化け物バックパッカー、川の岸辺でキャンプをする。【前編】
こんにちは、オロボ46です。
今年もようやく秋に入っていきました。
今回は少し早いですが、紅葉と焼き芋をテーマにしたエピソードです。
それでは、どうぞ。
山道の枝に咲いた紅葉。
その1枚1枚が、ひらひらと落ちていく。
そのうちの1枚は、風に運ばれ川の側に落ちていく。
小石たちの上に、紅葉は降り立った。
それを拾い上げる、ひとの手。
「……元気にしていた?」
言葉とともに、紅葉を手放す。
風に拭かれて、紅葉は川の向かう先へと飛んでいった。
山中の川の上にかけられている、小さな橋。
その上を、老人と黒いローブを身にまとった人物が歩いていた。
黒いローブの人物の頭に、赤い紅葉が降り立った。
頭の紅葉に気づいていない黒いローブの人物は、顔もフードを深く被っているため、よく見えない。紅葉に気づかないのも、フードを被っていたため、感じなかったのだろう。
体の形からかろうじて女性とわかるその人物の背中には、黒いバックパックが背負われていた。
「……“タビアゲハ”、頭に何かついているぞ」
横にいた老人が、ローブの上に付いている紅葉に指をさす。
この老人、顔が怖い。
派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという変わった服装。
その背中には、ローブの人物と同じバックパックが背負われていた。俗に言うバックパッカーである。
「ア、本当ダ」
“タビアゲハ”と呼ばれたローブの人物は、奇妙な声を放ちながら頭の紅葉を鋭い爪でつまみ上げた。
「“坂春”サン、コレッテ“モミジ”ダヨネ?」
それを老人に見せる。不思議そうに口を開けている様子は、まるで小さな少女のようにも感じられる。
「ああ、もうそんな時期が来たのか」
“坂春”と呼ばれた老人は、タビアゲハの見せた紅葉を見ると、その後ろに見える森を見てつぶやいた。
「前マデ夏ダト思ッテイタケド、モウ秋ナンダネ……」
「……」
ふたりは、季節の移り変わりを感じるように、森を見つめた……
グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥルゥルゥルゥゥゥゥゥゥ
突然、謎の音が橋の上に響き渡った。
タビアゲハは、坂春の腹に顔を向けていた。
「坂春サン、オナカガ空イタノ?」
「ああ、さっき食べたばかりだけどな……」
空腹を感じているように腹をさする坂春を見て、時々紅葉に目を移しながらタビアゲハは首をかしげた。
「コレガ……ショクヨクノ秋?」
「いや、そういう使い方じゃあないんだがな。でも確かに、秋を感じると急に腹が減るな」
「ドウシテ秋ニナルトオナカガスクノ?」
「考えられるのは気候の変化だな。暑さで食欲がうせていた夏から、気温や湿度が低くなって過ごしやすい気候になる。そこから食欲がわいてくるんだ」
「坂春サンハ夏デモヨク食ベテイタケド」
「それになんといっても……」
グリリリュウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
「……秋の旬の食べ物が多いということだ」
苦笑いで、腹の音をごまかした。
「秋ノ食ベ物ッテ、ドンナノガアルノ?」
「なしやりんごもいいが、やっぱり一番なのは焼き芋だな。それも、石焼きで熱々に熱したものが……いかん、このままじゃあ昼までもたん」
「チョット大ゲサ……」
あきれたような口調であるが、タビアゲハは口に手を当てて笑っていた。
ちょうど橋を渡りきったところで、坂春は足を止めた。
目の前には、直線と右にわかれた道があった。
「確かこの先にスーパーマーケットがあったはずだな。タビアゲハ、先にここの下に行ってくれないか?」
「ウン、ワカッタ」
タビアゲハがそう答えると、坂春は直線の方へ、タビアゲハは右の道へ、それぞれ歩いていった。
やがて、橋の下の川の岸辺にタビアゲハの姿が現れた。
ローブの裾を上げ、ブーツを脱ぐ。
影のように黒く、鋭い爪の生えた足を、
川の水につけ、しばらく立ちどまった。
流れる水の感触を味わうと、
川の流れる方向と反対の方向を向き、
歩き始めた。
「海ノ水ヤ、砂漠ノオアシスト違ッテ……流レガクスグッタイ……」
タビアゲハは、その流れの感触に笑みを浮かべる。
しばらく歩いていると、水のはねる音が聞こえてきた。
ぴちゃん ぴちゃん ぴちゃん ざばあっ ぴちゃん
まるで、子どもたちが無邪気に水遊びをするような音。
その音が近づくにつれて、紅葉を咲かせている木が揺れ、紅葉を落としていく。
やがて、タビアゲハは足を止めた。
目の前に、3人の子どもたちがいたからだ。
3匹と言うべきか?
子どもと言っても、人間ではない。
一言でいえば、小さな青いヘビと言いたいところだが、紅葉を思わせるオレンジ色のウロコがあることと、頭から髪の毛を思わすたてがみが生えていることから、東洋の龍と言ったほうが正しい。
「オ姉チャン、“変異体”ナノ?」
その中で、1匹の龍がタビアゲハにたずねる。
タビアゲハがうなずくと、もう1匹の龍が近寄ってきた。
「ダッタラ、オ顔ヲ見セテヨ」
「イイケド……コノ辺リッテ、誰ニモ見ラレナイノ?」
困惑したように周りを見渡すタビアゲハに対して、3匹目の龍がうなずいた。
「ダイジョウブダヨ。オ父サンガ隠シテクレテイルンダモン」
「オ父サン?」
3匹の龍は、一斉にある方向に体を向けた。
タビアゲハが同じ方向に向いた先には、崖の上にそびえ立つ木。
その木は、紅葉を次々と放っていた。
紅葉の1枚が、タビアゲハの目の前を下りようとしていた。
それをタビアゲハは、手のひらで受け止める。
そして、紅葉を指の腹でなでる。
「ナンダカ、肌ミタイナ感ジ……コノモミジ、変異体?」
3匹の龍にたずねると、彼らは一斉にうなずいた。
「ソウダヨ。オ父サンハ、誰カノ姿ヲ消スコトガ出来ルンダヨ!」
「ダカラ、誰ニモ見ラレナイヨ!」
「ネエ、早ク見セテヨオ」
無邪気によってくる3匹に対して、タビアゲハは「ワカッタ」とほほえみ、フードを上げた。
肩まで伸びたウルフカットの黒髪。
影のように黒い肌に、閉じられたまぶた。
そのまぶたが開かれると、中から青い触覚が伸びてきた。
触覚は吹く風に揺らされ、まぶたのまばたきに合わせて出し入れする。
タビアゲハ、および3匹の龍たちは、この世界では“変異体”と呼ばれる化け物だ。
「ワア、ヒョコッテ出テキタァ」
「ナニコレ、オメメ?」
「ナンカチョウチョミタイ」
龍たちは、タビアゲハの触覚に興味心身で、彼女を囲んだ。
しかし、すぐに川の中へ潜ってしまった。
「……ドウシタノ?」
タビアゲハが慌てて辺りを見渡すと、
川の岸辺に、坂春が立っているのが見えた。
「ア、坂春サ……」
タビアゲハが坂春に声をかけようとした時、
彼女の目の前に、水しぶきが上がった。
水しぶきは3つに分かれて、
坂春に向かって、走り出す。
岸辺に近づくと、3匹の龍たちが勢いよく飛び出し……
「エイエイエイエイ」「ソリャソリャソリャ」「ワアワアワアワア」
坂春に向かって、龍たちは川の水を飛ばした。
「……」
坂春はびしょぬれになりながらも、怒りの表情を見せることもなく様子を見ていたのち、
「う、うわー、やられたー」
胸を押さえる演技をしながら、仰向けに倒れた。
「ヤッター!」「悪者ヲ倒シタゾー!」「オ姉チャン、モウ大丈夫ダヨ!」
喜ぶ3匹に対して、タビアゲハは坂春を心配そうに見つめていた。
「オ姉チャン、ドウシタノ?」
1匹の龍がタビアゲハの様子に気がつき、近づいた。
「ウン……アノネ、ソノ人ハ……」
「だいじょうぶですか!?」
女性の声が聞こえてきて、タビアゲハと龍たちは川の岸辺に注目した。
「ア、オ母サン」「ア、オ母サン」「ア、オ母サン」
「オ母サン……?」
坂春の側に、女性が立っている。
いや、浮いているのか。
女性の上半身は長髪の美しい女性、
下半身はオレンジ色のウロコに覆われた魚のような姿。まるで人魚だった。
次回 化け物バックパッカー、川の岸辺でキャンプをする。【後編】
川の岸辺でその焼き芋を口にした時、妻は夫の料理を思い浮かべる。
10月4日(日)公開予定