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5 アリステア ⑤

「結局あの人達何だったのかしら?」


『ん~~虫でも点けとくか~』


 レエンは【虫】を飛ばした。

【虫】はニキビだらけの男の背中に張り付いた。

 レエンとアリステアは大通りに戻ると買い物リストを見る。


「刺繡糸がまだだったわ。黄色い糸がもう無いの」


 アリステアがそう言った時。

 ガラガラと豪華な馬車がアリステアの前で止まる。

 10人ほどの騎士が馬車を護衛している。

 パイソン家の馬車だった。

 馬車から両親と妹弟が出てくる。


「お母様私お茶会のドレスが欲しいわ」


 可愛らしい、若草色の外出着を着たソフィアが母に強請る。


「あらあら。この間作ったばかりでしょう」


「あら。あれはピンクのドレスよ。今度は水色のドレスが欲しいの」


「そうね。ついでにデズモンドの服も作らないとね」


「お母様。僕は服よりも剣が欲しいです」


「まあ。ひよこのデズモンドには剣はまだ早いわよ。木剣でさえよたよたのくせに」


 アリステアの妹のソフィアがデズモンドをからかう。

 デズモンドは頬を膨らませ。


「そんな事無いもん。ひよこじゃ無いもん」


 と姉を追い回す。

 キャッキャッと騒ぐソフィア


「こらこら二人共止めないか」


 父親が笑いながら二人を咎める。

 アリステアは慌てて店の中に入る。

【陽炎】のスキルを使っているから、姿を見られた訳ではない。


 だが……


 仲睦まじい両親と妹弟の姿をこれ以上見たくはなかった。

 自分には与えられない両親の愛を当然のように与えられる、妹弟の姿を見たくはなかった。

 店の中に入りしゃがみ込むアリステア。


『アリステア……』


 レエンはアリステアの頭をなでた。

 レエンは何か言おうと思ったが……

 慰めの言葉が出なかった。


「いらっしゃい」


 店の中からおばあさんが出てきた。

 紺色のワンピースに白いエプロンを身につけている。

 真っ白い髪を夜会巻きにしたおばあさんは何処か品のある人だった。


「まあまあ、どうしたの? 何処か痛いの?」


 おばあさんは優しくアリステアに語りかけた。

 蹲っていたアリステアがおばあさんを見た。

 驚いたようにおばあさんの目が大きく見開かれる。


「ご……ごめんなさい……すぐ出て行きます……」


 おばあさんはアリステアの側にやって来ると、そっとアリステアの涙を指で拭う。

 おばあさんの指についた涙を見て、アリステアは自分が泣いていた事に気が付いた。


「ちょっと待っていて」


 おばあさんはドアに『閉店』の看板を掛けると店を閉めた。


「こっちへいらっしゃい」


 誘われるまま小さな裏庭に招き入れられた。

 裏庭は色とりどりの花が咲き乱れ。

 中央に丸い椅子とテーブルがおかれている。

 何処からか小鳥の鳴き声がした。


「さあ、座って」


 言われるままにアリステアは椅子に座る。

 おばあさんはアリステアにお茶とお菓子を出してくれた。


「さあ、召し上がれ」


「えっ? でも……」


「この世の中の悲しみは、大概お茶とお菓子で癒されるものよ」


 優しい笑みだった。

 上っ面の言葉ではない。

 悲しみも苦しみも乗り越えてきた者だけが知っている、重みがそこにあった。

 アリステアは素直に頷き。


「精霊と聖女様に感謝を捧げます」


『変な薬は入っていない。食べていいよ』


 レエンはアリステアの頭の上で【鑑定】した。

 下女が前に腐ったパンをアリステアの朝食に持ってきたことがあったのだ。

 腐ったパンは毒団子の材料になりネズミが死ぬことになった。

 庭に植えた薬草を荒らすネズミは見事に退治された。

 アリステアは頷き、お祈りすると紅茶を飲む。


「美味しい……」


 ほうっとため息交じりに呟く。

 自覚は無かったが、緊張していたのだろう。

 アリステアの胸に温かなぬくもりが広がる。


「おばあさんありがとう。元気が出てきました。でもどうしておばあさんは私に親切にしてくれるの?」


 おばあさんは少し考える。


「そうね。あなたが死んだ姉に似ているからかしら」


 おばあさんはどこか悲し気に微笑む。


「私の姉もあなたと同じ茶色い髪で琥珀色の美しい瞳の持ち主だった。自慢の姉だったの」


「あ……あの……大切な人を亡くされたんですね。何てお悔やみを言えば……」


「ふふ……良いのよ。もう数十年も昔の事よ」


 おばあさんは紅茶を優雅に飲んだ。


「でも、時々貴女が一緒にお茶を飲みながら、姉の昔話を聞いてくれると嬉しいかな」


「わ……私でよければ」


 アリステアは頬を染めて頷いた。

 レエンはそんな二人を優しく見守る。

 裏庭で静かな二人だけのお茶会の時が過ぎていく。


 リ~ンゴ~ン

 リ~ンゴ~ン


 教会の鐘が夕暮れを告げる。


「あっ‼ もうこんな時間。私、黄色い刺繡糸を買いに来たのに。忘れてしまっていたわ」


「まあ。ごめんなさいね。引き留めてしまって。もうお店は閉まっているから……そうだわ。私も刺繡糸を持っているの譲ってあげるわ」


「えっ? でも……」


 おばあさんは店に入ると裁縫箱を持ってきた。

 裁縫箱は三段の引き出しの付いた古くはあったが、立派なものだった。

 おばあさんは二段目の引き出しから2・3種類の黄色の刺繡糸を取り出す。


「これでどうかしら?」


「わぁ~綺麗~」


「この糸は私が染めた物なの」


「凄く綺麗です」


「うふふ。ありがとう。そうだわ。今度糸の染め方を教えてあげる」


「本当ですか‼ 嬉しい。私でもこんなに綺麗に染める事が出来るかしら?」


「大丈夫よ。コツさえつかめば誰でも簡単に染める事が出来るのよ」


 おばあさんは店のドアの所までアリステアを送る。

 アリステアは慌ててこの店に隠れたため。

 このお店が何を売っているのか気付かなかったが。


「お人形……」


 よく見ると至る所に人形が置いてある。

 布でできた動物のぬいぐるみもあった。

 兵隊さんの人形まである。

 可愛らしい人形がアリステアに笑いかける。

 陶器で出来たビスクドールは何処かアリステアに似ていた。


「この人形は……」


「ああ。姉を思って作った物よ。そうね。あなたに似ているわね」


「わたしこんなに可愛くないです」


「まあ。何を言っているの? 私が作った人形より可愛らしいわよ」


 おばあさんは微笑む。


「お菓子と紅茶。ありがとうございました。今度糸の染め方を習いに来ます」


「週に一度の安息の日はお店をお休みしているわ。またお茶会をしましょう」


 アリステアはおばあさんに手を振ると、外に向かって走り出す。

 町の外に出ると【強化】で一気に館にたどり着く。

 塀を飛び越え小屋に帰る。


「ただいま」


 そう声をかけても、出迎える者はいない。


『お帰り』


 にししと笑いレエンが答える。

 アリステアもふふふと笑い。


「お帰りなさい。レエン」


 と答える。

 アリステアはポケットからおばあさんに貰った黄色い糸をテーブルの上に出し。

 そっと撫でる。

 小さなお茶会のお礼にこの刺繍糸で、ハンカチに刺繡をしよう。

 黄色い花か蝶々の刺繡がいいわ。

 それをおばあさんにプレゼントしょう。

 おばあさんは喜んでくれるかしら?


『楽しそうだな』


 レエンが黄色い刺繡糸の上に止まる。


「この刺繡糸はどんな物で染めたのかしら? お薬を作っている時みたいにワクワクするわ」


 レエンは暖炉の所に向かうと薪に火を付けた。

 パチパチと薪が燃え辺りを暖かく照らす。


『スープを温めるよ』


 レエンは鍋を五徳の上に置いた。

 直ぐに美味しそうな薬草スープのにおいが漂う。

 アリステアは戸棚から今朝焼いたパンを取出し薄く切る。

 フライパンを取り出しベーコンを焼き卵を割って目玉焼きを作る。

 森の奥にある洞窟からとってきた岩塩をパラパラとかけてパンの上に乗せる。


「精霊と聖女様に感謝を捧げます」


 アリステアはパクパクと食べる。

 今日は町まで走ってお腹が空いていたのだ。

 レエンの分もある。

 レエンは精霊だから別に食べなくても平気だが。

 アリステアに付き合って一緒に食べるのだ。

 一人ぼっちで食べる食事は侘しいと……

 あのが言っていたから。

 あのは死に、そして生まれ変わってここに居る。

 人間とは面白い者だとレエンは思う。


「ご馳走さまでした」


 アリステアは食事を終えると皿を洗う。

 洗うと言っても【浄化】をかけるだけだ。

 アリステアは戸棚に皿をしまい自分にも【浄化】をかける。

 この小屋に風呂はない。

 たらいにお湯を入れて体を洗うことはできるが、今日は疲れて眠たい。

 寝間着に着替えるとベットに腰かけた。ベットの横にある小さいテーブルの上に置いてある櫛を取る。

 アリステアは歯の欠けた櫛で髪を梳く。

 この櫛は古く半分ぐらい歯が無い。

 この小屋にあった物だ。

 おそらく前に住んでいた庭師の家族が使っていたものだろう。

 引っ越すとき古くなった櫛を置いて行ったのだ。


『アリステア』


「なあに? レエン」


『お誕生日おめでとう』


 レエンはそう言うと木でできた櫛を差し出す。

 その櫛は可愛い花が彫られていた。

 レエンの手作りだ。

 アリステアが眠ってから、夜中にコッソリ作っていたのだ。


「えっ? レエン私の誕生日覚えてくれていたの‼」


『当たり前だろ。俺様が友達の誕生日を忘れるはずないだろ』


「ありがとう‼ 大事にするね。ふふふ。勿体無くって使えないわ」


『おいおい。櫛はつかってなんぼだぜ』


 じわりとアリステアの目に涙が浮かぶ。

 そう今日はアリステアの誕生日で10歳になる。

 実の親に祝われた記憶がない。

 それどころか顔さえ合わすことが無い。


「ごめんなさい。私レエンの誕生日を知らない」


『当たり前だろ。俺も知らないんだから。つうか精霊に誕生日は無い』


 レエンはドヤ顔をする。


「そうだ‼ 私達があった日をレエンのお誕生日にしましよう」


『おう。それでいいぜ』


 二人が出会った【霜の月】は二ヵ月後だ。


「レエンは何が欲しい?」


『アリステアが島に来てくれるだけで十分だ。でもどうしてもって言うのなら街に行った時また串焼きを食いたい』


「それでいいの?」


『それが良いんだよ』


 そうアリステアと一緒に過ごす時間が一番の贈り物なのだから。





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 2020/3/8 『小説家になろう』 どんC

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