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七瀬ゆゆ

【コミカライズ】婚約者の浮気相手が懺悔しにやってきたので、まとめて断罪することにしました

作者: 七瀬ゆゆ

この世界には、神の声を聴くことができる清らかな身体をもった女性たちがいた。

その女性たちは聖女と呼ばれ、各地の教会で慎ましやかに暮らしている。

彼女たちは聖女の務めとして、祈りを捧げ、神の声に、民の声に耳を傾け、神と民の橋渡しを行っていた。

彼女たちへの信仰は厚く、この世界の8割は彼女たちを信仰しているため、教会はこの世界に点在していた。

聖女を巡って国が亡んだり戦争を起こしたという歴史も残っているくらい、彼女たちは各国にとって重要な存在であった。


中でも特に神々の声を聴く力が強い女性は、大聖女と呼ばれており、現在は世界では1人しかいない。

そんな、大聖女のエリスは、大聖女の名に恥じない豪華絢爛な大聖堂で暮らしていた。しかし彼女は、聖女らしく、慎ましやかに日々を送っていた。そう、今日までは。


エリスの1日は、神への祈りを捧げ、神の声に耳を傾け、民たちへのお告げを伝えることからはじまる。そのあとは、大聖堂の懺悔室で民の罪を聞く。そして、明日の朝、神にお告げをいただく民の罪を精査して1日が終わる。民の罪は多い時で1日20人ほどを聞いていた。ちなみに、懺悔室の利用は予約制だ。

罪というのは人間誰しも、大なり小なりあるものだ。軽微なものは神はお許しになりましたと後日伝達を送り、犯罪などは自首を促す伝達を送る。しかし、判断に困るものは神からのお告げを翌日の朝の祈りの時間にいただく。


エリスは今日も懺悔室の椅子に座り、迷える民を待つ。懺悔室は大きな机と椅子が2脚あり、短いカーテンで中央が仕切られている。机を挟みいすに座るとちょうど相手の首から上が見えなくなっておりプライバシーは守られている。しかし、これは儀式的なものだ、懺悔に来る人々はカーテンの向こうに大聖女であるエリスがいるということは暗黙の了解である。

しばらく待つと、扉が開かれ、コツコツとヒールの音を鳴らしながら人が入ってきた。ヒールの音ということは女性だろう。


「どうぞ、お座りください」


エリスは、女性へ声をかける。


「あら、ただの平民の癖に私に指図するっていうんですの?だいたい貴女、平民の癖に私よりも先に座っているだなんてなにごとかしら!?」


エリスの耳に劈くような甲高い声が響く。


「神の御前である聖堂では、みな平等です。神の教えをお忘れでしょうか?」


確かにエリスは、聖女としての能力が開花するまで平民として王都の城下町で育った。しかし、神の教えでは身分関係なくみな平等であるとし、聖女たちはその教えを説いていた。

エリスもその教えに則り、毅然と返事をする。


「んまあ!平民の癖に生意気ね!私のこと誰だかわかっているのかしら?私はシュヴァイツ子爵家令嬢のスカーレットですのよ?」


バシンッと大きな音を立て、スカーレットは持っていた扇子を椅子にたたきつける。

エリスは、呆れながらも口を開く。


「…スカーレット様、席にもつかれないのでしたら、お帰りいただけますでしょうか?ほかの信徒が待っておりますので。馬車までお見送りする神官をお呼びいたしましょう」


エリスは、懺悔室で何かあったときに鳴らす様に渡されているベルに手をかける。


「っ…!わかりましたわ!」


スカーレットは慌てたように椅子へと座る。その様子を見て気を取り直し、エリスはスカーレットに問う。


「今日はどうされましたか?」

「私が美しく魅力的であるということを懺悔しにきましたの」


意味がわからない。エリスはこめかみがピクリと動いたのを感じつつ、沈黙を持って続きを促す。


「聞いているのかしら、この木偶の坊さん?まあ、いいですわ。そんな風に澄ましていられるのも今だけだもの。貴女の婚約者、エーリッヒ様のことでお話がありますの!」


エリスのこめかみがピクピクと反応する。エリスには婚約者がいた。この大聖堂を切り盛りする大司教の一人息子のエーリッヒだ。エリスは大司教とエーリッヒのことを内心嫌っていた。嫌いだが大きな恩義があり今日までを過ごしてきた。


大司教は権力欲の塊だ。この大聖堂を見るとよくわかる。大広間にあるシャンデリアには天然物のクリスタルとダイヤモンドが散りばめられており、絨毯も最高級品でフカフカだ。大司教の部屋になんて柱や壁に金箔が貼られている。

しかし、大司教が親を失い裏路地で息も絶え絶えになっていた幼いエリスを助けてくれた。大司教がエリスを助けなければエリスは今生きていなかったかもしれない。たとえ、エリスに神の声を聴く力があるのをわかっていたから助けたのだとしても。そう考えるとエリスは大司教を無下にはできなかった。大司教の息子であるエーリッヒとの婚約が権力欲の塊である大司教の権力を確固たるものとするためだけのものであったとしても。


エーリッヒは、一言で言うと頭が足りない。エーリッヒの頭の足りなさには大司教も辟易しており、貴族としての嗜みや知識はすべてエリスに詰め込まれている。元平民であるエリスにもこれらの習得はとても難しいことだったが、エーリッヒよりは飲み込みが早かった。

大司教の息子と大聖女のエリスの二人がそろうと、国の式典などの公の行事によく招待をされる。その度に、エリスは、エーリッヒの尻ぬぐいをしていた。食事会ではエーリッヒの汚い食事姿を隠し、重鎮たちとの挨拶ではそっと耳打ちをしていた。それなのに、エーリッヒのエリスに対する当たりは強く「平民のくせに生意気だ」とよく言われていた。


「国の重鎮の方々に重宝されてるエーリッヒ様と平民でしかない貴女は釣り合わないと思いませんこと?平民が大聖女なんていう地位に卑しくも就いているだなんて、なんて罪深いのでしょう…私は優しく心清らかですから、今すぐエーリッヒ様との婚約を破棄して、大聖堂から姿を消すのであれば貴女の罪を許しましょう」


スカーレットは捲し立てるように話し、額に手を当て大げさに首を振る。

エリスは、国の重鎮の方々に重宝されてるエーリッヒとはどこのエーリッヒのことだ。また馬鹿の尻を拭わなければいけないのか面倒くさいな。というかこの女は罪を許すとは聖女か神にでもなったつもりなのか?と思いつつ口を噤みスカーレットを観察する。


「エーリッヒ様も貴女の生い立ちには同情されていらっしゃるから、貴女が婚約を破棄して、大聖堂から姿を消せば今までの無礼は許すとおっしゃっていましたわ。そして、私との結婚を約束もしてくださいましたの。あ!そうですわ!エーリッヒ様が、大司教様にも私との結婚の了承を得たとおっしゃっていましたわ。大司教様は、『スカーレット嬢との結婚がしたいのであればかまわぬ。神の声が聞こえるのであれば、エリスに拘る必要はない。替えは利く。だが、あやつの力は強い。スカーレット嬢のスペアとして繋ぎ止めておけ』ですって!ふふっ、貴女ご両親も亡くなられているらしいじゃない。この世界に貴女を必要としている人なんて誰もいないのね!んふふ。パーティーや式典ではいつも澄まして偉そうにしているけど、誰からも必要とされてないなんて、とっても面白いわ!」


スカーレットは、あはははははは!と大口を開けて笑う。その姿は、令嬢とはいい難い姿だった。

エリスは、自身の身体を巡る血が沸騰しそうな感覚を感じた。今まで嫌々ながらも尊重をしてきた大司教からもそのように思われていたのにも腹が立ったが、エリスを貶めるために両親を引き合いに出したのが一等腹立たしかった。両親は貧しくとも、エリスに惜しみなく愛情を注いでくれた。そのことを考えるとエリスは、怒りで身体が震え目の前が真っ暗になった。


「あはっ!怒ってるの?事実じゃない!」


笑い転げているスカーレットを尻目に、エリスは深呼吸し自分を落ち着かせる。これは、大司教に連れてこられた教師に貴族の嗜みとして教えられたものだ。そして、姿勢を正し口元に笑みを携える。これも、大司教に連れてこられた教師に貴族の嗜みとして教えられたものだ。そう考えると笑いがこみ上げてくるがぐっと飲みこむ。


「懺悔は以上でしょうか?」

「もう、いつもの調子にもどってしまったの?つまんないわ!で、婚約破棄して出てってくれるの?」


スカーレットは、スカーレットとエリスの間にあるカーテンを開き、ずいっと顔を寄せる。スカーレットの化粧品と香水の混じりあった匂いがエリスの鼻孔をくすぐる。むせそうになりつつも口角は下げずに口を開く。


「…わかりました。聖女の婚約は神の御許で行われたもの、破棄も神の御許で行われます。明日の朝、祈りの時間に婚約を破棄しましょう。もちろん、来てくださいますわよね?」

「あら、素直ね!もちろん、伺うわ!」


スカーレットは、にんまりと笑みを携え、踵を返し、赤いヒールをコツコツと鳴らし懺悔室を後にした。


「っあ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


エリスはスカーレットが出て行ったのを確認すると叫んだ。

スカーレットのにんまりと笑う唇を、エーリッヒが「生意気だ」と言っているときの怒りの籠った目を、大司教の偽善で彩られた声色を、エリスは思い出し怒りがこみ上げる。

誰もいない懺悔室でエリスは天を仰ぎ、椅子の背もたれに腕をまわし、足を組み、椅子を傾ける。先ほどまでのエリスとは全く違う装いに、ここを通りかかった神官がいたら驚いたかもしれない。しかし、平民生まれ、裏路地育ちのエリスには、これが普通の姿だ。「みんな聖女に夢見すぎよね~。確かに、身体は清らかだわ?だけど、別に心までは清らかじゃないわ~」というのがエリスの心の中の口癖だ。


「どいつもこいつもムカつく!!」


エリスは、ダンッと机に拳をたたきつけ肩を震わせる。深呼吸をし、これからの算段を立てる。


「はぁ~~~…いいじゃん、やったろうじゃん」


エリスはニヤリと笑い、紙にペンでさらりと文字を書き、神官を呼ぶベルを鳴らした。


「今日の、懺悔室はこれにて閉めますわ。それから、こちらの内容と同じものを新聞各社にお送りいただけますか?」


ーー明日、神からの重要なお告げがあります。ご取材を希望される方は、朝の祈りの時間に大聖堂へお越しくださいませ。



エリスは朝起きると、寝間着をトランクに詰める。中には、昨日の夜に詰めておいた服や聖書、少しばかりの路銀が詰まっている。


「さてと、今日もお祈りに行きましょうか」


エリスが敷地内にある住居から大聖堂の扉の前まで行くと、大司教がいた。大司教は蓄えた髭を撫でながらエリスに声をかける。


「エリス、今日は記者が多くないか?」


エリスはステンドグラスの向こうに見える大聖堂をチラリとみると、視界の端にスカーレットを捉えた。スカーレットが約束通りに聖堂にいることにエリスは満足し、にこりと笑い大司教に向き合う。


「おはようございます、大司教。気のせいではございませんか?」

「そうかね」

「そうですとも。さて、エーリッヒはどちらに?」

「ふむ。また遅刻かあいつは」

「まだ、定刻まで時間はありますわ…あと、1分ですけども」

「そこの君、エーリッヒを呼んできてくれ」


記念すべき日に遅刻とは、何のつもりかしら?貴方の望み通りになるというのに。エリスは、心の中で悪態をつきながらも大聖堂の前でエーリッヒを待つ。

しばらくたつと、よれよれのエーリッヒがやってきた。エーリッヒからふわりと化粧品と香水が混じりあった匂いが香った。昨日、嗅いだ匂いだ。エリスの脳内に、コツコツと耳障りな赤いヒールの音が響いた。


「では、揃いましたし入りましょう」


エリスはそういうと、大聖堂へと入る。大聖堂には、新聞記者はもちろんのこと、貴族に王族まで揃う圧巻の光景であり、聖女信仰の深さを感じられる。


「みなさま、おはようございます。本日の懺悔は2つでございますわ」


そういうと、神官が用紙に書かれた懺悔の内容の音読を始める。


「懺悔。『私は美しく魅力的な子爵令嬢です。神の声を聴くこともできます。大司教様のご子息と良い仲になってしまいました。しかし、ご子息は大聖女様と婚約しております。』」


神官は、ここまで読んだところで、言葉に詰まった。なんとも言えない顔をしている。この神官とは、この朝の祈りの時間だけではなく、業務でよく顔を合わせる顔なじみだがこんな表情をしているところを見たことないと、エリスは神官の新たな一面を発見する。

ちらり、とエリスが王族のほうを見ると。国王の眉間にしわがよっており、王妃の目はスッと細められていた。大層、お怒りの様だ。国王夫妻は、熱心な信徒で有名だものねとエリスは思い心の中で舌を出す。

次に、スカーレットの方を見ると満足そうにこちらをみていた。今日も赤いヒールを履き、濃い化粧をしている。

最後に、エーリッヒと大司教のほうをみるとエーリッヒは話を聞いていないのか欠伸をしており、大司教はブルブルと震えており、今にもこちらに飛び出してきそうだ。しかし、聖女の祈りを妨げるのは重罪だ。この茶番はもう誰にも止められない。


「『私は、大聖女という地位に平民でしかない人が就いているなんて許せません。大聖女様には、ご子息との婚約を破棄して、大聖堂から姿を消していただきたいと考えてます。』以上です。大聖女様…これは懺悔では…」


耐えかねた神官が、エリスに声をかける。

大聖堂にいる信徒は、ヒッと息をのむ。聖女を侮辱することは大罪であるからだ。


「祈りをささげる時間ですよ。口を慎みなさい」


エリスはぴしゃりと神官を諫めた。神官は、それ以上何も言えずに黙る。


「それでは、神のご意思を伺いましょう」


神官は聖水が溜められた水がめに、懺悔の内容を書いた紙と真っ白な用紙を浸す。真っ白な用紙は神の声をそこに降ろすためのものだ。

エリスは膝をつき、手を組み、目を閉じて、祈りを捧げる。騒然としていた信徒たちも慌てて手を組み祈りを捧げた。


エリスは脳内で、神を呼ぶ。


『はあい、エリス。大変そうね』


気の抜けるような女性の声がエリスの頭に響く。


「大変そうどころじゃないんだけど!事情は、さっき聖水を使って送った通りよ」


エリスも脳内でその声に返事をする。


『読んだよ~。個人的にはこんなゴシップが見れて、すっごい満足!』


この神は、こういう痴話が大好きなのだ。この手の懺悔があったら、エリスで判断せずに絶対に祈りをささげて知らせるように言われているくらいだ。

エリスはこの世界を舐め切っている神が嫌いではない。むしろ、ちょっとした悪友的な親近感を覚えている。この前のずるいずるいと言っている妹に辟易している姉の話の時もとても楽しかった。


『あ、ちなみに、彼女、私の声なんて聞こえないよ』

「え、本当?それじゃあ、嘘ってこと?」

『昔は、少し、聞こえたみたいだけどね。今は、ほら、エーリッヒとの関係で清い身体ではなくなったからねぇ…』

「なるほど、そういうこと…」

『で、どうしたい?』

「そうねえ…いいこと思いついちゃった!」


エリスは、お告げとして降ろしてほしい内容を神に伝える。


『エリス~、あんたも悪いこと考えるわねぇ』

「あら、そうかしら?今まで、私にしてきたことを考えたら、それほどでもないんじゃないかしら?」

『あんたのそういう所、大好き!』

「褒め言葉として、受け取っとくわ。それじゃ、私は戻るわね」

『はーい、行ってらっしゃい』


目を開き、立ち上がる。それを察知した神官が、水がめから用紙を取り出す。不思議なことに、聖水に浸されても懺悔の答えを書いた紙は聖水から取り上げると乾いており、神からの答えがきれいに読める状態なのだ。神官が紙の内容を読み上げる。


「『大司教の子息と大聖女の婚約を破棄して、大司教の息子と子爵令嬢の婚約を認めよう。そして、大聖女はこの大聖堂付きの聖女としての任を解く。任を解くため、この大聖堂付きの聖女として、子爵令嬢スカーレットを任命する。これ以降の祈りは、スカーレットが捧げること』」


スカーレットが「やったわ!」と声を上げ、信徒もとざわざわと声を上げる。


「つまり、大聖女様を侮辱していたのはスカーレット嬢ってこと?」

「聖女になったから、大聖女様を侮辱した罪はどうなるの?免除ってこと?」

「しっ!聖女になられたんだから侮辱とみなされて罪に問われるかもしれないわ!」


エリスはこほん、と一つ咳払いをする。


「みなさま、お静かに。まだ、祈りの時間は終わっておりませんわ。スカーレット様、こちらに出てきてください。」

「なんで、大聖女でもない貴女に命令されなくてはいけないのかしら?」

「スカーレット様、勘違いされているようですが、私はこの大聖堂付きの聖女としての任を解かれただけで、大聖女のままですよ。貴女を信徒の皆さまに紹介しなければならないので、出てくるようにお願いしただけですわ」

「わかったわよ。でも、偉そうにしないでほしいわ!」


スカーレットは赤いヒールをコツコツと鳴らしながら、前へでてきた。


「はい。では、信徒の皆さま。こちらが、新しい聖女のスカーレット様です」

「皆さま、お初にお目にかかりますわ。私、シュヴァイツ子爵家令嬢…」


エリスは、スカーレットの口の前にそっと手を差し出し、黙らせた。


「なによ!」


スカーレットは、憎々し気にエリスを見る。


「スカーレット様、貴女は聖女として清い身体でなくてはなりません。そのため姓は捨てていただきます。貴女は、もう、シュヴァイツ子爵家ご令嬢のスカーレットではなく、ただのスカーレットです。」

「姓を持たないってことは、つまりは平民ってこと…?」

「そういうとらえ方もありますね」

「うそでしょ!?嫌よ!」

「神のご意思ですので…さて、では本日の残りの懺悔への祈りは、スカーレット様に行っていただきましょうか」

「え!」

「私は、ここを出ていくために荷物をまとめなければなりませんので。これにて失礼いたしますわ」


エリスは、にっこりと笑うと、まとめた荷物を取りに自室へ向かった。



聖女の衣装から平民の娘が着る服へと着替え、荷物を持ち、馬車を待つために大聖堂の前へとエリスはやってきた。

大聖堂の扉が開いており、中の(又は)外から様子がうかがえた。エリスはそちらをちらりと見る。そこには阿鼻叫喚が広がっていた。


「なぜ!なぜ、エリスを手放したのだ!キープしておけとあれほど言っただろう!」

「エリスなんて、身体を許してくれない面白味のない女、どう愛せっていうんだ!」

「愛せなんていつ言った!手の内に収めておけといったんだ!それに、お前、スカーレットと寝たということか!?」

「あんな平民の女がそんなに大事か?神の声ならスカーレットが聞こえる!」

「スカーレット?あんな汚れた身体の女に神の声が聞こえるものか!」

エーリッヒの肩を握り揺さぶる大司教と嚙みつくように言い返すエーリッヒ。


「つまり、スカーレット嬢は清らかな身体ではないということですか!?」

「ち、ちがう!私には神の声が聞こえるわ!」

「では、なぜ、用紙に神のお告げが記されないのですか!?」

「あんたが、ピーチクパーチクうるさいから、集中できないのよ!」

神の御前で言い争う、神官とスカーレット。

新聞記者はこの場の証言をひとつでも残すかと血眼になりながら、ペンを動かす。


「黙れ!!!!」

ドンッ。国王が杖を大聖堂の床に叩きつける。

大聖堂が一気に静まり返った。


「聖女信仰を蔑ろにしおって!聖女の祈りの時間を妨げおって…。聖女は虚言のようだったがな」

「嘆かわしいわ…。どうしてこんなことに…」

「兵よ。こやつらを城の地下牢へといれよ!」

王妃は扇を握りし天を仰ぎ、国王は血管が浮き上がった顔で兵に命令を下す。


「え!ちょ!なにすんのよ!」

「私に触るんじゃない!ここは私の大聖堂だ!勝手をするな!」

「え、え!なんだこの人たち!」


じたばたと暴れる3人を兵が連れていき、大聖堂の扉が閉じられる。平民の姿をしたエリスに気づくものはいなかった。エリスは形のよい唇をにんまりと吊り上げると、脳内で彼女を呼ぶ。


「は~。ここまで想定通りだなんて、笑っちゃうわね」

『ほーんと、悪いこと考えるよね、エリスって』

「あら、貴女には言われたくないわ。今回は私のアイディアだけど、いつもは2人で考えるじゃない」

『そうね~、伯爵令嬢とその婚約者の時も可笑しかったけど、今回のはその比じゃないね!』


クスクスと笑いあう2人。エリスが大聖女たる所以は、祈りを捧げなくても聖水の水がめに用紙を沈めなくても、神の声が聞こえるどころか神と会話できることだ。

エリスの目の端に、赤いヒールが落ちているのが入った。ひょいと、エリスはそれを持ち上げる。


「あの!エリス大聖女!」


少し開いた大聖堂の扉からするりと小柄な記者がエリスに駆け寄る。


「あら、ぶら下がり取材は予定になかったんだけど」

「今後どうされるんですか!?」

「そうね、各地を回って、私みたいに虐げられた女性を救うのもいいかも。なんてね」

「で、では、次…」

「もう、幕切れよ。明日の朝刊の一面楽しみにしてるわ」


エリスは、赤いヒールを茂みに投げ込むと、やってきた馬車に乗り込んだ。

よろしければ、他の作品も、お目通しいただけると嬉しいです!


2021/9/1 追記

8/4の日間異世界〔恋愛〕ランキング、1位にランクインしました!

初の1位、とても嬉しかったです!

誤字脱字報告も、ありがとうございます。

すべてに目を通させていただき、対応させていただきました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] スカーレットが言った「大司教の発言」には証拠がないのに信じてしまうのはどうかと思った。 この時点ではスカーレットが嘘を言う、或いはエーリッヒがスカーレットに都合の良いことを言った可能性…
[良い点] テンポが良くてとても面白かったです! [気になる点] スカーレット嬢も神の声が聴こえる、という話が唐突に出てきた感じがしました。 スカーレット本人が話した箇所が存在せず、大司教が「神の声…
[一言] 水戸黄門のように諸国行脚して世直しする大聖女と女神さまのお話が読みたいと思いました^ ^
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