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鈴木警視長は、アヒル教?


『五月ー、今暇?』


 オーディションの合格通知を受け取ったオレは、五月にラインを送った。

 ずっと出たかった監督のドラマへの出演がかかってたから、テスト前でも受けたんだ。


 五月ってば、最近色んな人に指名されるから早く頼まないと断られるんだよな。

 事務所で契約してる奴は、あんま好きじゃないから依頼したくないし。


 自室で化学の教科書を読んでいると、すぐ返信が来た。


「…………は?」


 でも、それは俺の想像を遥かに超えるものだった。

 いやいや、こんなん誰も想像できねぇって!


『今鈴木さんの家。2人で風呂入るから終わったら連絡する』


 どういうことだよ!?

 梓と風呂入るってか!?!?




***




「…………」

「…………」

「…………」

「……あ、あの」


 まさか、鈴木さんの家の風呂に入るとは思わなかった。しかも、鈴木警視長さんと。


 どうしてこうなったのかを必死に思い出そうとするも、それは叶わない。

 なぜなら、先ほどから鈴木警視長さんがアヒルのオモチャを大事そうに撫でてるから。……俺も、従った方がいいのかな。


 いや、今はそれよりこっちか。


「すみません。俺、刺青入れてて」


 ワイシャツを脱ぐと、鈴木警視長さんは俺の上半身を見て固まってしまった。瞬きひとつせず、刺青を凝視している。

 と言うか、この人筋肉すごいな。鈴木さんと同じく童顔だから、脱ぐまでわからなかった。


「……鈴木警視長、さん?」

「あ、いや。すまん。その……」

「不快でしたら、やっぱり俺リビングに「傷」」

「……え?」

「傷、やっぱり消えなかったのか」


 いや、見てるのは刺青じゃない。その奥にある、傷口だ。


「そうか。……そうか」


 すぐに、わかった。これは同情ではない、と。


 今まで、色んな人が俺の傷を見て「可哀想」と言った。それならまだ、心配されてるのかなって思って聞き流せる。

 でも、中には「女の子じゃなくてよかったね」と言ってくる奴もいた。男だから、傷があっても格好良いでしょうって。


 だから、そういう「同情」や「偽の励まし」はすぐわかるんだ。

 目の前で泣きそうになっている彼は、そのどちらにも当てはまらない。

 とすれば、答えは1つ。


「……知ってたんですか」

「ああ。僕の後輩が担当した傷害事件だったからね。まさか、君が被害者だったとは思いもしなかったよ」

「……」

「今朝、君の母親の名前を聞いて確信したんだ。後輩が、芸能人に会ったとはしゃいでいたから」

「……そうなんですね」

「被害者の個人情報に当たるから、当時の僕は後輩を叱りつけた。安易にそういう情報を漏らすな、と。……その時、加害者の謝罪を受け入れたのも、嘆願書を書いたのも聞いていたよ」


 俺は、その言葉で切りつけて来た女子の顔を思い出す。


 赤く染めた頬、おずおずと遠慮しながらこちらを見る瞳、震えながら話す小さな声。とても可愛らしい子が、俺の「ごめんなさい」で豹変してしまった。

 そう確か、「蓮見 礼子」と言う名前の子。


 当時の俺は、「勇気を出して声をかけてくれたんだから、断るにしても話だけは聞くべき」と思っていた。でも、それって相手に希望を持たせてしまうことだったんだ。


 どうせ断るなら、行かなきゃよかったんだ。だから、俺も悪い。嘆願書だってなんだって、書くよ。それが、俺の償いだと思ったから。


「俺も呼び出しに応じてしまったので。悪かったと思って」

「君は、損な性格だな」

「…………」


 この顔は、我が子を心配する親の顔だ。


 あの時、千影さんもこんな顔をしていた。

 初めてあの人が母親に見えた瞬間だったから、今でも鮮明に覚えている。


「美容整形は考えなかったのかい?」

「……考えましたが、「整形」って言葉が良くないので。俺が整形すれば、「セイラ」の顔も整形だって騒ぐマスコミは絶対居る。だから、やめました」

「そうか……」

「……あの。蓮見さんは」


 俺は、鈴木警視長さんから差し出されたフェイスタオルを受け取りながら、気になっていたことを聞く。

 誰も教えてくれないんだ。でも、きっとこの人なら教えてくれるはず。


「元気だよ。急に泣くことがあるらしいが、ちゃんと自分と向き合ってる。ただ、これ以上は個人情報だから言えない」

「……生きていてくれればそれで良いです」

「そうだな。君に聞かれると思ってね。今日、後輩に生存確認してきたんだ」

「……ありがとうございます」


 鈴木警視長さん、最初はアレな人だと思ったけど、しっかりとした大人なんだな。ただ、親バカの度がすぎてるだけで。……いや、しっかりとした大人は初対面で拳銃なんか出さないか。

 でも、ちゃんと俺を見てくれてる人だ。「可哀想」とか「辛かった」とか、そう言う感情を押し付けてこない人。


 この人が、鈴木さんを育てたんだ。


「さあて! 青葉くんはどのアヒルさんが好きかい? よく見ると、顔が違うんだぞ!」

「え」

「僕は、これかな! ほら、目元が梓ちゃんにそっくりじゃないか!」

「……え?」


 よくわからない。


 やっぱり、この人は面白いな。



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