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心境の変化


「梓ちゃん、すごいじゃないか」

「んー……」

「ねえちゃん、すごい!」

「おねえちゃん、えらい!」

「……んー」


 家に帰っても、気持ちが晴れることはない。


 パパにテスト結果の用紙を見せると、双子たちと一緒に喜んでくれた。いつもなら、それだけで頑張って良かったって思えるのに。

 今日は、何だかおかしい。午後から、何度も視界がぼやけて立ってるのが辛くなって、それから……。


「……梓ちゃん!?」

「ねえちゃん!」

「お、おねえちゃんがっ。たおれた!!」


 自分の部屋に戻ろうとしたところで、私の視界は完全にシャットダウンした。


 そっか、こうやって電源落とせば良いんだ。



***



「姉貴ー。薄力粉頂戴」


 僕は、高校に入って初めて明るい時間帯に家に帰った。


 部活はやってない。

 正確には、助っ人としていくつか兼部してるけど。正式に入ってるわけじゃない。

 いつも放課後は、特定の女子と一緒に更衣室で楽しいことしてるから、家に帰るのは早くても20時とか。でも、今日は何だか気が進まなかった。


 家に……喫茶店に入ると、いつも通り姉貴がカウンターにいた。ちょうど、客が帰ったところらしい。


「……どういう風の吹き回し? あんた、ここ継ぐ気になったの?」

「いや」

「あ、わかった。テスト悪かったんでしょ」

「総合1位」

「……可愛げなー」


 テストなんて、パズルみたいなもんでしょう。

 そんな騒ぐほどのものじゃない。


 それより僕は、猛烈にケーキが作りたかった。

 生クリームたっぷりの、いちごが乗ったやつ。


「厨房とか道具も貸して」

「いいけど。明日は嵐なんじゃないの?」

「茶化すなって」


 この喫茶店、僕が後継ぎ第一候補らしい。

 だから、高校だけは好きなスポーツ科に入れさせてくれたんだって。本当は、製菓学校にでも入れたかったようだけどね。

 僕としては、まだ考えたくないって感じ。それより、1度しかない高校生活を楽しみたいんだ。


「もしかして、前来たギャルちゃんに作るとか?」

「……違うし」

「うわ、なになに〜。青春じゃん! あんたがここに彼女連れてきたことなんてないじゃないの」

「貸してくれんの、貸してくれないの?」

「優しいお姉様は、弟の恋を応援します。故に、貸してやろうじゃないの」

「だから! ……もういい」


 姉貴、こういうところあるんだよね。

 なんか、茶化し方が自分を見てるようで嫌になる。これも、血筋ってやつ?


 梓ちゃんのことは、多分好き。

 僕の茶化しにも噂にも媚びない、目が離せない女の子。他の子とは違う感じがして、いつの間にか視界に入れたくなるんだ。

 いつもならすぐシたくなるんだけど、梓ちゃんとはそうならない。むしろ、あの子だけは守らなきゃって思ってしまう。だから、雅人に取られないようにキスマまでつけて。……僕は、何をしてるんだろう。


「勝手に借りるからね」

「どうぞー。手は洗ってよ」

「当たり前」


 生クリームに、少しだけカスタードを混ぜる。それが、この喫茶店の味の秘密。

 いちごだって全部ヒゲをとって下処理するし、スポンジもメレンゲ入れてふわふわ。そこらへんのケーキ屋にだって、負けない自信はある。

 これ、全部親父の教えね。


 でも、僕は喫茶店を継ぐ気なし。

 だって、ずっと店の中に居なきゃいけないとか。息がつまりそうじゃん?


「できたら、試食よろしく」

「ういー。採点してあげる」

「それは勘弁」


 梓ちゃん、美味しいって喜んでくれるかな。



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