右胸の「痣」が惨めな気持ちを運んでくる
「おい、コレ似合ってんのか?」
「大丈夫、普通にしてて。あとはさっき話したとおりに」
「……わかったけど」
「堂々としてればいいから。ごめんね、巻き込んで」
俺は、青葉と一緒に正門に向かっていた。
奏? あいつは居たらバレるとかで、1人で裏口に行っちまった。後で合流するらしい。
にしても、この格好落ち着かないぜ……。
普段つけないワックスに胸元の開くようなネクタイの締め方、それに少しだけ化粧をした顔!
顔は見えねえからよくわかんねえが、絶対似合ってるとは思えねぇ。むしろ、浮いてる気がする。
「普通に、普通に」
「緊張しすぎ」
「だって、こんな……」
「後でアイス奢るから」
「よっしゃ! 任せろ」
俺ってば現金だな。
いや、でもこれで青葉を救えるならなんでもやるさ。
さっき、青葉から聞いた作戦はかなりシンプルだった。内容は、こうだ。
『眞田くんは、目立った格好して俺と歩いてほしい。で、俺のことを美香さんに聞かれたら、素直に答えて』
『え、素直って……?』
『この人ですって、指差して』
『は!? え、五月それは……』
『いいから。確かめたいことがあって』
『……わかった、けど』
『大丈夫、その場で取っ組み合いは始めない。相手は女性だからね』
『おう……』
な、シンプルだろ?
シンプルすぎて、何がしたいのかわかんねぇ。
とりあえず、俺は、そんな格好で正門へと向かっていた。人の視線を感じるが、きっと気のせいだ。
ゆっくり歩いて……あれ、右足を出したら右手はどっちに振るんだっけ?
「はは、緊張しすぎ」
「だ、だってよぅ」
「普通で大丈夫。ほら、ハイチーズ」
「ちょ、うぇ!?」
待ってくれ、写メは止めろぉ!!
青葉ってば、めっちゃ落ち着いてやんの。さっきまで発作起こして倒れ込んでたのに。
コレ、空元気ってやつじゃないよな。倒れないよな……。マジ、そんくらい落ち着いてる。
「はは、鈴木さんに送っておこう。……送信、っと」
「ああああああ!! 止めろ、止めてくれぇ!」
「嘘だよ。奏に送っただけ」
「はああああ……。マジで死ぬかと思ったわ」
「ねえ、君ちょっと良い?」
俺が声を張り上げていると、左の方から女性の声がした。それは、とても心地良い透き通った声。
まさか自分に話しかけられてると思っていなかった俺は、そのまま青葉と会話をする。
「え、本当に送ってないよな」
「送ってないよ」
「履歴見せろよ」
「ねぇ、君! ちょっと良いかな?」
「あ、はい……」
なんて、スマホを覗き込んで確認していたところ、再度女性に話しかけられた。振り返ると、そこにはモデルのミカがいる。
どうやら、青葉の作戦の初動はうまくいったらしい。なぜ、俺がピンポイントで声をかけられたのか知らんが。
「帰るところごめんね。人を探してて、青葉五月くんって知ってる?」
来た。
聞かれると思っていた俺は、ミカさんの口元に視線を向けながら生唾を飲む。案の定、彼女は青葉のことを尋ねてきた。
俺は、多少しどろもどろになりつつ、
「え、あ……青葉はここにいますが」
と、噛まずに言うことに成功した。俺の役割は、これで終わりだ。あとは、青葉がうまくやってくれるってことだよな?
俺は、青葉を指さすために出した右手をゆっくりと下ろす。その手もちょっとだけ震えてやんの。こういうの、ガラじゃないぜ。
「俺が青葉五月です」
その声は、俺のように震えていない。真っ直ぐ……と言っても前髪で見えねえが、真っ直ぐ前を向いて言葉を発している。
無論、声色も声量もいつもと変わらない。
「……」
ミカさんは、結構長い間青葉の方を向いていた。多分5分くらい……いや、20秒もなかったと思うけど、俺の体感的にそのくらいあった。そして、
「……違う」
「え?」
「私が探してる五月くんじゃないみたい」
と、はっきりとした口調で青葉を否定する。
「え、……あ。な、なんで」
「同姓同名がいるなんて、偶然だね。引き止めちゃってごめん」
「モデルさんに引き止められるなんて、光栄です」
「ありがとう。もう少し待ってみる」
何が起きたのか、分からなかった。
俺は、会釈する青葉に引っ張られるように正門を出て、奏と待ち合わせした場所へと向かう。
「……おい、青葉。どういうことだ?」
「そういうことだよ」
「俺にも分かるように言ってくれ」
先へ先へと早歩きする青葉の肩を掴むと、その動きが止まった。でも、俺の方を向こうとしない。
疑問に思った俺が青葉の前に移動すると、前髪を掻き上げてなんとも言えない表情を披露してきた。
その顔は、「やっぱり」と言っている。俺にも、それくらいはわかった。こいつは、何を知りたくてこんなことやったんだ?
その疑問は、青葉の吐いた言葉が物語っているようだった。
「結局あの人も、俺の容姿にしか興味なかったってことだよ」
「……青葉」
男女の仲なんて、なったことねぇからわかんねぇ。でも、これだけは言える。
片方の手が、何故か右胸を抑えているから青葉も緊張してたんだろ。心臓は、左だからな。




