今世 6
『朝食はロートゥスで昼食はオルキスで』
なんていう言葉にならって、私たちもさっそくオルキスで少し遅い昼食にする。
同じ港町といっても、ロートゥスとは雰囲気が違う。物珍しさに、つい周りを見ながらで歩みが遅くなってしまった。
ルークがさりげなくすれ違う人との接触に気を配ってくれている事に気づいて、しっかり歩かなくてはと気を引き締めた。
オルキスにはしばらく滞在する予定だから急がなくていいもの。
ゆっくり見ていきましょう。
港側から一本町内に入るとメインストリートがある。
たくさんの店がずっと先まで並んでいる。色々な店。食堂に雑貨屋に食料品の店。衣料品の店もある。
昼食をとるお店は…。
それらしいお店を物色する。
どんなお店があるのかしら?前世でも今世でも経験した事のない外食!
あ、外食をした事がないという訳ではなくて、自分で選んだお店で、自分で支払う外食という意味ね。
昨日はお買い物に時間がかかってしまって、宿屋での夕食になった。
宿をとるという経験も初めてだし、宿屋に一人で泊る経験も初めてで、とても気分が高揚した!
「ルーク、お店で食事をした事はある?」
「はい。奴隷になる前は何度か。奴隷になってからは護衛ですので食事はしていま…、いない」
ジッと見上げる私の視線に気づいて、ルークは言葉遣いを改めた。
「いきなりは難しいかもしれないけど、だんだん慣れていってね」
「はい。…わかった」
努力はしてくれているものね。
目に見えてわかる対応に嬉しくなった。
私の願いに応えようとしてくれていると思うと、心が温かくなる。
「私は初めてなの。お店の選び方から、知っている事を全部教えて?」
そう言うと、ルークは少し考えて、スッとエスコートをする。
あら。意外にもこういった動作、慣れているのね。
不思議に思って視線を向ければ、
「一族の生業上色々仕込まれて育ちました。奴隷になってから主は貴族ばかりだったのでマナーも叩きこまれ、た」
淡々と説明をする。
そうなのね。世の中には色々ある。
またひとつ、知らない事を知ったわ。
ルークは迷いなく歩くと、ひとつのお店の前で足を止めた。
「この店などどうでしょう。匂いからして美味そうかと」
「あなたがそう言うならここにしましょう」
ルークの一族は鼻が利くのだとか。
ついでに言うと、目も耳もいいそう。
昨日はそれほど話す時間はなかったけれど、今日は船に乗っている間中何もする事がなくて、少しずつお互いの事を話していた。
しばらく後になってから聞いた話だけど、祖に銀狼の獣人がいたとか。
血はだいぶ薄まったとの事だけど、それにしてもただの人より身体能力が高くて、一族はそれをいかした生業なのだそう。
ルークがドアを開けてくれる。
シャラシャラシャラ~♪
お店のドアを開けると、薄い貝殻が綺麗な音を立てた。
来客を主人に知らせる音に
「いらっしゃいませ~!」
給仕中のおかみさんらしい女性が元気な声で迎えてくれた。
「空いてる席、どこでもどうぞ~!」
接客に大忙しで声だけかけられる。
私たちは窓際の席に着いた。
風と光の入る明るい席でメニューを見る。
さすが港町。美味しそうな魚介のお料理に、どれにしようか迷ってしまう。
「迷うわね。ルークは決まった?」
「そうですね…」
ルークの選んだお料理を頼んで、二人でシェアして食べる。
「美味しい!ルーク、鼻が利くとは聞いていたけど目利きもできるのね!」
「お口に合ってよかった。私の目利きというより、素材の良さです」
ルークはたくさんの知識や情報をもっているように思える。
十年近くも奴隷だったのに…。
さっき話していた、育った環境かしら?
不思議な人だわ。食事をしながらルークを見る。
綺麗な食べ方。音を立てない綺麗な所作。指先まで流れるような動きを目で追う。
私の視線に気づいたルークが、何か?という風に私を見る。
「何でもないわ」
少し恥ずかしくなって、その後は黙って食事を続けた。
私たちは大いに料理を堪能して、満足してお店を出た。
「さあ、次は宿をとってから、もう少し町を散策しましょう!」
「はい」
宿は少しいいところにした。
所持金にはまだ余裕はあったし、なにより安全面が一番重要なので。
安全と思えれば安心できる。精神的な安らぎはとても大事だと思うの。
ルークと隣どうしに部屋を取る。
お互いの荷物を置いたら、夕方近い町に出かけた。
季節は初夏なのでまだまだ明るい。
夕食の買い物客か、商店街はとても活気がある。
店先から中を覗いたり露店をひやかしたり、メインストリートを端から端まで歩く。
すっごく楽しいわ!
こんな風に目的もなく自由に歩き回る事は、前世と今世合わせても初めてだった。
私の少し後ろを歩くルークを度々振り返る。
私が振り向くたびに微笑んで…くれはしないけど、ちゃんと目を合わせて私を認めてくれている。そんな、なんて事はない事が嬉しい。
たぶん、大丈夫ですよと安全を伝えようとしてくれているだけと思うけど。護衛だものね。
それでも嬉しかった。そういう経験ってなかったのですもの。
メインストリートを歩ききって、港の方に出た。
海や空気を赤く染めて、太陽が最後の光を放つ。
水面がキラキラと輝いてとても綺麗。
今日は見る物すべてが色鮮やかだわ。
本当に、新しい人生の始まりに気持ちが高ぶってしまう。落ち着かなければ。
刻々と色を変えていく海を見る。
私と、ルークも、すっかり太陽が沈むまで、ずっと海を見ていた。
薄暗くなってきて、吹く風が涼しいより少し肌寒くなってきた。
私たちは港の、建物と船着き場の間にある木道を歩いている。
お店からの灯りがやわらかい。もう少し暗くなったら水に映って綺麗だろうと想像する。
昼間の暑さが去って、木道を散歩するお年寄り。店からは酔客の賑やかな声。少し冷たい風と、水面に映りだした店の明かり。
こんな風にただ歩いていると、ここが地元で、ずっとこうして暮らしていたように錯覚する。
ルーク。
また彼を振り返る。
一緒に歩いているだけの、ありふれた日常のような…。
思い返した時、きっととても大切な時になると、何故か不意に思った。
少し歩き疲れたわ。
ところどころにあるベンチに座って、斜め後ろに立つルークに声をかける。
「そんな風に立ったままでいる気?隣に座ってよ。少し歩きすぎたわね」
ルークは言われるまま、少し間を開けて隣に座った。
空には月が浮かんでいる。
半月かしら…。
それ程明るくない月は、店々の灯りと一緒に水面に映っている。
私たちは何も話さず、しばらくそのまま過ごした。
賑やかな声を聞き、きらめく水面に目を向け、風に吹かれて。
特に印象に残らないような一日の終わり。けれど始まりの一日。
後から時々思い出す。
やっぱり思い返した時、懐かしく、とても大切な時になった。