4 アリステア ④
アリステアは館の端にある塀の所にいる。
『塀の向こうには誰もいない』
アリステアの頭に止まっているレエンは静かにそう言った。
【透視】のスキルを使ったのだ。
塀は高くそびえ、道具を持たぬ者の侵入を拒んでいた。
「【強化】」
アリステアは体を【強化】する。
そしてふわりと飛び上がる。
とん。
アリステアは軽やかに塀を飛び越えた。
10歳の少女とは思えぬ脚力だ。
『まあまあだな』
「ふふ……レエンのお陰でジャンプできるようになったわ」
アリステアは何事も無かったように走り出す。
競走馬より早い。
ここらは雑木林が続いている。
雑木林が途切れると町が見えた。
「【陽炎】」
アリステアはスキルを使い自分の存在をおぼろげな物にする。
人々にはいると分かるが、後でアリステアの姿が思い出せないのだ。
これもレエンが授けてくれたスキルだ。
町の中に入る。
行きかう人々。物売りの声。屋台ではジュージューと美味しそうに肉が焼けている。
馬車は頻繫に通り過ぎ。町の中は活気に満ち溢れている。
表通りを少し外れた通りに入る。
アリステアは【ボックス】から風呂敷に包んだ箱をしょい込み【陽炎】を解除した。
ちりん……
ドアベルが鳴る。
「こんにちは」
アリステアは薬問屋の中に入り、店のおやじに挨拶をする。
この薬問屋の名は【華燭】知る人ぞ知る隠れた名店だ。
「おお。アリスちゃんかい。よく来たね」
おじさんは笑顔でアリステアを迎え入れる。
そして奥の応接室に案内する。
「これ。おじいちゃんが作ったお薬」
アリステアは背負っていた風呂敷をほどき大きな箱から薬を取り出しテーブルに並べる。
アリステアが作った薬をおじいちゃんが作ったと。
噓をついてこの薬問屋に持ち込んでから、はや一年になる。
メイドはヤエムグラに言われて、アリステアにお菓子とお茶を出す。
店主のヤエムグラは【鑑定】持ちで、直ぐにアリステアが持ち込んだ薬が良質な物だと気が付いた。
しかも薬草が採れない時期に新鮮な薬を持ち込んでくれる。
冒険者ギルドや商業ギルドに卸すのに大助かりだ。
「おじいちゃんの具合はどうだい?」
「うん。相変わらず人嫌いよ」
森の中に住む、人嫌いで足の悪いおじいちゃん像をレエンとアリステアは創り上げた。
足が悪いから孫娘のアリスが代わりに薬を売りに来ていると言う設定だ。
アリステアはヤエムグラが薬を【鑑定】している間にお茶とお菓子をいただく。
ん~~美味しい。
自分で作るお菓子もそれなりに美味しいが、ここで出されるお菓子は貴族御用達の店で買ったものを出してくれる。
それだけおじいちゃんが作った薬は良いものなんだろう。
「【体力回復薬】30個【魔力回復薬】50個【毒消し】20個それと特注で【不眠症】20個【毒消し】10個【痛風】20個【百日咳】20個〆て85万ドールだな。今回も良質な物ばかりだ」
「ありがとうございます」
アリステアはニッコリ笑う。
『へへ……これで旅の軍資金がだいぶ貯まったな』
アリステアの頭に乗っているレエンは悪どい笑みを零す。
(ん~~瓶代やラベル代を引いた純利益は半分だわ。旅費や旅の後の生活費も貯めないと。直ぐに働き口が見つかるとは限らないし。巡礼手形はかなりお高いみたいよ)
アリステアはヤエムグラに頭を下げてお金を受け取る。
「おじいちゃんは薬師ギルドに入る気はないかい」
「おじいちゃん、昔弟子に裏切られて死にかけたそうなの。だから入る気はないそうよ」
薬師ギルドに入ると弟子を取らなければならない。
アリステアが薬を作っていて、おまけにレエンの【精霊の粉】を材料に使っている以上。
絶対人には見せられないのだ。
そう。
アリステアが作る薬にはレエンの光の粉が使われている。
『多分このおっさんの【鑑定】レベルでは俺の粉の正体は分からないんだろうな』
(粉の正体が知りたくて薬師ギルドに入るよう勧めているの?)
アリステアはレエンと【念話】で会話する。
『俺の粉のお陰で拙いお前が作った薬でも高品質になるんだ』
(うん。レエンは凄い)
『もっと俺を褒め称えてもいいんだぜ』
アリステアはレエンを褒め称えた。
『そうだろう。そうだろ』
レエンは胸をそり過ぎてテーブルから転がり落ちた。
そんなレエンをアリステアは生温かく見守る。
お茶とお菓子をしっかりいただいた後、アリステアはお金を木箱に入れ風呂敷で包んだ。
「しかし変わったやり方だね」
ヤエムグラはまじまじと風呂敷を見る。
緑地に白い唐草模様の大きな布なのだが、包み方でバック代わりになったり、ワインを持ち運ぶ袋になったり。
アリステアはヤエムグラに風呂敷の包み方の応用を見せた事がある。
もちろんこれらの知識は全てレエンが教えてくれたものだ。
「おじいちゃんが昔旅をしていた時に東方の島の民がこのやり方をしていたんだって。おじいちゃんはとてもこの布が気に入って、私にやり方を教えてくれたの」
「おじいさんは若い時、薬草を探して各地を旅したんだね」
「そう旅をしていたの……」
それは半分嘘で、半分本当だった。
旅をしていたのはおじいちゃんではなく精霊だったが。
「ごちそうさま。今度は壊血病と肝硬変と関節炎の薬を持ってくるわ」
「次も頼む。それから大金を持っているから気を付けて帰るんだよ」
「は~い。また一ヶ月後に」
アリステアは元気に大きな荷物をしょいこむと店を出た。
しばらく歩くとレエンが言う。
『……つけてくるな……薬師ギルドに頼まれた冒険者か?』
(ただの物取りじゃないの?)
『あの店の中にスパイがいる』
(狙いはお金? それともレエンの粉?)
『両方じゃないか? それともアリスを攫って身代金の請求か?』
(取り敢えず串焼きを買いましょう❤)
串焼きの屋台から美味しそうな匂いが漂う。
人気があるのか結構並んでいる。
兄弟なのか、男二人が忙しそうに肉を焼いている。
『全く神経図太くなったな』
(ええレエンのお陰よ❤)
アリステアは巾着袋から自分で作った財布を取出し串焼きを2本買う。
1本をレエンに渡す。ふっと串焼きが消える。
だが誰も気が付かない。
ハフハフとアリステアは串焼きを食べる。
とても貴族の令嬢には見えない。
【雑貨屋スズラン】の看板が見えてきた。
赤い屋根のお店だ。小さいように見えるが、実は細長く地下室もある。
アリステアは雑貨屋に入る。
可愛らしい小物が並んでいる。
でも何故か薬瓶も売っているのだ。
この店の主人の父親が薬師で1年前に亡くなって。
元々この店は薬屋だったが、後を継いだおばさんが雑貨店を開いたのだ。
残っていた薬は薬師ギルドに引き取ってもらったが。
地下に薬瓶が大量に置いてあった。
薬師ギルドに持っていくのも面倒になったおばさんは、それを安く売っているのだ。
お金のない薬師見習いや冒険者が瓶を買っていく。
「あら、アリスちゃんいらっしゃい」
はたきをかけていたおばさんが振り返る。
「薬瓶下さい。200個でお願いします」
「おじいちゃんのお使いかい。偉いね」
おばさんは200個の薬瓶を地下から持って来てくれた。
「大丈夫かいアリスちゃん。小さいとはいえ200個もあったらかなり重いよ」
「うん。大丈夫。私力持ち」
アリステアは背負っている箱を下し、200個のガラス瓶を詰める。
そしてお金を払うと、また箱を風呂敷で包み。
「一瓶200ドールで40000ドールか~。おばさん安く売ってくれるわ。お礼に回復薬をあげようかしら? それともあかぎれの薬の方がいいかな?」
ブツブツ言いながらアリステアは裏通りに入る。
この道は行き止まりで塀に囲まれて死角になっている。
アリステアは【ボックス】に箱を仕舞いこみ【陽炎】のスキルを発動させる。
「おい‼ あの子供がいないぞ‼」
三人組だ。冒険者なのか? ならず者なのか? いまいちはっきりしない。
三人とも若く。15歳ぐらいだろうか?
一人は焦げ茶の髪でニキビだらけだ。二人は太っていて、双子なのか、よく似ている。
アリステアは三人の横をテクテクと通り過ぎた。
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2020/3/5 『小説家になろう』 どんC
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★ アリステアのスキル
【強化】 身体を強くするスキル。脚力、腕力が強くなり。中級の魔物ぐらいなら蹴り殺せる。
【陽炎】 認識阻害。見えなかったり、後で姿形を思い出そうとしても思い出せない。
【ボックス】 亜空間になっていて保存状態がいい。摘んだ薬草を新鮮なまま取り出せる。
その為、薬草不足の時お高く売りつける。
【精霊の粉】 レエンが出す粉。薬に混ぜると品質がアップする。
【鑑定】 薬草や品を見定める時に使う。レベルがありヤエムグラは【精霊の粉】を鑑定できなかった。
【風呂敷】 レエンが昔旅をしていた時に手に入れた品。唐草模様でレエンのお気に入り。
【着火】 生活魔法。ライターぐらいの火を付ける事が出来る。
【乾燥】 生活魔法。洗った服や薬草を乾かす事が出来る。
【ライト】 生活魔法。灯り。
【浄化】 生活魔法。体を綺麗にしたり。部屋を綺麗にできる。
まだまだアリステアが子供の時のお話が続きます。
感想・評価・ブックマーク・誤字報告本当にありがとうございます。
みてみんにイラストを書いています。
貴方は私を愛さないの設定をイラストつきで書きました。
イラストは要らないという人がいるかも知れないので別にしました。
まだ地図は出来ていませんが、ボチボチつくっていくつもりです。
これからもよろしくお願いします。