってます!




