6 アリステア ⑥
三人の王子は屑です。
「この国の歴史は魔王が現れた時から始まります」
マーチン・アッシェン先生の声が勉強部屋に静かに流れる。
マーチン先生はお父様の母方の従兄妹にあたり。
5歳の時から私の勉強を教えて下さった。
アッシェン家は子爵家でマーチン先生は男爵家に嫁いだけれど。
旦那様が病で亡くなられて、旦那様の弟が家を継ぐことになり。
子供のいなかった先生は家に帰されたそうだ。
実家はお兄様が継いでいて結婚なさっていた。
お兄様に迷惑がかからないよう自立したそうです。
マーチン先生は週に三日勉強を教えてくれました。
先生は住み込みではなく、街に住んでいます。
お金持ちの商人の子供にもお勉強や刺繡を教えているそうです。
「勇者は神の神託で4人選ばれました。戦士パイソン・弓使いのバーグ・魔導士ブエナス・司祭ぺスターです。後のパイソン侯爵家・バーグ侯爵家・ブエナス侯爵家・ぺスター侯爵家です」
アリステアはノートに四人の名を書き込む。
「あれ? 先生。聖女とバイパー王子は?」
マーチン先生は頷くと。
「そうです。聖女セレナ様と王子バイパー様は神の神託に従って彼ら(勇者)を探し当て、魔王退治に出かけました」
「先生、魔王とは何なんですか?」
「魔王はその時々で違います。ある時代では巨石だったり、魔獣だったり、巨木だったり。聖女セレナ様の時は人間だったと言われています」
「人間ですか? それは魔族と言われる者ですか?」
「様々な説があるけれど、最も有力な説は彼女(魔王)が【落ち人】だと言う説です」
「【落ち人】とは何ですか? 高い所に住んでいた人の事ですか?」
「【落ち人】とはこの世界とは違う世界から来た人の事です」
「違う世界ですか?」
「神々はいろいろな世界を作ったと伝えられています。この世界によく似た世界。全く違う世界。魔王のいた世界は魔法の無い世界で、【科学】が発達した世界だと言われています」
「先生【科学】とは何ですか?」
「【科学】とは錬金術に似たやり方で、魔道具を動かすのが魔石か雷かの違いだそうよ」
「雷を魔石の代わりに使っていたんですか? それは……凄い‼ 世界ですね」
暫くアリステアは考えた。
「何故そんなに詳しく魔王の事を知っているんですか?」
「魔王が最初に落ちてきたのはウドス国の王宮だと言われています。王太子の婚約パーティーがおこなわれている庭に魔王は空からゆっくりと落ちてきたらしいのよ」
「ウドス国はこの国を作ったバイパー王子の祖国ですね」
「そうよ。バイパー王子はウドス国の第三王子よ」
先生は丸い眼鏡をくいっと上げる。
「初め彼女は丁重に保護されたの。魔王は【魅了】の力で周りの高位貴族を虜にし始めた。王太子でさえ魔王の【魅了】の餌食となった。魔王は次第に本性を現し。王太子の婚約者をありもしない罪をでっち上げ斬首刑にした。魔王の正体を暴いたのは司祭長とバイパー王子で。その正体を暴かれた魔王は魔の森に逃げた。その頃から世界に歪みが起こり、動物が魔物になり人を襲い。あちこちで瘴気が溢れ。魔王はこの世の歪みであり異物なの」
アリステアは静かにノートにその物語を書き込む。
「司祭長は神の神託により聖女を選び。ヘレナ島に住むセレナ様が聖女になった。バイパー王子は聖女と共に4人の勇者を探して仲間にして魔王退治に出かけたのよ」
アリステアの頭の上でレエンがあくびをした。
「魔の森で魔王は激しく戦ったけれど聖女様に破れ、その大陸から逃げ出した。魔王は隣の大陸に逃れ。聖女様と勇者たちは魔王を今の王都に追い詰めて、その地に魔王を封印しました。200年前の話です。聖女に従っていた『名無しの精霊王』は世界の真ん中であるヘレナ島に魔方陣を創り上げ、この世界を正常化するために魔方陣に魔力を流す為、多くの精霊と共に島で眠りにつきました」
「先生『名無しの精霊王』って? どうして精霊王には名前が無いのですか?」
「普通、精霊と人間が契約を結ぶとき人間が精霊に名を授けますが。その精霊王は聖女に名前を貰うのを拒絶しました。名づけと共に精霊は人間と絆を結び、力が強くなるのですが。その精霊王は名づけなどしなくても強かったと伝えられています」
「それならば精霊王が勝手に魔王を倒しても良かったのでは?」
「精霊王では魔王を浄化出来ないの。魔王を浄化できるのは聖女のみ」
「色々決まりごとがあるんですね」
「神が定めしルールがあって。一度決められたルールは神さえも破る事が出来ないのよ」
教会の鐘が鳴る。
「あら? もうこんな時間。今日はここまでにしましょう。次はこの国の建国についてよ。ちゃんと予習・復習しておいてね」
「はい。先生」
アリステアはベルを鳴らす。
ドアが開きメイドが顔を出す。
「先生がおかえりになるからコートをお持ちして」
「はい。直ぐにお持ちいたします」
メイドは直ぐにコートを持ってきた。
「先生、玄関までお見送りします」
アリステアはマーチン先生と一緒に勉強部屋を出ると玄関ホールに来た。
玄関の前にはすでにパイソン家の馬車が先生を待っていた。
パイソン家の馬車の中でお忍びに使われる馬車で、全体が茶色で豪華では無いが上品に作られている。
マーチン先生は馬車に乗り込みアリステアに手を振る。
アリステアもマーチン先生に元気よく手を振った。
やがて馬車は見えなくなり。
アリステアはとぼとぼと勉強部屋に入ると、本とノートを持って小屋に帰った。
勉強部屋には本が一杯あるように見えるが。
その部屋の棚に並んでいるのは偽物の本で、木で作られていた。
本物の本は別の場所にあり。
アリステアは入る事を許されていない。
アリステアは勉強部屋以外でこの館にいることを許されていないのだ。
小屋に帰ると辺りはすっかり暗くなっていた。
アリステアの頭からレエンが飛び立ち。
『【ライト】』
と唱えると、温かな光が辺りを包む。
アリステアは台所のテーブルに本とノートを置く。
「ありがとうレエン【着火】」
アリステアはレエンにお礼を言うと暖炉に火を付けた。
朝作って置いたシチューを温めて。
朝市で売っていたパンを切り皿に乗せる。
デザートはリリンゴのパイだ。
ホカホカと湯気をたてた美味しそうな夕食で、アリステアは椅子に座りレエンはシチューにダイブする。
「レエンお祈りをしないと。お行儀悪いわよ」
笑いながらアリステアはお祈りを済ませる。
レエンはシチューの中を泳ぎまわり。
シチューは消えた。
一体何処から食べているのか謎だった。
「ねぇレエン……」
『なんだい? アリス?』
レエンはアリステアを愛称のアリスで呼ぶ。
「今日、先生はヘレナ島に『名無しの妖精王』が眠っているって言っていたわね」
『あの綺麗事で塗り固められた戯言か……』
レエンはパンをガツガツと食べ。吐き捨てるようにそう言った。
『魔王は哀れな少女だ。魔の森に捨てられることが無ければ魔王にはならなかったぜ』
「それは……どういう事なの?」
『この世界と魔王のいた世界には通路がある。神がこの世界と他の世界に行くために作られた通路で穴とも呼ばれている。普通は閉じられているがたまに開いている事があるんだぜ。あの少女はたまたま開いていた穴からこの世界に落っこちた』
「その時点ではただの人間だったの?」
『そうだ。ただの人間だった。権力争いに巻き込まれた哀れな少女』
「権力争い?」
『王太子と第二王子は母親が違う。王太子の母親は隣の国の王女で第二王子の母親はウドス国の大貴族だったんだぜ。兄さえいなければ王位は自分のものだった。第二王子は王太子の失脚を狙った。王太子は女好きで【落ち人】に手を出した。婚約者はこれを怒り王太子を罵倒した。王太子は懲らしめるために婚約者を牢屋に入れ。次の日第二王子の偽処刑執行書で殺された』
「魔王は悪くないの?」
『この時点では……』
「この時点?」
『第二王子と第三王子は結託して王太子を排除しょうと【落ち人】を悪に仕立て上げた』
「つまり……」
『【落ち人】は魔王であると』
「とんだ濡れ衣ね」
『【落ち人】を助けたのは四人の貴族子息だったという。【魅了】されていただの、【洗脳】されていただのと言われるが、彼女の事を本気で好きだったんだよ』
「王太子は?」
『私は操られていただけ。私は悪くないの一点張りだ』
「酷い……で【落ち人】は【魔の森】に逃げたのね」
『四人は【魔の森】で【落ち人】をかばって殺され、【落ち人】も崖から突き落とされた。運が悪いことに落ちた先には【魔力だまり】があった』
「【魔力だまり】って触れたら動物は魔物になり、人間だと死んでしまうんでしょ」
『不幸なことに【落ち人】は違う世界の人間だったせいか、死ななかった。その代わり魔王になった』
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2020/3/12 『小説家になろう』 どんC
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