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30 バーグ侯爵は密かに笑う

「クラーケンに船が襲われて、お前の元婚約者のアリステア嬢が海に落ちて行方不明だ」


 部下からの報告を受けた父は、どこか楽しげに笑いながらそう言った。

 王都にある館の父の部屋に取り付けられている小さなバーカウンターの席にエイデンは座っていて。

 夜もかなり更けている。

 エイデンの手元にはワインとつまみがあるが、手は付けられていない。

 父親はカウンターに置かれているウイスキーをグラスに注いでいる。

 ヨードルフ地方のウイスキーで、父のお気に入りだ。

 父はこのウイスキーを、滅多な事では飲まない。

 何か記念の時に、飲むのだが。

 前に飲んだ時は姉が【聖女の花嫁】になった時だったと思い出す。

 今日エイデンは婚約者と芝居を見に行ってきた。

 アリステアとは違い、よく笑う娘である。

 王都でも有名な劇場で、流行りの喜劇で中々席が取れないのだが。

 バーグ家はその劇場を援助していた為ボックス席があるのだ。

 学園以外の場所をあまり知らない婚約者は無邪気にはしゃいでいた。

 己の姉が家出をしたのに、まるで我関せずだ。

 元々あの家にアリステアの居場所はなかった。

 尤も【聖女の花嫁】には、居場所など何処にも無いのだ。

 彼の腹違いの姉も修道院から家に来た時も笑っていた事を思い出す。

 何も知らずに笑うその笑顔が、姉と重なる。

 何も知らないということは幸せだ。


「クラーケンに襲われてアリステアはどうなったんですか?」


 平静な振りをしたが、声が微かにふるえる。


「おや? 気になるのかい?」


「当たり前でしょう。彼女は【聖女の花嫁】なんですよ。勝手に死なれると困るのはこっちです。監督不行き届きで王の不興を買いたいのですか?」


 吐き捨てる様にエイデンが言う。


「なに。いざとなったら【聖女の花嫁】はもう一人いるだろう」


「……」


 エイデンは口を噤む。

 確かに【聖女の花嫁】はもう一人いる。


 ソフィア・パイソン。


 エイデンの婚約者だ。

 エイデンは父をじっと見る。

 父はさらさらと手紙を書くと、魔方陣の上に乗せる。

 手紙は淡く光ると消えていった。

 ヘレナ島に居る部下に送られたのだ。


「手紙に何と書いたんですか?」


 父親がニヤリと笑うのを見る。

 姉が亡くなった時も同じ笑い方をしていた。

 もったいぶった嫌な笑い方だ。


「生きている可能性があるから、探索はしろと書いたよ。建国祭に間に合わなくてもいいとも書いた。生きているなら連れて帰れと」


「クラーケンに襲われて生きていると思いますか?」


 眉を顰めたエイデンには対して父親は嗤う。


「青い海竜が現れたそうだ」


「海竜? それが何だと言うんですか?」


「この国ではあまり知られてないが、昔聖女が青い海竜を助けた伝説が残っているんだよ。尤も古文書の閲覧が出来るのは、王族か4大貴族だけだが……昔興味があって調べたんだが。確かにクラーケンに襲われていた幼い海竜を聖女が助けたと言う記述があった」


 エイデンは黙った。


「凄い偶然だと思わないか?」


「父上はアリステアが【聖女】の生まれ変わりだとでも?」


「さあ? どうだろうね」


 バーグ侯爵はぐびりと酒を飲んだ。


「我々が【聖女の花嫁】を捧げ続けて数百年経った。今更、聖女が現れたからと言って。どうだと言うんだ? 血塗られた過去が清められるとでも? 王家と我らの罪が許されるとでも?」


「そうですね」


 エイデンは父が持つグラスをを見る。

 琥珀色のウイスキーは亡くなった姉の瞳にも、アリステアの瞳にも似ていた。



 年の離れた姉が居ると知ったのは10年前。

 エイデンは当時8歳で。

 彼は腕白坊主だった、今日も庭に居るカエルを捕まえていた。

 姉とは腹違いで、王都の館に姉がやって来ると聞いていたが。

 お嫁に行く前に父と母に挨拶をしに来たのだ。

 朝から父は浮かれ、母は浮かない顔をしていた。

 妾の娘がやって来るのが気に入らないのだと。

 幼いエイデンはそう思っていた。

 姉が来た時、エイデンは二階のバルコニーから馬車が止まるのを見ている。

 護衛騎士も20人ほどいた。

 修道院から馬に乗って護衛してきたのだろう。

 馬車のドアが開いて、ブルネットで琥珀の瞳の少女と父が馬車から出て来た。

 少女が纏っている紺色のドレスは地味だが、生地は絹で織られている。

 バーグ侯爵夫人と従僕とメイドが迎える。

 女中がこそこそと噂話をしているのを聞いた事があった。

 エイデンには腹違いの兄と姉が居る話だ。

 その腹違いの姉が結婚の為に王都の館に来るんだと、そうメイド達がお喋りしていた。

 結婚式には会ったことのない兄も来るのだろうか?

 コッソリ玄関にやって来たエイデンを父が見つけてその人を紹介した。


「お前の姉だ。挨拶しなさい」


「こんにちは。お姉様」


 エイデンは手を胸に当て貴族風の優雅な挨拶をする。

 幼いながらも躾はキチンと教え込まれているのだ。


「こんにちは。私はアリス、よろしくね」


 エイデンは差し出されたその手にカエルを乗せた。


「あら? 可愛いカエルさんね」


 アリスは笑ってカエルの小さな頭を撫でた。

 普通の貴族令嬢なら悲鳴を上げるものだが。

 姉はニコニコ笑っている。

 父も平気そうだ。

 尤も高位貴族は軍隊経験や冒険者としてのサバイバル経験がある。

 つまり蛇とかカエルとかを食った事があるのだ。

 バーグ侯爵はカエルをペットとは見ておらず、食材として見ているのだが……

 アリスは修道院で畑を耕していたので、ミミズやカエルや蛇など慣れっこだ。


「エイデン‼」


 代わりに悲鳴を上げたのは母とメイド達だった。

 エイデンは舌を出して逃げた。


「ごめんなさいね。あの子ったら姉が出来て嬉しくてしょうがないのよ」


 エイデンの母はアリスに謝る。


「いえ。可愛いカエルさんですよ」


 アリスは笑ってカエルを見ている。


「でもこのままではカエルさんが死んでしまうわ」


「水を入れた金魚鉢を持って来させよう」


 バーグ侯爵はメイドに金魚鉢を持って来させる。

 顔を引きつらせながらメイドは金魚鉢を持ってきた。

 金魚鉢の中には、水とカエルが休むための流木が置かれている。

 アリスは笑ってカエルを金魚鉢の中に入れた。

 カエルはポチャンと水に浸かっていたが、暫くすると木の上に上がり昼寝をする。

 従僕が金魚鉢をアリスの部屋に運ぶ。


「マクシミリアン修道院から王都までの馬車の旅は疲れたでしょう」


 バーグ侯爵夫人はアリスに微笑むと夕食まで部屋で休むように伝える。

 そして、メイドと従僕にアリスの鞄を運ぶように命じた。

 アリスの鞄は10個程あって二台の馬車に乗せられている。

 アリスは礼を言うとメイド長に連れられて部屋に案内してもらう。



 アリスが案内してもらった部屋は白を基調とした、ピンクの薔薇のボーダーがひかれていて。

 可愛らしい部屋だった。

 置かれている家具も白に金のアクセントのある、猫足の落ち着いた物だ。

 質素な修道院の4人部屋とは大違い。

 修道院では粗末なベッドに開閉の度にギイギイ鳴るおんぼろの家具。

 修道女見習いは白と黒のワンピースか灰色の寝間着とエプロンしか支給されない。

 朝から晩まで奉仕活動か祈りに費やされる。

 修道女仲間には二種類の人間しかいなかった。

 この修道院から二度と出られないと絶望し死んだ魚のような目をした娘か。

 本気で神に仕えることに喜びを感じている娘だ。


 しかし……


 アリスはどちらにも属していなかった。

 時々訪ねてくれた父親から。


「お前は【花嫁】になるんだよ。年頃になったら迎えに来る」


 そう告げられていたから。

 そして父親はその言葉通り迎えに来てくれた。

 修道女の皆からは羨ましがられて。

 しかし……

 修道女長は何故か眉を顰めていた。

 迎えに来た父親はアリスに豪華な衣装を持って来ていた。

 衣装箱は30を超えていた。

 煌びやかなドレスに靴に高価なアクセサリー。

 バーグ侯爵家が如何に豊かか見せつけられる。

 アリスは兄とは会ったことが無い。

 兄も幼い時に、戒律の厳しい修道院に入れられている。

 母はアリスを産むと儚くこの世を去った。

 修道院に入れられたアリスのもとに、父は年に数回訪ねてくる。

 兄の事を尋ねると、厳しい戒律の為成人してからでないと会えないのだと言う。


「アリスの結婚式にはお前の兄も呼ぼう」


 父はお菓子を渡しながらそう言ってくれた。


 でも……


 アリスは誰の花嫁になるのか知らなかった。


 ガサリ


 アリスは振り返りベランダの木に登っている弟を見つける。


「可愛いカエルさんをありがとう」


 アリスはにっこりと微笑んだ。

 テーブルの上にカエルが入っている金魚鉢を見つける。

 エイデンは姉の微笑に魅了された。

 女の子は皆カエルやら蛇をプレゼントすると悲鳴を上げて泣き出すのに。

 姉は少し変わっているようだ。

 エイデンは姉を好きになる。

 そのことで、後々消えない傷が残るのだ。






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 2021/4/11 『小説家になろう』 どんC

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感想・評価・ブックマーク・誤字報告ありがとうございます。

自治会があって色々忙しく大変遅れてすみません。

あっ‼ いつもの事かwww


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