今世 5
ルークと二人で傭兵ギルドに行く。
ルークは登録手続きに、私はAランクの傭兵の護衛一日分の依頼料を尋ねに。
受付で聞いたところ、シンプルに依頼料だけなら一日金貨十枚。
宿代食事代込みならその分を引いて。その辺は依頼側と受ける側との話し合いにもよるけれど、だいたい金額的には一日金貨十枚くらいだそう。
ルークの買値は金貨二千枚だった。
これが戦闘奴隷の価格としてどうなのかわからないけど、一般庶民の金銭感覚でいったら、まぁ大金よね。金貨が十枚もあれば、一家がひと月暮らせる額だもの。
冒険者ギルドのお姉さんも、よくこんな小娘に奴隷を買う事を勧めたものだわ。
口座の残高を知ってたのかしら…。
大金だったけど、私は迷わなかった。
旅をするには身の安全はとても大事ですもの。
ルークの実力は知らないけれど、何故か彼に任せたら大丈夫だと思えた。
前世では、時にはこういう直観的な判断も必要だった。瞬時に利益、不利益を計算して計りにかける。
商人は決断力がとても大切なのよ。
貯めていたお金のかなりをルークに使ってしまったけど、私はまったく気にしていなかった。
私の祈りがあれば、この先ずっと困る事はない。治癒魔法の需要はかなり高い。私は自信を持って強気でいられた。
ロートゥス領主の紹介状もある。
稼ぐの相手は貴族相手と決めている。治癒魔法がどのくらいの報酬か、ご領主様に聞いて驚いた。
とても庶民には払えない額だわ…。
貴族にだって法外な金額に思えるけど、命には代えられないものね。
私はそんなに阿漕に稼ごうとは思っていない。
お嬢様と同じ、宮廷魔法使いの半額と決めている。私は正規の治癒魔法使いではないし、そもそも魔法ではなく祈りだと思っているのですもの。
それでもご領主様曰く、宮廷魔法使いより効果があるとの保証付きに、更に自信をもった。
そういう訳で、ルークの報酬を計算するとざっと二百日になる。半年ちょっとね。
半年後、私たちはどこにいて、どんな風に過ごしているのかしら…。
元気で楽しく旅していますように。
翌日、船旅でオルキスに向かった。
オルキスはパエオーニア第二の港町で、規模でいうと大国第四位の領地になる。
ロートゥスより小さくなるけれど、東方の国々との貿易が盛んで、東国の珍しいものがたくさんあるという。
前世では、ロートゥスの我が家と王都の往復しかしていなかったので、オルキスには行った事がなかった。
往復の間にある町々にも宿泊しかしていない。
行った事のない土地、本でしか知らない土地。
これからたくさん冒険できると思うと本当に楽しみ。
船旅も初めてなので、こちらもとっても楽しみ。
甲板で潮風を受けながら広い海を眺める。
斜め後ろにはルークが立っている。
二百年前はこんな客船はなかった。
こんなに気軽に船旅ができるようになるなんて…。
ロートゥスは港町だから、貴族や商家は個人で船を持っていた。けれどそれは仕事用で、旅に使うという考え方はなかった。他には漁船なんかもあったけど、それも仕事用だものね。
時の移ろいに、たくさんの変化を知る。
知らなかった事を知っていくという事も、これからの楽しみだわ。
船旅とはいっても、朝ロートゥスから出航すればお昼過ぎにはオルキスに着く。
降り立ったオルキスの港は、これはどこも似たような造りなのかもしれないけれど、ロートゥスと大差がなかった。
船から降りると石畳が広がっている。
船から降ろした荷物を運びやすいように道幅も広い。
正面は上げ下ろしに使われる荷物の倉庫が並んでいる。馬車のたまり場もあって、すぐに町中に運べるようこちらも広く作られている。
右を見れば少し先に市場が見える。
水揚げされた新鮮な魚介類が売られていて、午前中はかなりのにぎわいと思われる。
左は船乗りが使う宿屋や酒場が軒を連ねている。
その辺りは商船ではない個人の船着き場もあるようで、小洒落た食堂なんかも見える。
きっと地元の人たちも利用しているのね。
私は船から降りる第一歩を感慨深く踏み出した。
因縁深いロートゥスではない、新しい土地。新しい人生の始まり。
忙しく往来する人たちのジャマにならない場所で深呼吸する。
さあ、行きましょう。