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牧原先輩は意外と「大人」


 屋上には、昨日降った雨が水溜りになって残っていた。これって、校舎の老朽化の指標になるんだって。

 以前保健室登校してる時、教頭先生がやってきて一緒に屋上でお昼を食べたことがあって。その時に、そんな話をされたんだ。水溜りを見る度、それを思い出す。


「うま……」

「じゃあ、ずっと一緒に居ようね」

「それは勘弁」

「あはは」


 俺は、牧原先輩に全部話した。


 中学の話から、「断れない男」になってセフレで遊んでたこと、不登校の時のことや、美香さんのこと。鈴木さんの出会いは話してないけど、それ以外は洗いざらい話した。もちろん、仕事のことや母親のこともね。

 先輩は、口を挟まずに俺の話を聞いてくれた。


 身体の傷も、刺青の話もした。

 けど、先輩は「見せて」とは言わない。ただ、「頑張ったね、ケーキ食べようか」と言って皿に乗ったケーキを渡してきただけ。


「もしそのモデルとセフレを止めたいなら、徹底的に無視しな。仕事以外では構わないで」

「でも、それで鈴木さんに危害が行ったら……。実際、奏が」

「反応すればするほどそう言う人はつけあがる。君に見てもらえるのが嬉しいからね、なんだってするさ」

「でも、俺も悪くて」

「でもでもだって君、逃げることも必要ですよ?」

「っ……」


 そんな優柔不断じゃない!

 そう言おうとするけど、さっきから「でも」しか言ってないことに気づいたから口を閉じた。


 先輩の言っていることは、多分正しい。「逃げろ」は、昨日千影さんにも言われたことだ。

 でも、ああ……。でも、だ。でも、そこで逃げたら俺は自分のことがもっと嫌いになりそうで。


 俺は、口に運ぼうと思ったケーキを皿に置く。


「お互い遊びで始めたことに、相手が本気になってしまった。しかも、断れないのを良いことにつけ上がってくる。それってそもそも土台が変わってるし、もう説得不可能でしょ。僕だったら逃げるな。で、大切な人の側に居て何かあった時すぐ守れるようにする」

「……大切な人」


 優先すべきは、鈴木さんだ。それはわかってる。


 俺は、鈴木さんの笑顔を守りたい。

 もし、俺が居ない方が笑っていられるならそれはそれで。視界から消えれば良いだけの簡単な話。


「君、なんだかんだ言って梓ちゃんのこと大好きでしょう」

「めちゃくちゃ好き、です」

「僕、君が付き合う気ないならいつでももらいに行く準備できてるからね。君以外の人に、梓ちゃんを取らせるつもりないし」

「先輩の方が、鈴木さんのこと考えてるしお似合いですよ」

「それ、本気で言ってるなら今すぐぶん殴るから立ってよ」

「……ケーキ、食べてからで良いですか」


 仮にも、スポーツ科の人に殴られたら少なくとも全治1ヶ月でしょう。だって先輩は、結構筋肉の付きが良いから。俺なんかホチキスの針だ。すぐに折れる。


 俺がそう言うと、先輩は笑いながら「ゆっくり食べて」と言ってきた。お言葉に甘えて、ゆっくり食べさせてもらおう。


「はあ。にしても、その状況はよくないねえ」

「……友達との喧嘩は内容知ってます?」

「知ってる知ってる。お友達ちゃんたちが、梓ちゃんがいつも早く帰る訳を知りたくて放課後に後をつけたんだって。それで、知らない彼女を見ちゃって「騙された」って憤慨してる感じ」

「え……。それ、鈴木さん悪くないじゃないですか」

「ねー。まあ、そっちは僕たち関係ないから口出しちゃダメだよ」

「……先輩は大人だ」

「大人ですよ。君が子供なだけ」

「反論できねえ……」


 先輩と話せて良かった。


 奏に眞田くん、千影さんに先輩に。俺は、恵まれている。

 みんな俺の意見を尊重してくれるし、ダメなことはダメと教えてくれる。こんな環境に居るのが申し訳なくなりそうだ。


 なんて思いながら最後の一口を食べ終えると、


「よし、じゃあ……」

「なんですか」

「殴る」

「は!? え、冗談じゃ……」

「なんかムカついてきた。僕の妹も泣かせて」

「それはちゃんと断って「わかってる、りっちゃんに聞いた。てか、毎回毎回梓ちゃんとイチャついて! 僕だって、梓ちゃんと色々ヤりたいことあるんだよ!」」

「佐渡さんのくだり要ります!? てか、不純な目で鈴木さんを見ないでください!」

「僕だって男だよ! 毎晩梓ちゃんをオカズに「やめろ、マジでそんな目で見るな! この、変態がァ!」」


 尊敬したあの時間を返せ!


 ジリジリと近づいてくる先輩に対抗できる武器を探すも、銀色の小さなフォークしかない。

 こうなったら、これだ!


 スマホを取った俺は、鈴木さんがにっこりピースしてる画像を印籠のように掲げて、先輩に見せつけた。すると、目の前にあった拳が消える。


「え、くれるの?」

「あげません! どうせ、オカズにするんでしょう!?」

「やだなあ、しないって。シナイシナーイ」

「棒読みやめろ!」


 結局、先輩とはライン交換しただけで写真を渡すことはなかった。

 そりゃあ、そうだ。鈴木さんをそんな目で見るやつに渡す訳ない。


 マジで、油断できねぇなこいつ。



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