今世 4
「ダメよ!やめて!」
私は慌ててルークの手を取って立たせる。
「もう一度座ってくれる?あなたの方が背が高いからやりづらいの」
何を?とも聞かずに、ルークは言われるまま椅子に座った。
「あなたに、二つお願いがあるの」
「なんなりと」
「一つは、私のこの力を他言しないでほしいの」
「けして他言しません」
「もう一つは…」
私は売買の手続きの時に目を通した、奴隷の扱い説明書を思い浮かべた。
ルークの隷属の首輪に指先を触れる。
奴隷が解放されるには方法が二つ。
主が死ぬか、意思を持って解放するか。
後者の場合、首輪に触れて魔力を通しながら解放すると思えばいい。
シンプルなやり方ね。私はいつも通り祈った。
ゴトン。
継ぎ目の見えなかった首輪は二つに割れて床に落ちた。
それまで視線を下げていたルークが驚いて私を見上げる。
「ずいぶん重い音がしたわね。スッキリしたでしょう? これでもう、あなたは奴隷じゃないわ」
私はニッコリして言った。
「はい。いえ、あの……。 あの…、どういう事でしょうか」
ふふふ。
混乱している様子が可愛くて微笑んでしまう。
「もう一つお願いする前に聞いていい? あなた、いつから奴隷になったの?」
護衛をさせるために奴隷を買ったけど、そういうのではなく、ルークと出会って願いができた。
その願いは、ルークの育った環境で難しくなる。
代々の奴隷と、元はそうでなかった者とでは主に対する考え方が全く違う。
ルークが生まれた時からの奴隷なら、私の願いが叶うのはかなり時間がかかると思われる。
「九つの時からです」
「今はいくつ?」
「十九くらいかと。年を数える余裕のない日々でしたので、たぶんですが」
「十年…。 長いわね」
「はい」
そう。それならば私の願いはそう時間をかけずに叶うかもしれない。
けれど、それとは別の問題ができたわね…。
「もう一つのお願いね、私の護衛をしてほしいの。小さな頃から、成人したら大陸中を旅してみたいと思っていたのよ。だけど女の一人旅は危ないでしょ?」
冒険者ギルドの受付のお姉さんに助言されて奴隷を買いに行った経緯を話す。
「でもね、あなたを見て気が変わったの。私、対等な立場で、あなたに護衛を依頼したいの」
ルークは一瞬言葉にならないようだったけど、すぐに慌てて言った。
「それはもちろん、護衛はします。ですが私はご主人様に買われた身です。対等など、とんでもない事です」
「あ~、それやめて。ご主人様なんて呼ばないで?ジェニファーって呼んでね」
「すみませ」
「ジェニファー。お願い」
途中で遮ると、ルークは困って黙ってしまった。
「それから、そうね…。あなたを買った代金は、護衛の先払いって事にしましょう。ルークはAランクの強さがあるって商館で言われていたでしょ?傭兵ギルドでAランクの護衛の依頼料がどのくらいか聞いて、それで契約期間を計算しましょう」
金銭のやりとりはしっかりしておかなくてはね。
「それで、護衛はしてもらえるという事でいいかしら?後は…、奴隷になった経緯によるとは思うけど、あなた、無事を知らせたい人や会いたい人はいる?」
さらわれて売られたのなら、家族に会いたいと思うわよね。
もしも親に売られたとしたら、会いたいと思うものかしら…。
繊細な問題だと思う。けれど大事な事だからあえて聞いた。
「私の里は余所者を受け付けません。ジェニファー様をおひとりでお待たせする事はできませんので、そのうち便りを出します」
「それでいいの?」
「はい」
揺るぎない答え。
ルークにはルークの考えや、言ったように何かしきたりもあるでしょうし、何も知らない私は口を出せないわね。
それではそれで解決と立ち上がる。
「さっそく傭兵ギルドに行きましょう。それとルーク、あなたギルドに登録はしてある?」
「いいえ」
「それなら登録もしちゃいましょう。旅をするのに、冒険者や傭兵になっていると国境越えも手続きなしでできるそうよ。
それからあなたの身支度と、旅に必要な物のお買い物もしなくてはならないわね。今日中に終わるかしら」
楽しくなってきたわ。
先に立ってドアを出ようとして、そうだ、と振り返る。
「ルーク、私は正式にあなたに護衛を依頼して、あなたはそれを受けたのだから、私たちは対等だって事を忘れないでね」
「ですが…」
ルークは困惑して言葉を詰まらせた。
商館では表情が抜け落ちていたような彼が、この短い時間に僅かながら色んな顔を見せてくれるようになった。
目と手が癒された事はかなりの衝撃だったのだと思うけど、感情が見えるのは素直に嬉しい。
奴隷の彼がどんな扱いを受けていたのかはわからない。
けれど、あんな状態だったのだから辛いものだったのだろうと想像できる。
これから私と一緒に旅をしていって元気になってほしい。
私、癒すのは得意ですもの。
……もう無表情はいらないわ。
前世でだけど、文字通り一生分つき合った。
今世では普通に接してくれる人とつき合いたいのよ。
ルークと何か、なんて思っている訳ではないけれど。ずっと先、想う人に想われて幸せになりたい。
それがルークみたいな人ならいいわ……。
ふっと心に浮かんだ。
「それから、様はなしよ。ジェニファーって呼んで」
「……」
「お願い」
「わかりました」
「それと、敬語もなしね」
「はい」
その「はい」はどうなのかしら…。
ジッと見つめると
「わかった」
落ち着いた、心地いい声で言い直してくれた。
嬉しくなって満面の笑みで手を差し出す。
ルークは遠慮がちに手を取った。
「ルーク、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
さぁ
待ち望んでいた冒険を始めましょう。