大魔王の約束
「やめろ…戦うなッ!それ以上は…!」
薄暗い闇に閉ざされた世界に悲痛な声が響く。
漆黒のローブを羽織り、赤い目が光り、手には大剣を握る。彼こそは、かの極悪非道と言われた大魔王ヘルトだった。
しかし人々に恐れられる魔王の姿は既にない。唇はわなわなと震え、今にも泣き出しそうに顔を歪めている。
視線の先にある水晶には、満身創痍の忠臣たちの姿があった。
『回廊が突破された!』
『王の部屋には行かせるな!命を賭してお守りせよッ!』
彼らの前にはわずか五人の人間。しかしその戦闘スキルは凄まじい。
「頼む…兵を退いてくれ!」
『それはなりません、ヘルト様』
美しい青の双眸が魔王を貫いた。
「エレナ…」
『貴方様は正しい。どうして戦うことをやめるのです』
「お前たちが死ぬくらいなら…!」
『悪に屈せよと仰るのですか』
己の正義を曲げること。それは魔王が最も嫌ったことだった。
『我らは忠誠を誓いし者。命尽きようとも、お守りいたします』
エレナは剣を構えて僅かに笑ってみせた。
魔王が息を呑んだ、その時。
稲妻が視界を白く染め上げた。衝撃に水晶は割れ、思わず魔王は目を固く瞑った。
そしてゆっくりと瞼を持ち上げると。
辺りは異常なほどに静かだった。
臣下たちがどうなったのかも知れず、魔王は震える声で叫んだ。
「しょ、召喚!」
目の前の空に印を刻む。
傷だらけの白い肌。血に染まった鎧。エレナは瀕死の状態で床に倒れ込んだ。
「エレナ!」
駆け寄った魔王に、薄らと瞳が開かれる。
「回復薬を…!」
震える両手で掴み出した小瓶を、エレナは首を振って拒んだ。
「もう手遅れです。だって、もうどこも痛くない」
思わず涙が零れ、エレナの鎧に落ちた。
「何が…」
「分かりません。ただ恐らく皆も…」
人間たちのあまりの所業に、魔王は怒りと悲しみに打ち震えた。
エレナはその手を優しく握る。
「お願いです…貴方様の正義を曲げないで下さい」
それは残酷な願いだった。
彼に、それでも戦えというのだから。
「どうか、最後に約束を…」
魔王は思わずその体を強く抱きしめた。
「貴方様にお仕えできて…幸せでした…」
エレナは白い光の欠片となって消えていく。
呆然と座り込む魔王の背後で、重い音と共に扉が開いた。
「…分かったよ。約束しよう」
徐に立ち上がった魔王に、人間たちは血にまみれた剣を向けた。
見ていてくれ。
俺はお前たちの信じた正義を貫いてみせよう。
大剣を振りかざして、大魔王は言う。
「よく来たな…“勇者”たちよ」




