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レトロな喫茶店は先輩の実家らしい



「……美味し、い」

「良かった。僕のも食べる?」


 牧原先輩に連れてこられたレトロな喫茶店は、最寄り駅から2駅行ったところだった。久しぶりに電車乗ったけど、今は切符よりもカードでピッてする人が多いのね。通学が電車じゃないから、ああいうの憧れるな。ピッて。


 ……なんて、現実逃避はここまでにしようか私。


「いらないです」

「僕はいつでも食べられるし、遠慮しないでね」

「……食べる」


 ここ、牧原先輩のおうちなんだって。

 カウンターにいるのは、1番目のお姉さんだとか。開口一番、


『あれ、りっちゃんじゃないんだ』


 なんて言うんだから、やっぱり牧原先輩ってチャラいよね。いつも違う女の子連れてきてるってことでしょ? ……でもまあ、「特別な場所」とか言って連れてこられるよりはマシか。


「どうぞ。生クリーム美味しいよね」

「……食べた分は自分で払います」

「僕の奢りだよ」

「奢られる理由はありません」

「ケーキと紅茶、セットで1,100円」

「!?」


 そんな高いの!?

 美味しいけどさ。……美味しいけどさ!

 今まで、口の中にどんどん入れてた自分が怖い。だって1,100円って、夕食1回分じゃないの!


 値段を聞いた私は、口元に持ってきていたフォークをピタリと止める。


「ね? だから、今日は奢り」

「……そのくらい持ってます」

「頑固だなあ。まあ、そんなところも好きだけど」

「ご馳走になります」

「あはは。そんなに僕のこと嫌い?」


 「好き」なんて言われたら、ご馳走になるしかないじゃないの。

 牧原先輩って、結構私のこと理解してるよね。


「好きでも嫌いでも」

「なら、良かった。ゆっくり食べてね」

「……ありがとうございます」


 本当、捉え所がない! 「なら良かった」って何!?

 なんか、暖簾に腕押しって感じ。警戒してるのが、馬鹿みたい。


 私は、途中で止まっていたケーキを口に運びつつ、外装に目を向ける。

 昭和を感じさせる鈴蘭みたいなシャンデリア、どっしりとした年代物の椅子やテーブル、それに、アンティークな置物の数々。見れば見るほど、それらは牧原先輩とはかけ離れたもの。

 それに、カウンターに座ってるお姉さんも、とても物静かな人って感じ。あのまま、シェーカーを持てばバーテンダーだわ。


「僕もたまに、お店に立つよ」

「……なんの情報ですか」

「んー? あの制服、僕も着るよって」

「……」

「想像した?」


 させた、の間違いじゃなくて!?


 先輩のお姉さんは、白シャツに黒のベスト、パンツ姿。長い黒髪を後ろで縛り、洗練された空気を醸し出している。隙が見えないんだけど、近寄りがたいって感じはない。

 あれを牧原先輩にすると……。


「似合わなそうですね」

「良く言われる。姉貴と同じ顔なんだけどなあ」

「……ご兄弟、多いんですか?」

「腹違いの妹含めると、5人かな。僕だけ男」

「そんなにいるんですね」


 腹違いの妹?

 結構複雑な家庭なのね。それに、先輩が女の子の扱い上手い理由がわかった気がする。


 私は、先ほどよりも小さめにケーキをフォークへと移し、口の中に入れていく。

 ……貧乏性なのかしら。いいえ、美味しいからちょっとずつ食べたいだけ!

 そんな様子を、先輩は目の前で片肘をついてニコニコ顔で眺めている。何だか、食べにくい。


「今度、お友達連れておいでね。サービスするから」

「あ、営業だ」

「そうそう。一応実家だからね、顧客獲得もしっかりしないと」

「ふふ。今度連れてきます」


 先輩も、家のこと頑張ってるんだ。私と同じだ。

 ……なんか、応援したくなっちゃうな。


 今度、マリたちと来よう。

 単品で頼めば、そうそう高くはならなさそうだし。



***



 生徒会での書類整理を終えた俺は、帰路についていた。

 最近ずっと鈴木さんの家に行ってたから、明るいうちに家へ帰るって変な感じだな。


「……」


 生徒会の仕事、前年度は1人でやってたから気楽だったんだけど、今回は2人で作業するから結構大変。佐渡さん、鈴木さんが言ってたように仕事早くて指示も的確なんだけど、ことあるごとに俺の顔見ようと覗いてくるんだよね。ちょっと苦手かもしれない。


「……あ」


 なんて考えていると、少し先のレトロな喫茶店から鈴木さんが出てきた。あそこ、ケーキが美味しいらしいから気になってるんだよね。

 見間違いかなと思って目を凝らして見たけど、あの派手な格好はそうそう間違えない。あれは、鈴木さんだ。


「すず……」


 俺が声をかけようと近づくと、その店からはあのスポーツ科の先輩も出てきた。


「ご馳走様でした」

「本当に、送っていかなくて大丈夫?」

「大丈夫です。駅、すぐそこですし。先輩は、お姉さんのお手伝いしてくださいね」

「ギャルちゃん、もっと言ってやって」

「ちょっと姉貴、いつも手伝ってるじゃん……」

「ふふ。また来ますね」

「ええ、是非」


「……」


 俺は、声をかけられなかった。


 スポーツ科の先輩と嬉しそうに笑っている鈴木さんは、そのまま駅の方へと向かって行く。その光景に胸が痛みだし、俺は声をかけられなかった。


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