表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

7  アリステア ⑦

少し短いです。

『魔王は三人の王子によって作られた』


「お城に居る時は魔王では無かったの?」


『何も知らないただの子供。魔力は持たないが、己の存在が歪みを招き。自分も周りの人間も少しずつ狂わせていることに気付かなかった。尤も気付いても破滅以外の選択肢はなかった。自分を好いてくれていた4人は目の前で殺され。崖から落とされ、魔力だまりの中に落ち込み、魔力を取り込み真の魔王となった。力を手に入れた魔王は動物達を魔物に変え王都キイナを攻め滅ぼし王太子と第二王子を殺したんだぜ』


「【落ち人】は復讐したかったの? 復讐したのならそれで収まったの?」


『それで収まらないのが歪みの恐ろしい所だ』


 レエンはくるくると回るとアリステアの目の前に止まった。


『魔王は元の世界に帰る事を願った。彼女の世界に橋を架けようと考えたんだぜ』


「お家に帰りたかったんだね。きっと【落ち人】さんにはお父様やお母様や兄弟がいて【落ち人】さんを心配して探しているはずだものね」


 アリステアは【落ち人】を少し羨ましいと思った。

 自分は異世界に落ちたら、元の世界に帰ろうとするだろうか?

 必死で家族の元に帰ろうとするだろうか?

 突然私がいなくなったら、家族は探してくれるだろうか?


『魔王はこの世界の全ての生き物を殺して【命の橋】を架けようとした。自分の世界に帰る為に』


「【命の橋】……」


『もう魔王は狂っていて。【命の橋】を架ければ元の世界も歪んで消滅する事が分からなくなっていたんだぜ。聖女セレナは必死で止めようとしたが……もうその声は【落ち人】の心には届かなかった』


「だから聖女様は王都シメリオンに巨大な魔法陣を作って【落ち人】さんを封印したの?」


『そうだぜ。そして生き残った人々と力を合わせてこの国を作ったんだぜ』


「……」


『どうした?』


「【落ち人】さんは可哀想だと思って……来たくて来たわけじゃなくって。権力争いに巻き込まれ殺されかけて【魔王】になって、必死で帰ろうとしてでも帰れなくって……自分が望んだことじゃないのに

 ……」


『そうだな……』


 レエンはもうこれ以上その後の真実を言えなかった。

 魔法陣に封印された【魔王】は魔法陣から魔力を奪われ。

 それは生きながら食われるようなものだった。


 ___ 痛い‼ 痛い‼ 痛い‼ ___


 ___ 寒い‼ 寒い‼ 寒い‼ ___


 ___ ここは嫌だ‼ この世界は嫌いだ‼ ___


 ___ 帰りたい‼ 帰りたい‼ うちに帰りたい‼ ___


 ___ お父さん助けて‼ お母さん助けて‼ お兄ちゃん助けて‼ ___


 ___ のんちゃ~~ん‼ さきっち‼ 晶先輩‼ もう部活サボらないから誰か……助けて‼ ___


 魔法陣の中。

 哀れな少女は父に母に兄に友人に助けを求め続ける。

 だが……

 誰も哀れな少女を救う事が出来ない。

 神さえも。


「レエンは【落ち人】の名を知っているの?」


『ああ……【落ち人】の名は榊春香さかきはるかと言った。もう誰もその名を知らない。知っている者は皆死んでいるからな』


「榊春香……ひとりぼっちの落ち人……」


『アリスはひとりぼっちじゃないだろう』


「うん。私には乳母リリーもレエンも先生もいるから。一人ぼっちじゃないわ」


 アリステアは輝くような笑みを浮かべてレエンを見た。


『そうだぜ。俺様と言う凄い精霊がついているんだ。泥船に乗ったつもりで安心しろ』


「レエン泥船じゃ安心できないよ~~~」


 二人は笑い合う。


『さあ。勉強が終わったら寝ろ』


「うん」


 アリステアは勉強を終わらせると、歯を磨き寝間着に着替え、ベッドに入った。

 レエンはサラサラのアリステアの髪を撫でると灯りを消した。


『お休みアリステア。良い夢を』


 レエンはふと聖女が歌っていた子守唄を思い出す。


 ___ おやすみ おやすみ 愛しい子 ___


 ___ 薔薇のゆりかご揺らして歌う ___


 ___ おやすみ おやすみ 愛しい子 ___


 ___ お前の為に歌うよ ___


 ___ 魔王がお前を攫わぬように ___


 ___ 一晩中お前の側にいるよ ___


 魔王が封印された魔法陣の上で悲し気に歌っていた。

 その声は魔法陣を通じて眠っている、レエンの元にまで聞こえた。

 セレナは魔王を救いたかったが、救えなかった。

 せめてその魂が救われるように癒されるように、心を込めて歌っていた。


『【魔王】か……』


 レエンもアリステアの髪に止まると眠りについた。



 ~~~*~~~*~~~*~~~



 ちりん


 ドアベルが鳴る。


「こんにちは」


 アリステアはおずおずとドアを開けてその店に入っていった。

 前に来たときは気付かなかったが、店の名は【人形の館】と書かれている。

 今日は店の主が言っていたように、店は休みだ。


「まあ。いらっしゃい」


 店の主はニコニコと笑いながらアリステアを招き入れる。


「ふふ、ちょうどクッキーが焼けた所なのよ」


 二人はさっそく裏の庭でお茶会を始める。

 質素な椅子とテーブルだが、二人にとって楽しいひと時だ。

 ちょうど季節もスワルルの花盛りで薄い紫の花を咲かせている。

 スワルルの花は【聖女の花】と言われ春と秋に咲く。

 巡礼が始まる季節になると、どこの国でも教会や店先にスワルルの花が飾られて巡礼の時期を告げる。

 花言葉は【優しい思い出】【治癒】【内気な愛情】だ。

 今日も街を歩いていると巡礼者を多く見かけた。

 店の主はお茶を注ぎながら、アリステアに言った。


「あら? そう言えば私ったら名乗っていなかったわね」


 アリステアの前に紅茶とクッキーを置く。


「私の名前はアルマナ。この【人形の館】の主人よ。よろしくね」


「いえ。私こそ名乗ってなくってすみません。私はアリスって言います」


 アリステアはにっこりと微笑む。

 ここではアリスと名乗っている。

 ちくりと心が痛んだ。

 この優しい老婦人にさえ自分の本当の名を教える事はできない。

 アリステアが街に出ていることは誰にも知られてはいけないのだから。


「あの……これこの間の刺繍糸のお礼です」


 アリステアは自分が刺した刺繡のハンカチを差し出した。


「まあ。これを私に? 凄く上手なのね」


 アルマナはジッと刺繡を見る。

 黄色い花の刺繡は見事な物で、とても子供が刺した物とは思えなかった。

 黄色いタンポポ。

 あれは……子どもの頃……

 修道院に咲いていた花。

 姉さんはその花を私の髪にさしてくれた。

 優しい姉だった。

 自慢の姉だった。

 だが……死んだ。


 殺された。


 アルマナは首を振り悲しい思い出を心から追い出す。


「本当に上手ね。そうだ。今度人形のエプロンにタンポポの花を刺繡してくれないかしら?」


「えっ? でも、こんな素人の刺繡……」


「そんな事無いわ。これは売り物になるわ。駄目かしら?」


「駄目なんてそんな……本当に私の刺繡で良いんですか?」


「あなたの刺繡で良いの。いえ、あなたの刺繡でなければならないの」


 店の主はキラキラした目を向けた。


「うふふ。私の我儘を聞いてくれてありがとう」


 アルマナは上機嫌でお茶を飲む。


「この庭にはスワルルの花が咲いているんですね」


 優しく甘いスワルルの花の香りが辺りに漂う。

 レエンはアリステアの頭に乗っかってその香りを楽しんでいた。

 アリステアはアルマナに言う。


「そうよ。思い出の花でね。死んだ姉といつか巡礼の旅に出ようと約束したのよ」


 その約束は果たされる事は無かった。


「私も巡礼に出ると友達に約束したんです。お薬を売って、お金を貯めているのも旅の旅費を稼ぐためです」


「まあ。お友達と約束したの」


「はい。ヘレナ島で会おうと約束しました」


「約束が果たされるといいわね」


 そう言うとアルマナは孫を見るように優しく微笑む。

 姉と自分の約束は叶わなかったが、この少女とその友人の約束は叶うと良いなとそう思った。


 リンゴ~ン


 リンゴ~ン


 ゆっくりと楽しい時間は流れて、教会の鐘が鳴る。


「ああ……もうこんな時間。楽しい時間はいつもあっという間に過ぎてしまうわね」


「ご馳走さまでした」


アリステアはアルマナに暇乞いをする。

アルマナは店の入り口に立ち、アリステアが手を振って町の人ごみに消えていくまで見送っていた。






 ***************************

 2020/3/17 『小説家になろう』 どんC

 ***************************

感想・評価・ブックマーク・誤字報告本当にありがとうございます。

タイタニ―号の航路を付け加えます。『みてみん』の方にイラストなども描いています。

お暇なら覗いてください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ