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正義のヒーローは予想を裏切る




「僕の名前は、牧原ソラ。君と友達になりたいんだ」



 少し屈んで私と視線を合わせた牧原ソラ先輩は、無邪気そうな顔してそう話しかけてきた。

 その表情は、警戒していたのがバカらしくなるくらい柔らかいもの。私は、無意識に入っていた肩の力を抜いた。


「……それは、どういう」


 でも、言っている意味がイマイチわからない。


 友達?

 先輩なのに?

 それに、急に話しかけてきてなんだっていうの?


「アズサちゃん、僕たちの間で有名なんだ。世話焼きのギャルちゃんって。だから、興味持って話しかけたって感じ」

「……お話、それだけなら帰ります」


 なにそれ。

 バカにしてるの?

 水泳部の人もそうだったけど、私をなんだと思ってるんだろ。


 私は、ここまで素直についてきたことを後悔した。

 告白してくるってことは、それだけ覚悟決めて話しかけてきてくれたはず。だから、話だけでも聞いてあげないとあれじゃない?

 そう思ったんだけど。


「ああ、もちろんそれだけじゃないよ」


 牧原先輩は、帰ろうとした私の腕をとった。

 振り解こうとしたけど、やっぱりスポーツ科ね。力が強い。


「……なんですか」


 私は、少し不機嫌になりながら返事をする。

 ……だって、お腹空いたし。八つ当たりしたっていいじゃないの。


「遠回しな聞き方嫌いだから率直に言うね。アズサちゃん、処女?」

「はあ!?」


 ちょっと!初対面の人になんてこと聞くの!?

 しかも、誰か聞いてるかもしれない廊下でする話なの!?


「あはは、顔真っ赤。可愛いね、アズサちゃん」

「……離してください。戻ります」


 いけない。

 こういう人には、あまり反応しない方が良いんだった。


 ……にしても、なんなのこの人。

 経験、あるわけないじゃない。なんで、教えないといけないの。

 こんなストレートな人、今までいなかったからどう反応したら良いのかわからないわ。


 それより私は、早く帰りたかった。

 こんな時間かかるって思ってなかったわ。みんな、先にご飯食べてると良いんだけど……。


「アズサちゃん、噂よりずっと真面目ちゃんなんだ。もっと遊んでるかと思った」

「……お昼、終わるのでもう良いですか」

「良いよ。でも、これだけはさせてよ」

「!?」


 牧原先輩はそう言うと、私の身体を引き寄せて抱きしめてきた。


 それは、青葉くんにされたことと同じなのに、どこまでも私に不快感を植えつけてくる。

 体温も、腕の力も、何をとっても気持ち悪いものだった。


 これは、何?


「ちょっと……何を」

「んー?僕、アズサちゃんのこと気に入っちゃった。本気で狙っても良い?」

「やだ、やめてっ……くださっ」

「力、結構強いんだ。何か鍛えてるのかな」

「……だ、誰か」

「誰も来ないよ。お昼だと、ここ誰も通らないんだ」

「そんなことって……」


 いくら力を入れても、ビクともしない。

 でも、身体が締め付けられる痛みはない。多分、この先輩は慣れてるんだ。


 私の感情は、イラつきから次第に恐怖へと変わっていく。


「ちょっと強引すぎたね。ごめんね、アズサちゃん」

「わかってるなら、離してくださいっ……」

「だって、離したら逃げちゃうでしょう?」

「っ……」

「予約だけさせてね」


 牧原先輩は、そのまま私のワイシャツの第二ボタンをサッと外し、首付近に顔を近づけてきた。

 その流れるような「作業」に、私は抵抗をするという思考が停止する。


「い、痛い!」


 すると、首筋に鋭い痛みを感じた。

 首筋に針を刺したような、そんな感覚がやけに大きく身体に響く。


「や、やだ!やだっ……離して!」


 その感覚に耐えられなくなった私は、堪えていた涙を頬に落としてしまった。


 誰か、誰か。

 助けて。

 誰でもいいから。


「無理やりごめんね。もうこれ以上はしないから」

「嫌だ、嫌だ……助けて」


 一回崩壊した涙腺は、止まらない。

 嗚咽も混ざり、私はパニックに近い心境に落ちていく。



「……離せよ。嫌がってんじゃん」



 その時、後ろから見知った声が聞こえてきた。

 でも、その声は私が歓迎するにはちょっと難しい人物のもの。


「……橋下くん?」


 そうなの。


 振り向くと、後ろにはなぜかいつもと違う髪型をした橋下くんが、息を整えるように呼吸しながらこちらを睨んでいた。



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