3 アリステア ③
『そうそう。この草はドククダミって言ってね。化粧水が作れるんだぜ』
庭の隅に花が咲いていた。
この可愛い花の名をレエンに尋ねると、レエンはスラスラと答えてくれる。
『花ざかりのドククダミを摘んで、冷たい水で良く洗って、一晩吊るして乾燥させるんだ。綺麗なはっぱを選んで、消毒した瓶に入れてアルコールをひたひたに注いで。ふたを閉めて2週間からひと月冷暗所にねかせて。一日に数回瓶を振るんだ。琥珀色になったら布で濾して原液の出来上がり』
「凄い~‼ レエンって物知りで賢いのね」
アリステアは小さなノートに化粧水の作り方をメモする。
レエンとアリステアは森の中を歩いていた。
籠の中に薬草を摘みながら足を止めては、薬の作り方を教えてくれる。
アリステアは目をキラキラさせながらハサミで薬草を摘む。
アリステアはレエンに言われるままに籠を持って来ている。
小屋のロフトにあった籠で古びていたがまだまだ使えた。
籠の中にはハサミや包丁やフォークや皿が入っている。
『当然だ。俺様は天才だ‼』
得意そうに胸? をそらすレエン。
あの日からずっとレエンはアリステアの側にいて、色々教えてくれる。
侯爵家の庭は広く奥には小さな森と湖がある。
そこに生えている植物で薬を作る事や。
生活魔法の使い方も教えてくれた。
『生活魔法はまず火の起こし方だ』
湖のそばで火の起こし方を習う。
レエンは木の葉を持って来てアリステアの足元に置く。
『これに火をつけて見ろ』
「え~と。火よつけ~~~【着火】」
アリステアは木の葉の上で手をかざす。
が……木の葉は燃えず、アリステアの足元に鎮座したままだ。
『昨日、俺が暖炉に火を付けた様子を思い出せ』
アリステアは蛍のような光が木の葉にともり、煙が出て燃え上がる姿をイメージした。
なかなか上手く出来ない。
30分後、足元の木の葉から煙が出て、木の葉が燃え上がる。
「はぁはぁ。やっとできた~~」
アリステアが火をつける練習をしている間。
レエンは小枝や枯れ木を拾ってきて、スキルを使い【乾燥】させて。
アリステアがつけた火の上に置いた。
【乾燥】も生活魔法だ。
火は小枝に燃え移りやがて木が勢い良く燃え上がる。
「火をつけるのにだいぶかかったわ」
アリステアは息を切らす。
アリステアやレエンは知らない。
普通、【スキル】を持っていても、使えるようになるのには三ヶ月から半年かかる事を。
『大丈夫だ。【着火】も慣れればもっと早く付ける事が出来る。魔法はイメージが大切だからな』
レエンはそう言うとスイ―と湖の上に飛ぶ。
『釣り竿があればいいんだが。仕方ない。ふん‼』
レエンは風魔法で湖の魚をアリステアの方に放る。
「きゃあっ‼」
魚はアリステアの足元でビチビチ跳ねてアリステアに水をかける。
レエンは小さな光の矢を作ると魚を打ち抜く。
頭を撃ち抜かれ魚は跳ねるのを止めた。
『鱗をとって内臓を抜いて、バナの葉に包んで焚き火で蒸し焼きにするんだ』
レエンは魚を平べったい石の上に乗せると近くに生えている、酸っぱい果物とバナの葉を持ってくる。
アリステアは籠に入れていた包丁を取出し。
恐る恐る魚の鱗を削ぎ内臓を取り出す。
手が滑って中々上手くできなかったが。
何とかやり遂げた。
アリステアは眉をひそめる。
「魚臭い~~~」
『ははははは。そりゃそうさ。魚を触ったら魚臭いさ。どんどん焼くぞ‼』
レエンはアリステアがバナの葉で包んだ魚を焚き火に放った。
バナの葉は火に強く魚を焦がさずに蒸し焼きにする。
レエンは次々と魚を捕まえると。
魚の頭を打ち抜いた。
アリステアは次々と魚をさばきバナの葉に包み焚き火の中に投げ込む。
暫くすると魚が焼ける香ばしい匂いが辺りに漂う。
焚き火の中から蒸し焼きになったバナの葉を取出し切り株の上に並べる。
『ほれ。食ってみろ。うめえぞ』
レエンは籠の中からフォークと皿を出し切り株の上に置く。
パリパリとレエンはバナの葉を剥き。
ホカホカと湯気を上げ魚が出てきた。
アチアチと言いながら、コロンと魚を皿の上に転がす。
『そうそう。この青い実を半分に切って魚にかけるんだ』
言われるままアリステアは青い実を半分に切って魚に汁をかけた。
さっぱりとした柑橘の香りが漂う。
「おっ美味しい~~~」
アリステアはパクパクと魚を食べる。
レエンはアリステアをほっこりと眺めた。
乳母が首になってから館の使用人はろくすぽアリステアの世話をしない。
『うふふ……お腹いっぱ~い』
アリステアは満足そうにポンポンとお腹をたたく。
マナーの先生が見たら顔をしかめる事だろう。
今日は朝、嫌々ながら下女が朝食を持ってきたが。
昼のご飯は無い。
レエンは【透視】で小屋に昼食が運ばれていないことを知っている。
『もう少し魚を取るかな』
開きにして【乾燥】で水分を飛ばし保存食にするんだ。
そうだ‼
アリステアに【乾燥】を教えるのもいいだろう。
レエンは風の魔法で次々と魚を飛ばし、光の矢で頭を撃ち抜いた。
「この魚はどうするの?」
『開きにして保存食にしょう。ついでに【乾燥】も教えてやるよ』
「【乾燥】?」
『【乾燥】も生活魔法だ。覚えておくと便利だ。洗濯物を乾燥させたり。薬草を乾燥させたり。魚や果物を乾燥させて保存食にしたり。この地は海に近いから海水を乾燥させたら塩が出来る』
「わ~~~【乾燥】って凄いのね」
『そうだろう。しっかり覚えるんだぞ』
「うん」
アリステアは頷いた。
籠の中は薬草や魚でいっぱいになった。
『そろそろ日が沈む。帰ろうか』
『うん』
辺りは黄昏時で寒くなってきた。
アリステアはよっこいしょと重い籠を持つ。
8歳のアリステアには中々重い。
休み休み運ばねばならないだろう。
『う~~ん。【強化】のスキルも必要だな』
「【強化】?」
『筋肉【強化】だ。そのスキルを使えば重い物でも軽々と持てるし。早く走れる。ここに来るのに一時間かかったが。【強化】を使えば5分から10分ぐらいでここに来れる』
「わぁ~~~凄いのね」
『【強化】はそのボロ包丁に使えばアダマンタイトぐらい強くなる』
「凄い‼ 刃毀れしないのね。そうすればいちいち研ぐ必要が無くなるわ‼」
刃毀れしていた包丁を出かける前にレエンに研がされたのだ。
研ぎ石で研いだが、かなり時間がかかった。
研いだ後に【強化】を使えばもう研ぐ必要はなくなる。
アリステアは結構ずぼらなところがあった。
二人は帰路に就く。
『おっ。リリンゴの実だ。鳥に食われていない。ラッキー❤』
レエンは木からリリンゴの実を10個もぐとアリステアに渡した。
来るときは薬草ばかり見ていたから気付かなかったが、まだ実がついている木が結構ある。
アリステアは乳母が使っていた大きなエプロンにリリンゴを包む。
大きなエプロンはアリステアの体では引きずってしまうので三つに折って使っていた。
『そうそうリリンゴを包んで体に巻き付けて結ぶんだ』
侯爵令嬢とは思えない凄い格好になったが、誰かに見られる訳でもなく。
アリステアは気にしない。
アリステアは色気より食い気派だ。
二人はかなり暗くなってから小屋に着いた。
「ただいまー」
お帰りなさいと出迎えてくれる乳母の姿はなく。
明かりの無い小屋は暗くわびしかったが。
アリステアはレエンがいるから全く気にならない。
『【ライト】』
レエンは明かりを灯す。
「わぁ~~‼ 明るい~~‼ 凄い‼ 凄い‼ レエンは本当に凄い精霊さんなんだね」
アリステアは驚いてばかりだ。
『そうだ。俺様は凄~~~い精霊なんだ』
アリステアは台所のテーブルに籠とリリンゴの実を包んだエプロンを置く。
レエンが視た通り、アリステアの食事は用意されていない。
『ちっ……』
レエンは思わず舌打ちする。
「どうしたの? レエン?」
『何でもない。と……砂糖はこれか?』
レエンは戸棚から砂糖の瓶を出す。
リリンゴの皮をアリステアは剥き芯を取ると鍋に入れた。
リリンゴのくりぬいた穴に砂糖を詰め暖炉の火を付けて焼きリンゴを作る。
死んだあの子が好きで、良く作っていた。
「本当にレエンは何でもできて、何でも知っているのね」
アリステアは尊敬のまなざしでレエンを見た。
蛍の様な精霊はチカチカと点滅し。
『そうだろう。そうだろう。俺様を褒めたたえよ~~~』
ころころとテーブルの上を転げまわる。
照れているのかもしれない。
そうこうしているうちに甘い匂いがしてきた。
焼きリリンゴの出来上がりである。
鍋から皿に取る。
ホカホカと湯気を上げるリリンゴ。
『ホレ食え』
「うん。精霊様聖女様、この恵みに感謝いたします」
アリステアは精霊と聖女に感謝を捧げ、焼きリリンゴをパクリと食べた。
「んん~~~‼ 甘くておいしい~~~‼ ほっぺたが落ちちゃいそう」
アリステアは幸せそうに食べる。
レエンはそんなアリステアを満足そうに見る。
4個のリリンゴを食べると、アリステアはあくびをした。
ごしごしと目をこする。
『流石に今日は疲れたろうベッドに入って眠れ』
アリステアは自分の小さな部屋のベッドに入った。
「あ……いけない。体を拭いて、寝間着に着替えて……歯も磨かなくっちゃ……」
寝間着に着替える事無く、汚れたままの服でベッドに入ってしまった。
草むらに入って薬草を採取したし、汗もかいた。
乳母がいたらしかられる事だろう。
『【浄化】』
ほわりとアリステアの体が光る。
アリステアの体も服も綺麗になった。
『これでいいだろ』
「レエン……ありがとう……」
アリステアは笑うと眠りについた。
レエンは布団をアリステアにかけると、彼女の頭に止まり。
部屋に結界を張った。
『お休みアリステア。良い夢を』
レエンは【ライト】を消した。
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2020/3/1 『小説家になろう』 どんC
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