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第10話「チョコロールサンドのある幸せ」

 クリスは呆れつつも、私にチョコサンドロールをくれる。


 わーい、って喜ぶと思ったか! 

 お前は、このコッペパンでも食ってろ。と言わんばかりに売店の袋を突き出す。どうせ最安値の購買パンだ。味もたいしたことないに決まっている。


 今からだと、食べる場所を探す時間はないか。


 まぁ、他の生徒に見られる心配もないし、なんか無駄に疲れたし。トホホとした表情で、少しでも離れようと、向かい合わせのベンチに座ろうとする、がー


「あ、そっちのベンチ。鳥のフンがあるよ」


「……」


 私は少しの間だけ黙って。

 大人しく、クリスの隣に座った。……ぐすん。泣いてないもん。


「えーと、ミーシャ? 君はここによく来るのかい?」


「……別に。たまに一人になりたいときとか。それくらいじゃない」


 なるべく距離を離すように座って、クリスと視線も合わせない。どうせ、周囲に人はいないんだし。行儀悪く足をかけて、背もたれに寄りかかる。……あ、このチョコロールサンド。おいしー。


「そっか。君でも一人になりたい時もあるんだね」


「何よ。文句でもあるの?」


「いいや。ちょっと安心したかな」


 は?

 と、ポカンとした私の顔を、クリスが穏やかな笑みを見る。


「君は、無理をしているだろう。ずっと、ずっと。誰にも甘えないように。ずっと無理をしてきた君が、いつか壊れてしまうんじゃないか。そんなふうに思ってたんだ」


 僕も、ずっと無理をしてきたから。よくわかるよ。

 そう言って、クリスは私の差し出した売店の袋からコッペパンを取り出す。


「はっ、ははっん! 何がわかるって言うのよ。優しい学園の王子様は、庶民育ちの女にも同情してくれる、ってわけ?」


 ふざけるな、と視線を鋭くさせる。

 そんな私の言葉が、そんなにも意外だったのか。クリスは驚いたように、目を見開いた。


「……同情か。そう聞こえてしまったのなら謝る。すまなかった。そんなつもりはないんだ」


「む?」


 今度は謝られたぞ。

 これも予想外。私はチョコロールサンドを味わいつつ、次の言葉を待つ。


「その、なんて言うかな。……心配だったんだと思う。君は大きなものを背負っているように見えたから。それは誰かに譲れるものでもなく、誰かに押し付けられるものでもない。ひとりでは抱えきれないものなのに、それを君は背負って生きている」


 僕も、そうだから。

 小声で、そう呟く。


「断言しておくけど。今の君は、ギリギリだ。自分でも気づいていると思うけど、壊れてしまう、本当にギリギリに立っている。……それでも、君は弱音を吐かない。泣き言を口にしない。他人のせいにしない。君が何を背負って、どんな想いでこの学園に通っているのか、誰にもわからない」


 クリスは今までにないほど、真剣な目になっている。


「きっと、誰も君のことに気づかない。君の苦悩に気づかないだろう。だから―」


 その時の言葉は、今も私を支えているのだろうか。


「君は、よく頑張っているよ」


「……え」


 ざわり、と背中が何かを駆け巡った。


 感情が揺さぶられる。

 心が、震えてしまう。誰にも、頼らないって。そう決めたのに。


 ……なんで。

 ……なんで、こんなヤツに。


「っ!」


 ヤバい!

 私は危険を感じて、慌てて顔を背ける。

 今はダメだ。今だけは。


「ん? どうしたんだい?」


 私の背中から、彼の優しい声がする。

 そして、心配するような様子で、そっと前へと回り込むと。彼は私の顔を見上げた。……だから、今はダメなのに。


「……ミーシャ」


「気にしないで! 時々なるの! 自分でも、なんか抑えられなくて!」


 視界がふやけて、ボロボロと零れ落ちる。


 あー、本当に。弱い自分が嫌いだ。

 誰かに優しくされたり、ちょっとでも理解してもらえると、いつもこうやってあふれ出てしまう。


「……っ」


 私は、弱い自分を押し込めるように、チョコサンドロールを口の中に詰め込んでいく。……うん、うまい!


「……ふふ」


 そんな私を見て、クリスは微笑んでいるだけだった。


 何も聞かない。

 何も問わない。

 優しく寄り添ってくれるような安心感。なんだかんだいって、こいつは優しい。うん、それは知っている。きっと、女の子が恋に落ちる瞬間なんて。こんな時なんだろう。


 ……まぁ、私には関係ないけどね!


 気丈に振舞って、瞼を擦る。

 軽く頬を叩く。

 大丈夫だ。私は、まだ戦える。


 甘いチョコロールサンドを飲みこんで、深く息をつく。こんな情けないところを見られたのは癪だが。まぁ、満足な昼飯に免じて許してや―


「あ、このコッペパン。すごく美味しい」


「……え、マジで?」


 私の、まだ湿ったままの瞳が。クリスと、彼の持つコップパンに注がれる。


 そういえば、あれは私の少ないお小遣いで買ったパンだ。だったら、私が食べてもいいんじゃないか? うん、私のパンは、私のものだ。何も問題はない。


「……ねぇ」


「なんだい?」


「……その、おめーが持っているコッペパン。私に寄越せよ〜」


 私はきっと、ちょっとだけ拗ねた顔になっているだろう。

 もしかしたら、頬も膨れているかもしれない。そんな私を見て、ぷっとクリスは吹き出して―


「やだよー」


 私の目の前で、美味しそうにコッペパンを口に運び出した。

 午後の授業が始まる前の予鈴。

 私たちは、コッペパンを巡って、子供のような言い争いを続けていた。



 結局、午後からの授業も。

 ほとんどがクリスと同じクラスだったり、同じ班だったりして。でも、昼間のあれはなんだったのか、というくらいに清々しい気分で授業を終えた。

 

 最後にクリスと宿題範囲を確認していると、教室に残っているのは自分たちだけになった。ちらちらと、私たちのことを見る女子生徒たちの視線が痛い。


 さっさと一人で帰らないと。


 そう思って、クリスに別れを告げるも。途中まで一緒に帰らないかい、と向こうから誘ってくる。


 うむむ、こういう時に意志の弱い自分が嫌いだ。


 太陽が傾きだして、夕陽になろうとしていた。

 クリスが下宿しているのは、優秀な生徒しか入居できない有名な寮だった。学生寮のなかでも最有力の優良物件であり、なにより一人部屋。


 くそ、うらやましい。

 私なんて、ルームメイトがいるせいで、泣く場所だって困るというのに。


「え? なんか、急に不機嫌にならなかった?」


「別にーっ!」


 むんっ、と唇を尖らせて帰路につく。

 私が下宿している小鳥寮は、いわば最果ての地。クリスが帰宅してシャワーを浴びている時間になっても、トボトボと一人で歩いていることだろう。


「送っていこうか?」


「いいわよ。遠いから」


 そう断って、クリスに別れを告げる。

 彼は最後に何か言いかけて、その口を閉じた。

 何を伝えたかったのだろうか。私は首を傾げながら、小さく手を振った。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



 それからというもの、クリスと過ごす時間が日常になりつつあった。


 とは言っても、同じ授業で。近くの席で。

 たまに喋りながら教室を移動して、時には一緒に昼飯を食べて。

 仲良くしすぎると学園で噂になるから、周囲の目がある時は、あからさまに他人のフリをして。でも、そんな配慮を察するわけもなく、向こうから私に近づいてきて。でもって、そんな彼から必死に逃げて。


 今日も、また。

 この微妙な距離感で、私たちは学園の生活を送っている。

 

 そして、帰り道に。

 私のことを見送っているクリスの視線が。

 何か愛おしいものを見るような目つきになっていることに。

 私は、気がつかなかった……

・次話更新は、9/22(木)の20時です。王子様のクリス君が壊れます(笑) よかったら見てやってください! 感想も待ってます!

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