第15話「……まったく。勘のいい男は嫌われるぞ、イケメン君」
「おー、ちゃんとやっとるやん。感心、感心」
少し時間が経過して、ドーナ先輩が球根を植え終わった花壇を見渡す。
「二人して、いちゃいちゃして作業が進んどらんかったら、注意をしようと思ってたけど」
「そんな噂を流したら、ぶっ飛ばしますよ。ドーナ先輩」
きりっ、と鋭い視線でけん制する。
この男と仲が良いとか、特別な関係になっているとか。
そんな噂をされたら、夜道を歩けなくなるじゃないか。明日の朝刊には、地味な女が背後から刺される、なんて見出しが書かれるに違いない。
「あははっ、冗談だって。本気にせんといて」
ドーナ先輩は腰に両手を当てて、豪快に笑う。
まぁ、この人に限って、それはないか。
単純で明快。シンプルに生きている見本みたいな人だ。誰かさんと同じように、他人の心の機微に疎いに違いない。
「それで? 他に何かありますか?」
「せやなー。あとは水をまかんといけないから、ジョウロに水を入れてきてくれない?」
「わかりました。……よし、クリス。行け」
私はジョウロを持って、クリスに指図を出す。
「あはは、ウチはミーシャちゃんにお願いしたんやけど」
「誰がもってきたって同じですよね? ほら、行け」
「ええの? クリス君といちゃいちゃしてた、って明日の学園で言いふらしてしまうけど」
「よし、クリス君。私がジョウロの水を注いでこよう。この場はまかせたぞ!」
ばっ、とドーナ先輩に敬礼をして、そそくさとジョウロを持って走る。
前言撤回。
ドーナ先輩。あんた、食えない女ですよ!
善意で手伝いに来ている私に、あからさまに脅してくるなんて。こうなったら、事がこじれる前に、さっさと用事を済ませるしかない。
さささっ、とミーシャが持って走っていく。
そんな彼女の背中を、クリスは切なそうな目で見ていた。
「そんな顔したって、すぐに帰ってくるよぉ」
「いえ、僕は別に」
自分の顔を見られていたことが恥ずかしかったのか、そっと顔を背ける。
それから、少しだけ真面目な顔をして。
クリスは、上級生の女生徒に視線を向ける。
「それで、僕に何か言いたいことでもあるんですか? わざわざ、彼女を厄介払いさせてまで、二人きりになって」
「……まったく。勘のいい男は嫌われるぞ、イケメン君」
ふっ、とドーナが息を吐く。
それまで過剰なまでに活動的だったのが、少しだけ大人びて見えた。視線を落とし、目を細める。
彼女の纏っている空気が変わった。
活動的だった雰囲気は消えて、上級生らしい落ち着いた物腰へとなっていた。
「ちょっと話をしようよ。クリストファー・スミス君」
話し方すら、変わっていた。
その様子は、クリスにしても目を張るものがあった。
「あの地方訛りみたいな喋り方は、わざとだったんですか?」
「まぁね。そのほうが、変わり者だってわかりやすいでしょ」
けろり、とドーナは舌を出す。
「ミーシャちゃん、いい子でしょ?」
「えぇ」
「あら? そこは否定しないんだ」
「彼女は良い人ですよ。他人を想う気持ちと、困難から逃げようとしない心。自分で思っている以上に、ミーシャは善人です」
「あはは。そういう意味で言ったわけじゃないんだけど」
ちょっとだけ笑った後。
ドーナが、ぽつりと呟く。
「……ミーシャちゃんには、優しくしてあげてね」
その独白めいた言葉に、クリスは目を丸くする。
「クリス君には話さないと思うから、ウチから言うけどね。ミーシャちゃんって、あまり人を信用しないんだ」
「それは、そんな気がしていましたけど」
「ううん。たぶん、クリス君が思っているのと、ちょっと違う」
はぁ、と小さく息を吐く。
彼女の目には、どこか寂しさが浮かんでいた。
「……ミーシャちゃん。小さいころに、とても酷いことがあったの。詳しくは話してくれなかったけど、たぶん普通の家庭環境ではありえないくらいの」
「その話は、僕が聞いても?」
「うん。クリス君には知っておいてもらいたいの。あの子のことを守ってほしいから」
ドーナは、まとめていたポニーテールをはらりとほどく。
茶色のくせ毛が、風に揺れた。
その様子は、年齢よりも大人びて見えた。
「捨てられたのよ、あの子」
「えっ?」
クリスの顔に緊張が走る。
ドーナも深刻そうな様子のまま、話を続ける。
「まだ小さいころ。親に捨てられて、周りの大人たちに裏切られたの。路上生活っていうのかな。あの子は一度、死んだ方がマシと思えるくらいの生活をしていた。今の両親は、里親っていうか。育ての親みたいな感じかな」
「そんなこと、彼女の一言も」
「まぁ、言うわけないよね。特に、クリス君には」
くすりっ、と笑って肩をすくめる。
クリスは少し考えた後、ドーナに問う。
「それでは、ミーシャは。両親から捨てられたことが原因で、他人を信じられなくなったのですか?」
「……」
答えるべきか、ドーナ・ローズマリーは悩んでいるようだった。
「……たぶん、それだけじゃない。あの子は心の闇は、もっと深いところにある。ウチなんかじゃ、きっと救い出せないような」
「ドーナ先輩。……そう呼んでも?」
「うん、いいよ」
「ドーナ先輩は、ミーシャを見守っていたんですね」
「あまり長い時間は過ごせなかったけどね。ウチも三年生だし、ミーシャちゃんも心を許している友達も少ないし。せっかくの学園生活なんだから、ひとつくらいはいい思い出があってもいいじゃない?」
にかりっ、と口端を上げる。
「だから、お願い。学園の王子様。そのあふれ出る包容力で、ミーシャちゃんを守ってあげてね」
「……その呼び方は、辞めてもらいたいのですが」
やれやれ、と肩をすくめる。
そして、彼も。嘘偽りなく答える。
「承りました。僕もあなたに嘘をつくことを辞めましょう」
覚悟は、もうできていた。
「僕の本当の名前。ガリオン公国の第二王子、クリストファー・ヴァン・ヴォルフガング=ガリオンの名に誓って。彼女を守ると約束します」
ドーナが、静かに息をのむ。
信じられないという目で、クリスのことを見つめて。
そして、その名前の意味するところを理解して。
恭しく、頭を垂れた。
「……なんや。ホンマもんの王子様やったんか」
そのドーナの顔には、安心と安堵に満ち溢れていた。
・次話更新は、9/29(木)の20時です。よかったら見てやってください! 感想も待ってます!




