第1話『ミーシャ・コルレオーネは、ガラスの靴の夢を見ない。』
~ミーシャ・コルレオーネは、ガラスの靴の夢を見ない~
「これは運命ですよ。あなたも、そう思いませんか」
学園の王子様が素敵な笑みを見せて、私に手を差し出す。
場所は、学園の大聖堂。
先日、謎の倒壊をしてしまった礼拝堂の代わりに、学園の行事は大聖堂で行われていた。ちなみに今日は、交流のある他の貴族学校とのダンスパーティ。
ドレスやタキシードに身を包んだ生徒たち。彼らが見守っているのは、ひとりの王子様だった。
凛々しい顔立ち。
金色に輝くブロンドの髪。
身長は高く、すらりとしているが、華奢な印象はまるでなく。白いタキシードの上からでも、細身ながらがっしりとした体格なのがわかった。
そう、そこには。
女の子なら誰もが憧れる、白馬の王子様のような美男子が。爽やかな笑みを浮かべて、ひとりの女の子へとひざまずいていた。
「迎えに来たよ、僕だけのお姫様。さぁ、僕の手を取って一緒に踊ってくれませんか」
キラキラとした瞳。
疑うことも知らないような純粋な眼差しの先には。
嫌悪感で顔を引きつらせている、私がいた。
……なぜだ。
……いったい、どうしてこうなった!?
女子学生たちの誰もが見惚れるという笑みを向けられながらも、私の胸中は激しく苦悩する。
こうならないために、今まで必死に頑張ってきたのに。平凡で普通に生きていくために、いろんな努力を積み上げてきた。それなのに、なぜ!?
……あぁ、神様よ。
……この世で最も使えない奴よ。お前はどうして、こんな嫌がらせをする? 私がいったい、お前に何をしたというのか!?
差し出された王子様の手。
固まったままの、庶民育ちの私。
そして、それを見守っている学園の生徒たち。
きらびやかなドレスに着飾った貴族のお嬢様たちは、きゃー、きゃー、と騒ぎながら黄色い歓声を上げる。
「ねぇ、ご覧になって! やはり、あの方たちは愛し合っていたのよ」
「きゃー、王子様! 今日も素敵です!」
「お二人とも、どうぞお幸せになってください!」。
そこで繰り広げられていたのは、誰もが夢を見るシンデレラストーリーだった。
庶民の家庭で育った女の子が、ガラスの靴と共に王子様と永遠の愛を誓う。はい、たいへん結構です。……勝手に他人がやる分には!
「愛しいお姫様。僕は一生、君のことを守ると誓おう。君の幸福も不幸も、その一人では背負うには重すぎる過去も。一緒に分かち合って生きていこう」
王子様から手を握られて、ぞわりと背筋が凍り付く。
このクソ王子が。
あんな事件があったというのに、なんでこんなにも能天気なんだ!?
平和で、平凡な人生を求めている私にとって、この王子様は。……破滅をもたらす悪魔でしかない。
「さぁ、皆のもとへ挨拶に向かおう。きっと僕たちの未来を祝福してくれるよ」
きらりっ、と白い歯が輝く。
手を引かれて、ドレスの裾が揺れる。借り物のドレスだというのに、私の心境を写しているようで、実に嫌そうに強張っていた。
……ヤバい。現実逃避しそう。
意識が朦朧としているうちに、壇上へと連れていかれていって。気がついたら、誰かを祝福している拍手を浴びている。
こうなったら、こいつを人質にして逃げ出すか!?
そうと決まれば、善は急げだ。
私は軽く身構えると、学園の王子様の背後に回り込み、首に銃のカタチをした指を突きつけようとする。
だが、そんなことさえ読まれていたのか。
ひらりと王子様はかわすと、そのまま私の腰に手を回して自分のほうへと抱き寄せた。おい、やめろ! 顔が近いぞ!?
「……これくらいのことは、僕にも予想できるよ」
「……ぐぬぬ」
これだから、優秀なイケメンは嫌いなんだ。
私は逃げるという選択肢も奪われて、舞台のヒロイン役を強要させられる。
くそ、私は絶対に落とされないからな!
私は引きつった笑顔のまま。
薄れゆく意識で、これまでの平凡に満ちた学園生活を思い出すのだった。
……くたばれ、神様。
……そして地獄に堕ちろ、学園の王子様。